第14話 ブラックアウト



「だから、碧くんにお願いがあるの。」



分かってはいた。



だけど、聞きたくなかった。



でも、確実に、その刻は訪れている。



「わかりました。」



だから、僕は、頷くしかない。



「いっぱい、わがままを言っちゃうかもしれないけど...」



「なんなりと、構いませんよ。」



それで、彼女の苦しみが、少しでも、

取り除けるのならば、いくらでも、

お願いされたって、構わない。



「じゃあ、最初のお願いは何ですか?」



「最後の夢は、海に行きたい。」



「前に一緒に見た、とても綺麗な海。」



夜空の星々が、輝いていた、青色に澄んだ南の島。



七夕の午前2時過ぎ、彼女と一緒に、望遠鏡で

覗き込んだ時に、見えた天の川。



織姫と彦星が、年一回でも、逢瀬できるだけ、

すごく、幸せなのだと、痛感させられる。



「そうしましょう。」



「1週間後ね。」



「分かりました。」



沙月さんと交わす、最後の待ち合わせ。



別れの階段を、無情にも上がらないといけない。



でも、沙月さんは、事実を受け入れながらも

僕と笑いながら、1段ずつ、上ってくれている。



「またその時に、いっぱい言うけど、

『絶対に』、聞いてもらうからね?」



「絶対は、ちょっと...。」



「何よ!なんなりと言ったじゃない!」



「あれは、言葉の綾です。」



「碧くんのウソつき!」



「趣味・特技が、ウ・ソですから。」



「碧くんとは、やっていられないわ!」



「沙月さん、それ本気?」



「本気だったら、こんなに楽しくやらないわよ。」



「「えへへへへへ」」



当たり前にやっていた、軽口を叩き合うのが

今では、こんなにも貴重だったなんてね。



「久しぶりに、楽しかった。」



「こちらこそ。」



沙月さんは、少し、寂しそうだったけど、

いつまでも、ここにいる訳にはいかない。



惜しい気持ちを見せながら、別れを告げる姿が、

僕の胸を締めつけてきた。



「じゃあ...。」



「最後にもう一つ、いいですか?」



でも、タダで、このままではいかせないから、

別れる直前、僕は、せめてもの抵抗をする。



少しでも、彼女との時間を過ごす為に、

僕なりのわがままを、伝えた。



「何?」



「それは...」



これは、僕の、彼女への最後のお願い。



一瞬足りとも、彼女から目を離さず、

この脳に、焼き付けていく。



それから、あっという間に、1週間が経った。



僕にとって、覚悟を決める猶予期間でもあった。



夢で、沙月さんから入院先を教えてもらい、

彼女の両親の許可も貰って、会う事ができた。



彼女は、眠りに、ついていた。



もう、目を覚ます事がないのかもしれない。



覚悟はしている、そのつもりだったけど、

やっぱり、現実を前に、心は、押し潰される。



「沙月さん。」



彼女の眠る病院ベッドのそばの椅子に座り、

声をかけても、返事がこない。



ピクリとも、反応がする事はなかった。



顔が、穏やかなのが、せめてもの、幸いかもしれない。



「何が幸いだ...。」



不幸中の幸いだなんて、彼女への侮辱だ。



もっと、これから先の未来が待っていたのに、

それが、絶たれてしまうんだぞ。



そんなキレイ事が、ウソが、まかり通るかよ。



「やっぱり、ダメだ...。」



視界が、ぼんやりとしてきた。



目頭も熱い。



頬から、温かいモノが流れているのを感じる。



とめどなく、ぼろぼろと、止まる事を知らない。



「ごめん...。」



僕が、その立場じゃないのは、分かっている。



一番、泣きたいのは、彼女の筈だ。



でも、僕の心は、抑えきれず、理性でも、

コントロールする事ができずに、涙が

どうしようもなく、流れ落ちてしまう。



彼女との幾つもの思い出が、降り注いでくる。



これが、本当の別れになってしまう

現実を、受け入れるのに、1週間じゃ無理だ。



いや、一生をかけても、認められないかもしれない。



君にそめられた現実だったのに、その君がいないんだ。



君のいない現実に、夢に、もう意味はない。



「グッ...!」



そんな事実を拒絶する心が、体が反応したのか、

グラグラと、視界がゆらぎ、頭痛がする。



それに、胸に発作の様な症状が起きていて、

呼吸を忘れて、息ができない。



苦しいあまり、君の寝ているベッドへ、

僕の上半身が、突っ伏してしまった。



ーーダメだ...!



今、ここで意識を失ったら、周りに迷惑がかかる。



それに、僕がここで倒れたら、目を覚ました時、

もう君は、いなくなっているかもしれない。



ーー嫌だ...!



こんな幕切れは、望んだつもりはない。



でも、身体は言う事を聞いてくれない。



かろうじて、君の身体に当たらない様に、

ベッドの空白に、うずくませるのが、限界。



「沙月...さん。」



遠のいていく君の顔を見つめるのを最後に、

そのまま、僕の意識はブラックアウトした。


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