第12話 運命の女神



「何があったんだ...?」



沙月さんは、僕と別れたあの日から、

学校にも来なくなっていた。



チャットのアプリにも、既読がついていない。



どうにも連絡のしようも無ければ、

彼女の家も知らないし、お見舞いにも行けない。



嫌な予感は、やっぱり、間違っていなかった。



でも、今の僕には、どうしようもない。



気づいたら、修学旅行も、体育祭も、文化祭だって

終わっちゃった。



あの日を境に、夢を見る事すら、なくなってしまった。



あまりにも、唐突な終わりで、あっけない。



また、彼女と会う以前に戻ってしまった。



ある日、突然、放課後に、音楽教室に

ピアノの音が流れてくるなんて事もない。



ポッカリと、心に穴が空いちゃったよ。



いや、それは、最初からだね。



でも、僕の喪失感を、偽者だった僕を、

埋めてくれて、本物でいられる様にしてくれて、

心も体も、満たされたのは、彼女のお陰。



失って気づく、沙月さんの存在。



いつの間にか、秋は終わりを告げ、もう12月。



「なんで、僕は、学校に通っているんだろう?」



彼女のいない学校生活に、意味はあるのか?



「なんで、僕は、生きているんだろう?」



ずっと、偽者を演じてきた人生に、意味はあるのか?



「なんで、僕は...。」



生きていて良いと思える夢に、生きていないのだろう。



「なんで...。」



彼女のいない世界に、僕は、いつまでもいるのだろう。



「会いたいな...。」



独り言で、そう呟いてしまって、相当、堪えているみたい。



もう、いつもの様に、廊下や校門前で、待つ理由もない。



もう、あのカフェに、行く理由も無くなった。



せっかく、今、彼女がオススメしてくれていた

ピスタチオ味の期間限定フラッペが出ているのにね。



僕の足は、まっすぐに、自宅へ向かっている。



親が用意してくれていたご飯に味がしない、

ただ、栄養補給の為に、胃に詰め込むだけの作業。



風呂に入っても、ずっと、頭はカラにならない。



身体は、弛緩しているはずだけど、

やっぱり、彼女の事が、忘れられない。



いや、あの日から、片時も離れてくれない。



けど、身体は正直だ。



僕の心の調子とは、裏腹に、意識が遠のき、

ちょっとでも、気を抜けば、瞼が閉じてしまう。



「これが夢だったら...。」



どんなに、良かった事だろうね。



でも、これは、現実だ。



もう、沙月さんとは、会えなくなってしまった。



きっと、何かしらの事情があるはずだし、

学校の噂にもなっていないのだから、

どこかへ、転校したのかもしれない。



「最後に、もう一度だけ...。」



運命の女神は、イジワルだ。



僕が、有頂天になっていたからといって、

こんな目に遭わされるのは、割りに合わない。



でも、それでも、最後にもう一度だけ。



これ以上の僕に課せられる業が深くなっても、

身も心も、魂も捧げる必要があるのならば、

それでもいい。



どうか、もう一度だけ、彼女に会わせて下さい。



どんな試練も、苦渋の決断も、呑み込みます。



君とあの日見た夢にいられるのであれば、

僕は僕の、運命というものを受け入れていきます。



「でもそう簡単に...。」



事がうまく運んでいたら、今頃、僕の生活、人生は、

違っていたし、苦労はしていない。



わかっているけど、祈る事しかできない。



そんな僕自身が、とても、腹立たしい。



また明日も、彼女のいない現実が待っている。



その虚しさを抱える日常に震えながら、眠る。




「!?」




ふいに、僕の目が見開くと、そこは、教室だった。



「戻って...きた?」



いつものクラス、椅子に座っているお尻や

スリッパを履いている足、手の感触。



全て、実感を伴い、今、ここいる。



「間違いない。」



僕の願いが通じたのか、女神の気まぐれで、

誓約を交わし、聞き入れてくれたのか、

もうこの際、どうだっていい。



とにかく、僕は、夢に戻る事ができた。



「...いる!」



遠くから聞こえてくるピアノの音。



ーーガラッ!



居てもたってもいられず、僕は、駆け足で、

教室のドアをぶつける様に開け、廊下を走る。



慌てるあまり、何度もつまづいたり、

壁にぶつかったり、階段で足を踏み外して

転んで、痛かったけど、関係ない。



彼女に会えるのならば、この位、どうとでもいい。



「ハァ...ハァ...!」



でも、やっぱり、3階まで登る階段は、

身体は悲鳴を上げていて、肺は限界、

足の筋肉が、今にも、つりそうだ。



この時ほど、運動神経のなさが、歯がゆい。



ーーガララッ!



それでも、最後は、気合いと根性と、時代錯誤も

甚だしい精神論で、強引に突破して、そのままの

勢いで、音楽教室のドアを、全開。



「沙月さん!!」



あの時とは違い、今度は、堂々と、正面突破。



同じ汗をかけど、今回は、運動による発汗だ。



ただ、ゾンビの様なグロッキー状態だけど。



「えっ!?」



久しぶりに見た彼女の顔は、ひどく驚いている。



いつか見た光景に、僕は、既視感を覚えて、苦笑い。



でも、その顔は、朧げで、見えない。



「やっと...。」



彼女に会えた安心感か、さっきの全速力の

有酸素運動のせいか、ドッと、疲れが押し寄せ、

身体が崩れ落ちる様に、倒れ込む。



ーー!!



何か彼女が言っているけど、聞こえてない。



「会えた...。」



でも、こうして、夢に戻り、彼女にも会えた。



今回ばかり、運命の女神に、心底、感謝する。



最後の願いが叶って、本当に、良かった。


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