第10話 告白



それからしばらく、僕と沙月さんは、

ちょくちょく、夢で会う様になった。



初めてのライブに行った時は、面食らった。



ドーム公演でしかも最前列の席は、

やり過ぎかなと思ったけど、彼女の鼻息は荒く、

恍惚として、話しかけずらかった。



ライブが終わった後も、その後の現実に戻って

学校で再会した沙月さんの余熱が、すごかった。



「ほんと、楽しかった!」



でも、彼女が心の底から、満たされたなら、

それでいいと思ったし、僕も、楽しかった。



「ねぇ、次は、どこに行く?」



余韻が浸ったまま、すぐさま、次の行き先も

強制的に、付き合う事になったのは、予想外だったけど。



「これ、買ってきたんだ!」



しかも、ちゃっかり、旅行雑誌まで買っていて、

遠足が待ち遠しい子供みたいに、大事そうに、

両手で抱えているではないか。



すっかり、味を締めちゃっている様子だ。



何だか、禁断の世界に、彼女を誘い込んだ

悪役キャラみたいで、良心が痛むけど、

彼女の満面の笑みで、それで良しとした。



普段は、ただのクラスメイトの関係で、

廊下ですれ違う時も、軽く挨拶をするだけ。



でも、放課後になると、自然と、どちらかが

先に、校門や下駄箱前で待つ様になった。



それから、図書室や公園とか、たまに、

最初に、沙月さんと行ったカフェで、

次のプランを決める時間になった。



新たに、わかった事だけど、本当に、

彼女が納得して、心から行きたい場所じゃないと、

夢に現れる事はなかった。



その原因は、大体、お互いの意見の食い違い。



「行けなかったんですけど?」



ある日の放課後の校門前。



ムッと、頬を膨らませ、ご機嫌斜めだけど、

彼女ときちんと、話し足りなかった僕が悪い。



「ごめんなさい。」



その時は、素直に謝る。



彼女のお陰で、僕は、知らない世界を知れているのだ。



いわば、彼女のおこぼれに預かっている身。



「そこは、素直なのね。」



「怒るに怒れないじゃない。」



こちらには、言い訳のしようがないのだ。



「沙月さんと納得するまで、話し合わずに、

もう遅いと、切り上げた僕が悪いですから。」



「そんな事を言わないでよ...。」



確かに、わがままな部分が、彼女には

あるのかもしれないけど、それでも、僕自身が、

最後まで、彼女と向き合わなかった時点で、悪い。



でも、彼女は、そんな僕を、寂しそうに見つめる。



「ごめん。」



でも、そんな顔をしないで欲しいから、

仮面を外して、僕の気持ちを伝える。



「沙月さんと、もっと話したかったし、

一緒に行きた場所もあったけど、遅くなって、

危ない目には、遭わせたくないから。」



「でも、沙月さんの気持ちを無視したのは、事実。」



「だから、ごめんなさい。」



「そんな事を言われたら、余計に、

怒れないし、私が悪者みたいじゃない。」



ちょっとだけ、肩をすくめ、まだ不満気であったけど、

僕の言葉に、一応の納得してくれたのか、

沙月さんは、理解をしてくれた様だった。



「悪役は、自分一人でいいですし、

沙月さんは、やっぱり、明るくて、

ニコニコした可愛い顔が、一番好きです。」



しまった、つい、余計な本音まで言ってしまった。



これじゃあ、沙月さんの事が好きですと、

告白している様なものじゃないか!



「そうなの...。」



一方の沙月さんは、目線を僕から逸らして、

顔も下の方へ向いてしまっている。



どんな表情をしているのか、怖くて見れない。



これで、僕達の関係があっけなく終わるのは、避けたい。



風によって緑が生い茂った木が揺れる音が、

僕達の間を通り過ぎるだけの、気まずい雰囲気。



「そ...それじゃあ、昨日のお詫びに、沙月さんの

好きな飲み物を奢るので、カフェに行きましょう。」



無理矢理、流れを断ち切る形で、

僕は、なるべく彼女の方を見ないで、

先に、歩き出していった。



「そうね。」



「ちょうど、喉が渇いていたし、それでチャラにしましょう。」



沙月さんも、まるで先程までの事はなかった様に、

返事をしてくれて、後ろからついてきた。



よかった、ひとまずは、ピンチを脱した。



でも、一度、口にしたものは、もう戻せない。



何より、沙月さんの反応や返事、そして、

気持ちを知るのが、怖くなってしまった。



振り返って、後ろにいる彼女の姿を確認する

メンタルの強さや度胸は、僕にはない。



ただ、彼女の履くローファーの鳴る音と、

たまに、咳きの様な声が聞こえるだけ。



「大丈夫ですか?」



少しだけ、様子見で、振り返ってみた。



「大丈夫よ。」



特に、変わった様子もなく、沙月さんは、

はにかんだ笑顔を見せてくれた。



「そうですか。」



控えめに笑う彼女もまた、可愛いかった。



それからも、お互いに、ぎこちなさが

続いたものの、カフェで、飲み物を挟んで、

話をしている内に、いつもの調子に戻った。



多少、彼女を意識してしまっている僕がいたけど、

うっかり発言は、今後も気をつけないといけない。



今回の作戦会議は、順調で、難なく決まった。



「楽しみだね!」



胸を躍らせ、目を輝かせている

彼女にそめられた僕は、つい、夢を見た。



ーーこのまま、一緒に...。



いつまでも、彼女と夢を見たい、そう心から願った。



少なくとも、高校を卒業するまで、

いや、夏休みまで、あと1週間でもいい。



今まで、人を避けてきた僕が、こんなにも

一緒にいたいと思える人が現れるなんて、

心が、とてもしめつけられる。



呼吸を忘れ、BGMや他の人の会話が流れている

店内なのに、彼女の声しか、耳に入ってこない。



ニセモノの僕が、ホンモノの彼女と釣り合わないのは

分かっている。



だけど、運命の女神がいるならば、どうか、

沙月さんとの夢を生きられる様にお願いします。


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