『あなたを不幸にしているのは、自分だとわかっているのだけれど。』

 住むことになったマンションの前までお兄ちゃんに送ってもらったあと、わたしは自室でベットを背凭れにして座り込んでいた。


 わたしは今日、お兄ちゃんを騙そうとした。

 実の姉である千燈せんどう千春ちはるを演じて、偽って……。

 けれど、それは失敗に終わった。


 お兄ちゃんが、千夏わたしだと気付いてくれたから。


 それでも、結果はどうであれ、わたしがお兄ちゃんを騙そうとしたことに変わりはない。


 わたしは、最低な人間だ。


 だってわたしは、お兄ちゃんにまた隠し事を、嘘を吐いたのだから。



 お姉ちゃんは、お兄ちゃんから向けられた好意に、たぶん気付いていた。直接お姉ちゃんが教えてくれたわけではないけど、妹としてそんな気がした。


 それに、お姉ちゃんもまた、お兄ちゃんにたしかな好意を抱いていた。



 だけど、わたしはそれを、お姉ちゃんが抱く安芸宮あきみや紅太こうたへの好意をお兄ちゃんに秘密にしたのだ。

 それはつまり、お姉ちゃんが秘める好意をなかったことにしたのも同然のこと。


「……」


 机の上に置かれた、お兄ちゃんとお姉ちゃん、それにわたしの三人が収められた写真立てに目を向けた。

 あれは、わたしたち姉妹が引っ越す前に撮影した写真。


「……」


 それからわたしは、鞄から取り出したスマホを慣れた手付きで写真アプリを開き、そこで今日、お兄ちゃんと水族館で撮影した自撮りの写真を画面いっぱいに表示させた。


 写真に映るのは、すこし恥ずかしそうにわたしに体を寄せるお兄ちゃん。


 その隣に映るのは、千燈せんどう千春ちはるを演じた、千燈千夏わたし。偽物のわたしだ。


「…………」


 もう、涙は出てこない。


 もう十分泣いたから。


 それに、わたしにはもう、泣く資格なんてない。


 わたしは、最低な妹なんだから。


「ごめんね、お姉ちゃん……」


 写真に映るお姉ちゃんを演じる自分わたしを見ながら、そう呟く。


「ごめん、お兄ちゃん……」


 写真に映るお兄ちゃんに左手の親指をなぞらせて、そう呟く。


 そのあと、わたしはその写真を消去した。そんなことをしても、なんの罪滅ぼしにもならないとわかっていても……。



 わたしがそんなことを口にしようとも、暗く静かな自室にすこし響くだけ。


 お姉ちゃんにも、

 お兄ちゃんにも、

 けして、届きはしない。


 誰からも慰めの言葉はこない。


 だからこれは、自己満足。


 わたしはこのまま、お姉ちゃんの代わりに、お兄ちゃんのそばにいてもいいのだろうか。


 お兄ちゃんとお揃いで買った、薄ピンク色のイルカのキーホルダーを袋から取り出す。これは、わたしが持つべきものじゃない……。



 彼を不幸にしているのは、わたしだってわかってる。



〚あとがき〛

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 これからも短編などを投稿するのでよかったら作者フォローもお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

疎遠だった幼馴染との再会には違和感はつきもの ~その『恋』は季節を移り変わらせる~ 海槻えと @etonanoda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画