第13話 嬉しいです



「ここは...?」



気づいたら、寝てしまっていた。



いや、もう、現実に戻ってきたのか。



でも、目を覚ますと、天井は白いし、被っている

布団も白いし、僕の家じゃない。



夢を見ているのか?



「あっ、起きた。」



「入ってきた時も、びっくりしたけど、

目の前で、碧くんが、急に、バタンッて

倒れた込んで、それ所じゃなくなったよ。」



僕の耳に、懐かしい声が聞こえてきた。



とても優しくて、けど、どこか心配そうで、

僕の事を呼びかけてくれる人。



ゆっくりと起き上がって、声のする方へ顔を向く。



まだ、頭がクラクラするけど、意識はしっかりしている。



「沙月さん?」



「そうだよ。」



「久しぶり、だね。」



僕の目の前で立っているのは、紛れもない、彼女だ。



「保健室...?」



「そうだよ。」



久々の再会も束の間、ちょっと、怒った様な口調で

彼女は、僕にクレームを伝えてきた。



「ここまで運ぶのに、大変だったんだから。」



「女の子一人に、男の子を運ばせるなんて。」



「ごめんなさい...。」



3階から、1階まで運んでくれたのに加えて、

おでこには、熱さまシートが貼られており、

近くの棚には、スポーツドリンクもあった。



看病までさせてしまって、情けない。



「それと、ありがとうございます。」



「正直で、よろしい。」



いつも、見せてくれる彼女の笑顔になった。



最後に会った時の顔色の悪さもないし、

いたって、普段と変わらない彼女の姿だ。



この表情を、また見られただけで、

僕の心は、どうしようもない位に、

息を呑んでしまう。



「でも、本当に、謝らないといけないのは、私。」



「ごめんね。」



どうして、沙月さんが謝る必要があるのか?



「どうして...?」



僕の言葉に、彼女は、神妙な面持ちで、

ゆっくりと、言葉を選びながら、話した。



「もう、私には、時間が残されていないの。」



そこから、彼女は、これまでの経緯を

僕にわかりやすく説明してくれた。



とても痛々しく、悲しそうで、今にも泣き出しそうだった。



結論から話すと、彼女は、余命わずか。



7歳の頃、国の指定の難病に罹ってしまった。



それ以来、身体が病弱な体質で、日常生活すら

困難で、小学生を卒業するまで、生きられるか、

それすらも、わからない、明日の命だった。



だけど、彼女の両親が、国内海外問わず、

あちこちの病院で、治療の可能性を求め、

本人の強い意志で病と向き合い、今に至る。



これまでの話と照らし合わせると、点と点が繋がった。



幼い娘が、病気の事で、喧嘩が絶えず、

彼女が、夢に行く様になったのは、7歳の春。



そして、引越しは、病気の治療に専念する為。



しばしば、咳き込んでいたり、僕と最後に

別れる直前、顔色が悪かったのは、元々、

身体の調子が、病の影響で良くなかった。



「今まで、黙ってて、ごめんね。」



沙月さんの、とても、申し訳なさと心苦しい謝罪。



「修学旅行も行けなくなっちゃって...。」



そんな事を、言わないで。



「謝らないで下さい。」



「沙月さんの様子に気づけなかった僕が

悪いですし、身体だって、キツかった時も

あったのに、それすらもわからなかった。」



「そんな大事な話は、秘密にするのは、

当たり前ですし、むしろ、勇気を持って

僕に、伝えくれたのが、嬉しいです。」



「こうして、また会えただけで、充分ですから。」



でも、僕の胸は、今にも張り裂けそうだ。



せっかく、再会ができたのに、文字通り、

もう二度と、沙月さんと会えなくなってしまう。



頭は、冷静に彼女の話を受け入れ、理解している。



けれど、心は、グチャグチャだ。



「ありがとう...。」



言葉とは裏腹に、沙月さんの手が震えている。



一番、怖さや孤独、不安を感じているのは彼女だ。



僕が、怯えて、どうする!



ここで、今、彼女の為に、動かないで、どうするんだ!



荒れていた心に喝を入れて、瞬時に、収めると、

僕の両手は、彼女の手を握っていた。



「お礼を言うのは、僕の方ですよ。」



震えの振動が、僕の手から胸に伝わる。



きっと、こうして堪えながら、生きてきたのだろう。



「また会えて、嬉しいです。」



僕は、彼女の顔を、正面から見つめた。



ちょっとだけ、涙ぐんでいる目、

1滴の溢れた涙は、とても、綺麗だった。



徐々に、手の震えが収まるのも、伝わる。



冷たかった手も、温もりを帯びている。



心配や不安が和らいだのかもしれない。



「でも、あれからカフェに行かなくなったので、

沙月さんが、おすすめしてくれた、ピスタチオの

フラッペを飲み損ねちゃいましたけどね。」



しんみりとした空気には、させない。



もうこれ以上、沙月さんに、辛い目にさせない。



少しでも、彼女の重荷を軽くできるならば、

いくらでも、僕は、背負ってやる。



「...プッ!」



「せっかくの限定品だったんだから、

飲みに行っちゃえばよかったのに!」



僕のクレームに、思わず吹き出した沙月さんは、

またいつもの、明るい表情を、取り戻した。



「沙月さんと飲みたかったですし、沙月さんと

セットで行くのがルーティーンでしたから。」



「私は、ドーナッツ付きのドリンクセット扱いなの!?」



「たとえが、わかりづらいですよ。」



いつもの、軽やかなやり取りの筈なのに、

随分と、遠い昔の様に感じてしまった。



「碧くんと、定期的に話さないと、腕が鈍るものね。」



「僕も、ルーティーン扱いですか...。」



「碧くんとの話、久しぶりで楽しかった。」



そうして、沙月さんは、腹が決まったのか、

吹っ切れた顔つきで、言葉を切り出した。



「次の夢が、最後になる。」


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