第8話 ニセモノの僕



カフェに着くと、平日の夕方からか、空いていた。



2Fのテーブル席を、先に確保した後、

メニュー表を二人で、眺めていた。



「この桜のフラペチーノ美味しそうね。」



「そうですね...。」



実は、人生初のカフェだ。



オシャレな内装やスタッフの元気の挨拶で、

入店した段階で、たじろいでしまっている。



スマイルを送る店員が、逆に、怖い。



そんな僕とは違い、彼女は楽しそうに

シーズン限定か、他のラテで迷っている。



「碧くんは、どうする?」



後ろに人もいるし、早めに決めなくては。



「じゃあ、この桜のフラペチーノで。」



「意外と、可愛い系が好きだったりするんだね。」



ほんとは、彼女につられただけ、だけど。



「抹茶やチョコも好きですよ。」



「やっぱり、可愛い系じゃん。」



「じゃあ、私も同じ物で!」



言われた事がないワードに、人前で言われ、

その場にいるのが、耐えられず、顔を背けてしまった。



それから注文を受けて間もなく、桜色に染まった

ドリンクを2つ受け取ると、僕の手にこもった

熱を、ひんやりと冷ましてくれた。



さっきの彼女の言葉で、まだ、火照っているみたい。



それから、席に戻って、一息つくと、

ストローを差し込み、いざ、飲んでみる。



「美味しいね。」



「初めて飲んだけど、うまい...。」



ほのかな桜の香りと、口に入ってくる甘さで

堅かった気持ちを、ほぐしてくれた。



「それで、何の話だったっけ?」



「そうでした。」



リラックスできたお陰で、身体がほぐれた

僕は、彼女に、夢の事を聞いてみた。



「あの夢は、いつから?」



幸い、店内にいる他の人達は、会話したり、

パソコンの画面と睨めっこしていたりと、

僕達の話に、耳をそば立てる人はいない。



それでも、控えめの小声だったけど、

ゆっくりと、彼女は、遠慮なく話してくれた。



「あれは、小さい頃だったね。」



その後、沙月さんは、経緯を教えてくれた。



最初に、夢だと気づいたのは、7歳の春。



その時は、よく出かけていた公園のブランコで、

遊んでいたそうだ。



「それで起きたら、『朝だ!?』ってなって、

あの時は、ほんと、びっくりしたなぁ。」



「親に話したけど、夢でも見ていたのよって。」



「それはそうなのだけどね。」



それ以来、夢にいる様になったらしい。



「友達や先生にも話したけど、初耳とか、

同じ事しか言われなくて、普通じゃないと

幼いながら、理解した。」



「だから、私だけの秘密にしたの。」



「碧くんには、バレっちゃったけどね。」



見てはいけないものを見てしまった気がして、

申し訳なくなった僕に、彼女は、含み笑いだ。



「安心して、秘密を知った者は...

ってお約束の展開じゃないから。」



ないとはわかりつつも、彼女は冗談で

済ませてくれたのも束の間、口を尖らせた。



「ただ、私のプライベートを覗き見は、良くないなぁ。」



「つい、気になって...。」



捕まった犯人の供述みたいで、恥ずかしい。



「責められても、仕方ない立場なので、

好きなだけいくらでも、責めて下さい。」



開き直った様な僕の態度だが、されるがままだ。



「まぁ、私以外の人は、こういう変な事に

ならないって思っていたし、お互い様かな?」



ここで、少し譲歩してくれたのは、優しい。



「変なのも、お互い様ですしね。」



「また、ヘンって言った!」



ここで、余計な発言をしちゃったけど、

他の人が、沙月さんの話を聞いたら、

十分に、ヘンな人に認定されると思う。



「言ってくれるわね。」



「ヘンな人なので。」



「そういう事にしておく。」



けど、沙月さんも、それをわかった上で

受け入れて、楽しく返してくれるから、

すごく、心の広い人だと感じた。



まっすぐに、澄んだ綺麗な瞳は、

僕をよそ見なんてさせてくれない。



まるで、夢見心地で、彼女といるのが、

未だに、信じられない僕がいる。



「話がそれちゃったね。」



会話の寄り道から戻ると、沙月さんは、続きを話した。



夢にいる頻度は、バラバラ。



毎日いる時もあれば、1ヶ月以上、いない事もある。



「だけど、確かな事だけが一つ。」



ただ、夢の世界へ行くトリガーがあるそうで、

それは、沙月さんの中では、確定事項らしい。



「それは、私の心が、強く動いた時。」



つまり、彼女の強く感情的になった日に、

眠ると、夢にいるそうだ。



「よく両親が喧嘩して、それを見るのがイヤで、

だから、私にとって、公園は安心する場所だった。」



ふいに、彼女の口から開かれた生い立ち、

その環境の一端に、僕は、触れてしまった。



沙月さんは、遠い過去の姿を今、

この場で見ている様で、僕は、切ない。



「そうでしたか。」



ギュッと、胸を押さえたい衝動を堪える。



ただ、僕は、うなづく事しかできない。



これ以上、彼女の心に入り込んでも、

下手な同情は、余計、傷つけるだけ。



所詮、ニセモノの僕。



周りを、あざとく、欺いてきた僕だ。



こちらの動揺なんて、見せるもんか。



「変な話をしちゃってごめんね」なんて

要らぬ気遣いだってさせるもんか。



ウソの演技でいい。



「じゃあ、僕と会ったのは、沙月さんの

心がびっくりしちゃったとかですかね?」



彼女の事情には触れず、あくまでも、

夢に焦点をあて、沙月さんに尋ねた。



僕なりの、精一杯の笑顔と一緒に。



「そう...かもね。」



意味あり気な、含蓄のある間だったけど、

とにかく、明るいままで、良かった。



ーーゴホン。



ちょっと咳き込んだ沙月さんは、

ストローでフラッペを吸い上げ、

リフレッシュ。



僕も、彼女の話に夢中で、飲むのを

忘れていたから、溶けきらない内に味わおう。


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