第11話 そうじゃない



沙月さんとの偶然の出会いから、

時は流れていき、気づいたら季節は秋。



その間も、彼女とは、夢で何度も会い、

現実でも行ける範囲で足を運んだりもした。



七夕の夜の天体観測、午前2時、

こっそりと望遠鏡を担いで、家を抜け出し、

二人だけの時間を、二回、過ごした。



翌日、寝不足で学校を仮病で休んだのは、

僕としては、初めての悪い事をした。



海や山に出かけたり、キャンプ、グランピング、

そうそう、彼女の一人演奏会も、楽しかった。



学生の一大イベントの夏休みは、

いつもは、サボって、ギリギリまでやらない

宿題を10日で、無理矢理終わらせた。



少しでも、僕の脳内に、彼女以外の雑念を

わずかでも、あるものならば消したかったし、

彼女との夢に集中したかったから。



沙月さんは、結構、優秀、というより、

いつも、学年で5本指に入る才女で、

しかも、帰国子女だから、英語はトップ。



それを知らされた時は、持って生まれたものの

差を、余計に、思い知った。



「最終日にやるよりは全然いいけど、

詰め込み過ぎるのも、ダメよ。」



沙月さんは、僕の宿題計画に対して、

ごもっともな意見であったが、それでも

笑いながら、付き合ってくれた。



沙月さんとの夢を大事にしたいという、

僕のわがままを彼女は、汲み取ってくれたから。



「ここは、普通にこうすれば...」



その普通のレベルすら、僕には、高く、

ペンが止まる事が多かったけど、彼女は、

僕のペースに合わせてくれた。



地方の進学校という事もあって、

宿題の量や模試とか、大変だったけど、

彼女のお陰で、乗り越えられた。



勉強も遊びも、生まれて初めて、

全力で楽しむ事ができたと思う。



40日間の夏休みは、永遠に忘れられない思い出。



そして、休み明けの9月。



2学期には3大イベントとして、体育祭と文化祭、

それに、修学旅行がある。



「先に行っちゃう?」



秋の新作のマロン味のフラッペを片手に、

沙月さんは、クラスで配られた旅行先である

北海道のしおりをめくりながら、発案した。



「いいでしょ、二度美味しいし。」



「混ぜると、また味変しますしね。」



「そうそうそう、このほうじ茶と栗を混ぜて

違う美味しいを味わえる...って違ぁう!」



「そうじゃない!」



「えっ?フラッペの話じゃないのですか?」



「北海道よ!修・学・旅・行!」



「返しが、うまくなりましたね。」



「そうそうそう、碧くんの天然なのか、

わざとなのか、毎回、そのあざとさに

付き合わされる私...ってそれも違ぁう!」



「やっぱり、うまいですよね、このフラッペ。」



「話を二転三転しないでくれる?」



すっかりと、彼女との会話は、スムーズで、

今や、ちょっとした寸劇が繰り広げられている。



「どうせならば、沙月さんの手の平の上で

転がされる方が、僕は嬉しいですけどね。」



「その方が、うまくいきますし。」



時を経て、僕のうっかり発言も、

ちょっとした標準装備になったけど。



その度に、沙月さんの照れる反応が、可愛いのだ。



「またそういう事を言って...。」



「いつもの事ですし、気にしないで下さい。」



「いつか、碧くんの言葉に、

本気になった子が、勘違いと気づいたら、

後ろから刺すわよ?」



「それは、大丈夫です。」



「本気にされた事はないですし、

僕を好きになるだなんて、よっぽどのモノ好きか、

変わった趣向の人しかいないですよ。」



「それにいたら、もう奇跡です。」



「独占インタビューしたい位ですよ。」



「変で悪かったわね...。」



「沙月さんが、変なのはわかってますけど?」



「天然あざと男子!」



何故か、よくわからない矛盾した言葉で、

罵倒されたけど、本気で、怒っていないから、

よしとしよう。



「じゃあ、沙月さんの言う通り、

現地の下調べがてら、先に行きますか。」



「うまく丸め込められた気がするけど、いいわ。」



しぶしぶとではあるが、沙月さんは、

しおりのページをめくりながら、

旅先の風景を思い浮かべている。



「小樽の海鮮料理、美味しそうね。」



「バームクーヘンも評判で、楽しみですね。」



「富良野も、いいわね。」



「日本の最北端も行っちゃいましょう。」



「夕張のメロンもいいなぁ。」



「牛や馬、羊、牧場体験もいいですし、

ほんと、色々あって、でっかいどうだなぁ。」



「プッ...!そうね。」



あれこれと、北海道の特産やら名産やら、

有名スポットが多く、今から楽しみ過ぎて、

僕達だけの修学旅行に、花を咲かせていた。



「たくさん行けるといいね。」



「そうですね。」



話がまとまり、時間もちょうど来ていたので、

僕達は、カフェを出る事にした。



日が暮れるのが早くなり、夕日はほぼ沈みかけ、

頬に触れた夜風は、冷たさを纏ってきていた。



「...あのね。」



別れる直前、沙月さんは、神妙な面持ちで、

僕に声をかけてきた。



「どうしました?」



そういえば、少しだけ顔色が悪く、

店を出た後、口数も少なげだった。



「大丈夫?」



僕の直感なのか、彼女に歩み寄って、

様子を伺おうとした時、彼女は、慌てた。



「なんでもないよ!」



珍しい反応に、違和感を覚えた。



「ちょっと、そこで待ってて。」



急ぎ、近くのコンビニによって、買い出し。



「はい、これ。」



熱さまシートやカイロ、スポーツドリンク等が

入ったビニール袋を、彼女に渡した。



季節変わりで、調子を崩して、風邪かもしれない。



「もし、体調が悪いのに、無理に

付き合わせちゃっていたら、ごめん。」



「カイロは、一枚、袋から出して温めたから。」



「そうじゃない...。」



「でも、ありがとう。」



カラ元気そうだけど、それでも、沙月さんは、

いつもの調子で、返事をしてくれた。



「無理だったら、連絡して下さいね。」



「修学旅行まで、時間はありますから。」



「そうね...。」



やっぱりおかしいけど、これ以上、

僕にできる事は、ないのがもどかしい。



「じゃあ、また。」



「またね。」



不安を募らせる彼女の様子だったけど、

きっと、家に戻って、ゆっくりと休めば

また、元気に再会できると思う。



だけど、僕の安易な予測は外れた。



その翌日から、彼女は、沙月さんは、

学校にやってくる事はなかった。


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