第7話 放課後ランデブー



「あっ...。」



彼女と、目が合い、挨拶をされた。



それだけで、緊張してしまって、胸が高鳴る。



まだ人がいないお陰で、クラスメイトから

色眼鏡で見られる心配はなく、体が硬直する

レベルにならないだけマシだ。



「おはようございます。」



一礼してしまうのは、クセかもしれない。



そして、彼女は、挨拶を済ませると、

和かな表情で、間髪入れずに、尋ねてきた。



「合言葉は?」



「はい?」



唐突に、彼女からの無茶振り。



だけど、全く、身に覚えのなくて、

人違いなのか、仮に、そうではなく、

お笑いのノリでも、彼女は、やらない筈。



つい眉間に皺を寄せて、考え込む

僕の姿を見て、彼女は、寂しげに答えた。



「ううん、ごめん。」



「やっぱり、何でもない。」



「急に、変な事を言ってごめんね。」



「いえ...。」



「それじゃあ...。」



振り向き様の彼女は、曇った表情で、

目を伏せ、落胆して、悲しげだった。



ーーズキンッ!



どうしてだろう、また、胸が痛い。



別に、僕に、落ち度があった訳じゃない。



ただ、彼女の質問の意図が分からず、

何を聞いてきたのか、不思議に感じただけ。



ーーいや...ある。



もう、そんな顔をして欲しくない。



彼女の声や姿、その表情を見ると、

不意に、僕の心が、勝手に話し出した。



「沙月。」



「えっ...?」



「合言葉。」



「その...忘れていた。」



「ごめんなさい。」



「だけど、今、思い出した。」



「沙月...でしょ?」



全てが鮮明に、フラッシュバックした。



やっぱり、あれは、夢じゃなかった。



いや、夢じゃないけど、夢だった。



トンチの効いた問題みたいだけど、

確かに、僕は彼女と一緒の夢にいた。



そして、別れ際に、合言葉を作った。



「合言葉は、『沙月』、ね。」



「あの...せっかく提案してくれたのも

何ですが、自分の名前をパスワードに使うのは、

セキュリティ的にマズいのでは...。」



「二人しか知らないのだから、大丈夫よ。」



「そうですか...。」



本音では、タメ口で女の子の名前を呼ぶ

恥ずかしさなのだが、ここは、従うしかない。



「じゃあ、ちゃんと、覚えていてね!」



「善処します。」



「テストに出るからね!」



「出題範囲が狭過ぎませんか...。」



この様なやり取りをした後、気づいたら、

ベッドの上で、目を覚ましていた。



「まぁ、夢でも変な事を言っていましたし、

今に始まった事ではないので、気にしてません。」



「何よそれ。」



手のひら返しの様な僕の態度に、

彼女は、膨れっ面をするが、それでも

喜びを隠し切れていない。



「もう一度、確認しますが、『沙月』。」



「これで合ってますか、沙月さん?」



流石に、何度も呼び捨ては、恥ずかしく、

被せる様にして、丁寧な呼称に変えた。



「はい...。」



そして、彼女は、頬を染めながら、

僕の回答に、丸印をつけてくれた。



これで、一応は、夢にいたという証拠、

あるいは、証明になった。



だけど、その必要はなくて、

全てを思い出した時には、僕の

頑固な頭も、理解していた。



やはり、僕という人間は、考えるよりも、

心で感じた事を、大事にした方がいいらしい。



「それで...」



これで、二人の夢が繋がった事を

確認できたが、話は、これで、終わらない。



いや、終わらせるつもりが、僕にはない。



「まだ夢の事はわかっていないですし、

もうちょっと詳しく、沙月さんの話を

聞きたいので、時間ありますか?」



夢についての話もあるけれど、

もっと、彼女の事を知りたい。



「そうね、また放課後にはどう?」



「大丈夫です!」



「元気に返事するのね。」



またつい、勢い良く、言葉を返してしまった。



嬉しさのあまり、心の状態が、

ダダ漏れで、自分ながらに恥ずかしい。



彼女には、僕の気持ちが、見透かされていると思う。



「学校が終わったら、校門に集合で。」



「はい。」



「それじゃ、また放課後にね。」



「また後で。」



今度の去り際の彼女の横顔は、笑っていた。



こうして、また幸運にも、彼女と会う約束ができた。



ーーこれって...?



今更だけど、気づいた。



ーーデート、だよな?



早起きは三文の得と言うけれど、それ以上の

お金以上のものを得られた気がする。



口元が緩んじゃっているのを、彼女に、

バレていないといいけど。



もう放課後まで、待ちきれない。



今日の授業は、全く頭に入ってこなかった。



右から来た情報が、そのまま左へ流れていく。



でも、勢いで言ったはいいものの、何を話せばいいのか。



特に、これといった雑談ネタはないし、

自慢するものもなければ、特技もない。



話が保つのか、心配になってきた。



学校の授業とか、無難な話でいいのか、

天気や最近のニュースとか、上っ面な事は、

彼女に、そういう嘘は通じない。



どんどん、午後から夕方、放課後が近づくにつれ、

不安の方が大きくなってきた。



そして、とうとう、来てしまった。



「あっ、早かったね。」



彼女が、先に、校門で待っていた。



彼女に向かって歩いてると、どんどん、

緊張してきて、ドキドキしてしまう。



「ちょっと早歩きで、来ました。」



「楽しみにしてた?」



ストレートの問いに、後退りしそうになったけど、

ここで逃げたら、彼女に応えられない。



「ウズウズしてました。」



「先生に言われなかったの?」



「当てられなかったので、大丈夫でした。」



「フフッ...そういう問題じゃないと思うけど...。」



指摘は、もっともだが、微妙にすれ違う

会話に、彼女は、笑いを堪えていた。



「じゃあ、駅前のカフェでいい?」



「はい、大丈夫です。」



「じゃあ、行きましょう。」



僕にとって、人生初のデートが、始まる。


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