第4話 春、高校生の放課後


「おーい、ショーイチロー! お前も付き合え、わかってるよな!?」


 正一郎が鞄に荷物を詰めて帰り支度をしていると、悪友の唐沢冬也からさわとうやが声をかけてくる。

 どうしてこうも毎日毎日飽きもせずに誘ってくるのか。

 たまにはまっすぐ帰って授業の復習でもやろうとか思わないのかね、この男は。


「今日もかよ? よくも毎日毎日――」

「あー? おまえわかってねぇなぁ。今しかねぇだろ、おれら暁桜生ぎょうおうせいの『青春』はよぉ。来年からはもう地獄なんだぜ? 俺は今年めいっぱい『青春』を謳歌すると決めたんだ。だから、シンユウのお前が付き合うのは当然なんだよ? ほら、早くしろ!」


 言っていることはわからなくもない。

 来年、2年生になればこの暁桜高校では大学受験対策プログラムが始まる。そうなれば、「放課後」などという青春を想起させる言葉とは無縁になり、正一郎たち暁桜生は強制的にその『プログラム』に参加させられるのだ。


 私立暁桜ぎょうおう高等学校――。

 S県にあるこの高校は県内でも名だたる進学校として知られている。

 ここの卒業生は、帝都大、古都大、浪速大の日本三大国立大学や、関東の6大学などの有名私立大学へと進学してゆく。むしろ、そうでないものは、一握りしか生まれない。

 それを成し得ているのがこの暁桜高の目玉、通称『プログラム』だ。徹底した受験問題傾向の調査とそれを基に徹底した受験対策講座。その二つを有名進学塾から引き抜いてきた「講師のプロ」が講義する。

 しかし、そのあまりに過酷なスケジュールと成績管理の為、途中で県立高校へと流れてゆく者も多い。

 それゆえに、卒業生のほとんどが有名大学に進むともいえるのだが――。


「ったく、しょうがねぇなぁ。こんなシンユウを持った俺のだよ。でも、まあ、これで悪運がならそれもそれで意味があるってもんだ――」

「へっ! いってろ! ――さあてと、今日はどこへ行くかなぁ……」


 そう言いながら、冬也は先に教室を出て行った。

 正一郎も鞄に荷物を詰め終ると席を立って冬也の後を追う。



 こんな毎日がいつの間にか日常になっていく――。

 入学してから気が付けば2カ月も過ぎている。GWまではあっという間だったし、GWが過ぎればさらに時間が加速しているように感じる。来月の末からはもう夏休みだ。


 ああ、夏休みか――。


 去年の夏休みは、楽しかったな――。でも今年は――。



 あの日、まもるからの返信はすぐにはこなかった。

 正一郎は自分だけ受かってしまったのかと、あらぬことが思わず頭をよぎって彼女の受験番号を確認した。


 大丈夫、ちゃんと受かってる――。

 ならどうしてすぐに返事が来ないのだろう?


 電話をして確認したい衝動に駆られるが、彼女にもいろいろと事情があるだろう。SNSの画面に「既読」マークは付いているから、目を通してくれているのは間違いなさそうだ。

 なら、しばらく待つのが常識的な行動だろう。


 しかし、まもるからの返信は夜遅くまで来なかった。


 正一郎はとにかく気を紛らわせようと受験番号を確認した朝から一日もがき苦しんだ。ゲームをやっても、マンガを読んでも落ち着かない。仕方がなく外へ出て買い物に行ったりしても、別に買いたいものがあるわけじゃないからぶらぶらと歩くだけだ。

 ようやく夕方に家に戻り、ご飯を食べたのだが、まだ返信はこない。


 さすがに、だんだんと苛立いらだちが募ってくる。


 自室に戻って部屋のベッドに倒れ込み、スマホとにらめっこをし、意を決して通話ボタンを押そうとしたその瞬間、SNSの受信音が響いた。


『正くん、ごめんなさい――』


 ウインドウに表示される始まりの部分に嫌な予感が増幅してくる。

 あわてて、SNSを開いて内容を確認すると、正一郎は思わずベッドの横に積んであったマンガの束を手で払いのけた。


『正くん、ごめんなさい――。私は県立日向ひなた高校に行くことになりました。これまでたくさん励ましてもらって感謝してもしきれません。一緒の高校に行くという約束は果たせなくなりました。正くん、今までありがとう。高校生活を楽しんでください。さようなら』 


 それっきり、彼女へのSNSは「既読」が付かなくなった。

 



 

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