第6話 のぼせたな
「うぅん...。」
気づいたら、寝てしまっていた。
すっかり、辺りは暗くなってしまっている。
時計に目をやると、深夜1時を過ぎていた。
「寝過ぎた。」
学校から帰ってから、色々と疲れて、
すぐに、部屋に戻って、眠りについて、
6時間以上は、寝た事になる。
中途半端な睡眠をしてしまった。
目が冴えているし、今、二度寝しようにも、
寝付きが悪くて、寝れそうにない。
おまけに、制服のままだし、汗で、
ベッタリしていて、気持ちも悪い。
睡眠欲を満たされたせいか、食欲が湧く。
「お風呂に入ろう。」
幸い、家の中は寝静まっていて、
大きな音を立てなければ、自由に
過ごしても大丈夫な時間帯だ。
忍び足で、バスルームに向かい、
まずは、空っぽの湯船にお湯を沸かす。
その間に、着ていた制服を脱いで、
シワを伸ばしから、ハンガーにかけ、
ワイシャツは洗濯機に入れる。
あの人達は、僕の疲れた様子に心配したのか、
特に、干渉される事なく、冷蔵庫に、
ラップをかけ、夜ご飯を保存していた。
ここで変に、シャツを床に放り出したり、
晩御飯を食べずにいたらとしよう。
何を言われるのか、わかったものじゃない。
だから、翌朝に備え、この家における、
僕が演じる役割を想定していくのが必要。
最初は、面倒だったけど、もう慣れたもの。
10分が経ち、湯船にお湯が溜まったのを、
確認してから、ゆっくりと、入浴して、
汗と疲れを落としていく。
「ハァ...。」
自然と、漏れるため息。
天井へ上っていく湯気を眺め、
窓からは、春のそよ風の音を耳にしながら、
昨日の事を、朧げに思い出されていく。
橘沙月さん、可憐で、演奏している姿が、
すごく煌めいていて、惹かれる人だった。
もう会う事は、ないのかもしれない。
「...?」
ふと、僕の脳内に、ビジョンが流れてきた。
何やら、僕が彼女に、90度で全力で謝罪している。
それから、彼女は、何かを話していて、
僕が、返事をすると、彼女は、笑っている。
「あれ...?」
昨日の放課後の出来事とは、少々異なる光景だ。
本来なら、僕は顔を真っ赤にして、
汗を流しながら、謝っていたし、何より、
彼女に、悲しい顔や寂しい表情はなかった。
でも、何でだろう。
ーーズキンッ!
すごく、胸が痛い。
そんな顔を見なかったはずなのに、
まるで、その場で、直接、見てきたみたい。
でも、その後の、嬉しそうにしていたり、
怒った様な顔をしているのが、可愛い。
「なんだろう...これ?」
既視感はあるけど、多分、僕の妄想なのだろう。
女の子との交流に舞い上がって、
つい、変な想像に働いたのかもしれない。
慣れない事をして、脳が疲れているのかもしれない。
でも、最後に、何かを約束をした気がする。
でも、思い出せない。
そもそも、彼女とは、すぐに解散したし、
約束する様な言葉を交わしていない。
「夢...だな。」
そうに違いない。
きっと、彼女と夢の続きを見たいという、
僕の心や感情が反映された夢なのか。
それとも、偶然、彼女と出会った事で
たまたま、その時に波長が合って、
彼女の夢に入り込んでしまったのか。
「まさかな...。」
アホらしいし、考え過ぎだ。
ーーザブン!
一度、全身、身体をお湯に浸けて、
雑念に覆われた頭をリセットする。
そもそも、彼女とは身の丈に合わないし、
分相応を知らない己を弁えろ。
夢でも、音楽教室に侵入して、
こっそり、彼女を見ているなんて、
変人、ここに極まれりだ。
「のぼせたな。」
ゆっくりと入浴して、頭をのぼせたからか、
そんな幻を見ているのかもしれない。
サッと、身体を洗い流してから、
お風呂を上がり、リビングに戻る。
その時には、夢の事なんて、もう忘れている。
所詮、夢幻の様な、幻想だったのだ。
それから、遅い夜ご飯を済ませ、
お皿の片付けと歯磨きをしてから、
部屋に戻り、その頃には眠気が来ていた。
再び、眠りにつき、ようやく長い1日が終わった。
そして、迎えた朝。
10時間以上は、合計で寝ていたからか、
すごく、脳も身体も軽やかで、スッキリ。
「よく寝た...。」
身体を伸ばして、時計に目をやると、
6時過ぎで、まだ、時間に余裕がある。
ーー早めに、行くか。
気分もすごくいいし、早朝に登校するのも
悪くはないだろう。
リビングに行くと、母親が準備をしていたが、
何か一言、二言、声をかけていたけど、
僕は、昨晩の事を謝ると、事なきを得た。
ーーちょっと、体育の授業で疲れちゃって。
嘘をつくなんて、お手のもの。
けど、嘘も方便。
物事を滞りなく、進められ、相手の
感情やエゴを十分に満たし、平穏に
生活ができるのならば、それでいい。
でも、この姿を彼女に見られたら、
きっと、軽蔑するのかもしれない。
偽者を演じている僕が、本当の僕だなんて、
とんだ茶番を見て、幻滅するかもしれない。
ーーまぁ、いいか。
男女の仲ではないのだ。
取り越し苦労に過ぎないし、余計なお世話。
それに、昨日の様な、幸運は滅多にない。
ーー考えるだけで、無駄だな。
後ろ髪が引かれるけど、後悔は先に立たない。
玄関を出て、通学路を歩いていくと、
人が少なく、鳥のさえずり声が聞こえる。
静かな時間だからこそ、余計な事を
考えてしまっているのかもしれない。
ーーガラッ!
辿り着いた教室には、生徒はおらず、
クラスで、一番乗りだった。
浮かれていたけど、目立たちたくないから
どこか空いている教室で、時間を潰そう。
今日から、いつもの日常に戻ってしまう。
彼女との思い出が、薄らいでしまう。
憂鬱になりながら、廊下に出たタイミング。
ーーガラッ!
「あっ、おはよう。」
「碧くん。」
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