第3話 冬、正一郎の想い。春、その結果。


「あの時の正くんの顔ったら、いまでも思い出したら笑えそうだよ?」

「もういいよ、その話は。それよりも、僕も志望校を暁桜ぎょうおう高校にしたよ。二人ともうかれば、春からは同じ学校に通えるね?」


 まもる正一郎しょういちろうは、冬期講習の帰りに駅の側のファストフード店に入っておしゃべりをしていた。

 講習が終わったら予備校を出て御苑を抜け、駅の入り口辺りにあるこのファストフード店で少し時間を潰して帰る。この冬期講習中の二人のお決まりパターンだった。


「――うん、そうだね……。あ、それよりも、月末の模試は受けるの?」


 少し返事に間があったのだが、正一郎は気にならなかった。いや、気にする余裕がなかったのだろう。

 とにかくこの時間が永遠に続いてくれと、そればかりを願い続けている。


 正一郎にとって冬期講習なんてのは「口実」にしか過ぎない。

 もちろん、まもるとこの時間を過ごす為の、だ。


 夏期講習からこの冬までの数か月は長くて短い時間だった。


 葵に会いたいと思っている時は永遠に続く無限の時間に思われたし、勉強のことを考えると時間が足りないとばかり思う。


 どうしてこうも時間の経過速度が違うのか、おそらくこれは人類史上最大の謎に違いない。


「月末の――ってああ、30日だったよね。まもるはもう出願した?」

「うん。今年最後の模試だからね――。ああ、もうすぐ受験だなぁ――」

「葵なら大丈夫だよ。今日の模擬テストの成績だって一番上だったじゃないか」

「たまたまだよ。いつもああとは限らないし。それより、しょうくんはもうちょっと頑張らないとだね?」

「ははは、たしかに。でも、大丈夫。俺、本気で頑張るから――。最近少しずつだけど、勉強が楽しくなってきてるんだ」


 勉強そのものが、ではなく、勉強をすると葵に会えるから、なのだが。


「夏期講習の時は結構上位にいたもんね。たぶん、すぐに追いつくよ」


 葵の言葉は優しかった。

 でも、正一郎にはなんとなくわかっていたのだ。この時期のこの差は、そうそう簡単に覆せるものではない、と。


 冬期講習が終わり、年が明けると、皆最終の追い込みに入る。これまでに溜め込んだ「力」が一気に花開く時期だ。

 つまりは、ここまでどれだけ下積みを地道にやって来たかが問われる。

 下積みをしてないものは泥沼に足を取られ自信を喪失し、気力を失う。


 だが、それでも正一郎はまだ信じていた。自分自身の力を、というよりも、葵に対する想いの強さを、と言った方がいいか。

 自分は気力を失うことはない。どんなに苦しくても必ずやり遂げる。そうすれば、春からは葵と同じ学校で生活ができるようになるのだ。


 

――大丈夫、絶対やって見せる。そして、合格したら……。



 それだけを一心に、正一郎は年明けから猛スパートをかけた。



 そうしてついにその審判が下される日がやって来た。


 正一郎はスマホで合格発表ページに跳び、自分の番号を探す。

 胸の鼓動が収まらず、口から飛び出る勢いだ。


 受験番号は100852。


 もちろん、10万人も受けているわけはないので、頭の「1」は何かの分類表記だろう。


 760……、800……、830……、840……、846、848、850、851、852――。


 852――!


 ある? あるじゃないか!? 間違いないよね? 100851、100852、確かにある。


 ――やった! やったぞ! 


『よっしゃぁああああ!!』

正一郎は思いっきり叫んでいた。


――これで、葵に想いを伝えられる!


 正一郎はすぐさま葵宛にSNSで合格を伝えた――。








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