第15話 お願い事
ーーザザァ...。
さざなみの音が聞こえる。
あぁ、そういえば、僕は、沙月さんのお見舞いへ
病院へ行き、寝ている彼女に声をかけて、それから...。
ちょっと、体や心がしんどくなって、
頭痛がすると、心臓も苦しくなって、
それから、意識が遠のいて...。
「ゲホォ!」
考えていると、突然、鼻や口に、
しょっぱい水が押し寄せてきた。
なんだろう、これ?
息が苦しくなって、急いで、顔を上げると
辺りは、満天の星空が、煌めきを放っていた。
「...ここは?」
どうやら、どこかの海岸に流れ着いたらしい。
全身が、ずぶ濡れで、海水を吸った服が、重い。
「夢を見ているのか?」
君と会ってから、リアルな夢を頻繁に見たけど、
これも、その一つなのだろう。
もしかしたら、いわゆる、臨死体験なのかもしれない。
「三途の川ならぬ、三途の海?」
別に、君がいない現実に生きていても
仕方ないから、これで良かったのだろう。
最後に、約束した、星が見える夜空の海で、
人生の幕を閉じられるのならば、バッドエンドでも
マシな部類なのかもしれない。
「早かったね。」
すでに、日は沈んでいるけど、黄昏ている
僕の後ろから、声が聞こえてきた。
すぐに振り返ると、君だった。
どうやら、僕の思いは、杞憂に終わったけど、
それでも、沙月さんと会えた。
「しかも、ずぶ濡れじゃん。」
情けない僕の様子に、変わらない微笑みを送っている。
「急だったものなので。」
「突然、ショックで倒れないでよね。」
ごもっとも意見であり、返す言葉もない。
「面目ないです。」
「でも、ちゃんと来れたからよしとする。」
「着替えを持ってきたから、これに着替えて。」
準備がいいのか、沙月さんは、僕が普段着ている
シャツとジーンズを用意してくれていた。
「そんな格好じゃ、楽しめないでしょ。」
「最後、なんだしね。」
君のその言葉が、お腹に重く突き刺さっていく。
「そう、ですね。」
でも、悲しい顔を見せる訳にはいかないから、
いかにも、冷静を装って、替えの服を受け取った。
「うん、似合ってる。」
「サイズも、バッチシ。」
僕の着替えに、君は、満足げな表情だ。
「なんで、採寸も合っているんですか...。」
「何度も、同じ服を着ていたら、覚えるものよ。」
出不精な僕は、服のレパートリーは少ないが、
まさか、覚えられているとは、少し、恥ずかしい。
「そんなものですか。」
「そんなものよ。」
ドヤッと鼻息を鳴らして、自慢をした所で、
得するものは、ない気がするけど、君が、
納得しているなら、それでいいか。
「最初のお願いを、叶えましたね。」
本題に入って、僕から、話を切り出していく。
これが、君と見る、最後の夢。
そのカウントダウンが始まる。
「それじゃあ、次のお願い事は...!?」
2つ目に願いを聞こうとした矢先だった。
突然、君は、僕に抱きついてきた。
その華奢な両手で、僕の背中を回して、強く締める。
「このまま...。」
「このままで、いさせて。」
か細い声で、僕の耳のそばで、2つ目のお願い。
心臓の音が聞こえるし、体温も伝わってくる。
まだ、冷たい僕の身体を温めてくれる様に、
君は、僕に抱きついて、離れない。
「碧くんも、抱きしめて。」
続け様に、3つ目のお願い。
ここで、青いランプの魔人ならば、退場するけど、
僕は、このかけがえのない時間を、無駄にはしない。
空いていた僕の両手は、ゆっくりと彼女の腰に回し、
そっと触れる様に、抱きしめていく。
「心臓がドキドキしているよ。」
顔は見えないけど、イタズラな笑みで、
僕を弄っているのが、容易にわかる。
それは、そうだよ。
抱きしめる事はおろか、触れる事さえなかったもん。
「不慣れなものなので。」
「それって、他の女の子にもした事あるって事?」
ちょっとだけ、君のいじける声が聞こえた。
ここでも、うっかり失言をするとは、もはや、一種の伝統芸だ。
「沙月さんが、初めてですよ。」
君を安心させる様に、少しだけ、強めに、抱きしめた。
「どうですか?」
「...落ち着く。」
少し、腕を回す力は緩み、身を委ねてくれていた。
しばし、お互いは沈黙し、ただ、抱き締め合う時間。
伝わってくる君の温度、鼓動、息づかい、
それを、僕に預けてくれるのが、嬉しかった。
「ねぇ...。」
囁く様に、君は、僕に、4つ目のお願い。
「キス...して。」
言葉は、いらなかった。
一度、僕は、君の顔が見える位置まで、
顔を戻し、真っ直ぐに、君を見つめる。
とても、澄んだ、綺麗な君の瞳、
僕がくるのを待っている表情。
そっと、君の唇に、触れる様に、重ねた。
永遠にも感じる、長い時間。
波の自然音だけが聞こえる、二人だけの静かな場所。
心が震える様な喜びや幸せ、一方で、
切なさや悲しさもあって、だけど、
それでも、この瞬間を、忘れない。
触れ合った口が離される、君の目は潤んでいて、
だけど、まだ、何かを堪えている様子で、
僕にだけ聞こえる様に、5つ目のお願い。
「...呼んで。」
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