第5話 合言葉



小さい頃、テレビで観た事のある

学校の怪談系のホラー番組を思い出した。



呪われたピアノを思い出して、怖気がする。



もう、耳にした時点で、詰んでいるかもしれない。



「行くしかないよな...。」



でも、唯一の希望としては、ピアノの音も、

聞いた事のあるメロディだ。



僕以外に、誰かがいるかもしれない。



もしかしたら、SOSの合図なのかもしれない。



どちらにしても、確認するしかない。



慎重な足取りは、怠らず、廊下を抜け、

3階へと、上がっていく。



どんどん、近づくと、音も大きくなってくる。



「無事に帰れます様に...!」



祈る様な気持ちで、ゆっくりと慎重に、

角にある音楽教室の扉を開けた。



ーーガラッ...。



僕の気配を悟られない様に、できる限り、

存在を消しながら、足音も立てずに、忍び込む。



ここまでは、大丈夫。



教室の中も、ピアノの位置も、変わらない。



問題は、誰が、ピアノを弾いているかだ。



深い呼吸をして、心の準備をして、

そぉっと、顔を覗かせる様に、相手を確認。



ーーあっ...!



正体を知った瞬間、これまでの緊張が解けた。



何の事もない。



橘沙月さん、彼女が、ピアノを弾いていた。



ーーよかった...。



ひとまず、呪いとか、そういう類の

オカルトじみたものじゃなくて、安堵。



その場で、座り込みそうになるけど、

まだ、油断はできない。



でも、彼女は、彼女だった。



「綺麗...。」



つい、見惚れて、声を漏らしてしまった。



「えっ...?」



デジャブなのか、ほとんど同じ展開で、

彼女に、僕の存在がバレてしまった。



再び、プレッシャーが僕を押し潰しそうとするけど、

もう、こうなったら、ヤケクソだ。



「すみませんでした!」



90度、頭を下げて、全力謝罪だ。



「綺麗な音が聞こえてきて、沙月さんの

演奏の邪魔にならない様に、また失礼して...!」



「碧くん?」



「ほんと...すみま...えっ?」



僕の謝る姿に、彼女は、驚きと、

不思議そうな様子で、キョトンとした

表情で、見つめてきた。



「はい!碧颯斗!2年5組!出席番号3番です!」



つい、勢い余って、出席番号も言ってしまった。



「プッ...!」



僕の律儀な挨拶に、彼女は、吹き出した。



「また言っちゃってる...!」



さっきまで、僕が勝手に、醸し出していた

ホラーの空気感は、彼女の笑いで、様変わり。



その笑顔に、全てが、溶かされた。



でも、ちょっと、引っかかる事があった。



「えぇ...と、また?」



「あっ、そっか。」



「碧くんは、初めてだよね。」



「というより、ここに来る人が、初めてだね。」



彼女は、意味深げな言葉を言いながら、

僕にわかる様に、説明をしてくれた。



「ここはね、夢の世界。」



「碧くんは、私の夢の中にいるの。」



彼女の説明に、僕の脳は、理解できなかった。



「無理もない話だよね。」



「こういうオカルトや超常現象って、

他の人が聞いたら、びっくりするし、

人によっては、嫌かもしれない。」



「うまく、説明できなくて、ごめんね。」



残念そうに、寂しそうな顔をする彼女。



ーーズキン!



信じてもらえないのは当然としても、

観念して、顔が俯いてしまっている

彼女の姿に、すごく、胸が痛い。



一瞬だけだったのに、ざわついている。



確かに、頭では、理解できないし、

これまでの常識が、否定しろと騒いでいる。



でも、僕の心は、違う。



ーー彼女を信じろ!



心の声が、聞こえた気がした。



目の前の彼女の言葉に、嘘、偽りはない。



「大丈夫。」



気づいたら、声が、出ていた。



緊張もせず、自然とした、ありのままの

僕の言葉で、声をかけていた。



「確かに、僕の頭では、サッパリわからない。」



「何を言っているのかさえ、ワケがわからない。」



「でも、心は、そうなんだって、わかっている。」



「だから、僕は、沙月さんを信じる。」



「根拠はないけど、それでも、信じる。」



僕の話を聞き終えると、彼女は顔を上げ、

すごく嬉しそうに、目を細めて、見つめていた。



「嬉しい...。」



「ありがとう。」



その笑顔に、なぜか、僕は泣きそうになった。



それだけで、全てが報われる気がした。



少し潤む彼女の目を見て、そう感じたのかもしれない。



「正直なのは、変わらないね。」



「でも、ダメだよ。」



「いきなり、変な事を言われたのに、

それで、信じて受け入れちゃうのは、

騙されるし、気をつけなきゃ。」



冗談のつもりだろうが、彼女の言う事は、最もだ。



僕の言い訳としては、彼女だから、信じた。



最も、これもこれで、危ないのかもしれない。



「沙月さんだから、信じました。」



「会って間もないのに?」



「はい。」



「変な事を言った私なのに?」



「はい。」



「変なのは、自分も同じなので。」



「何よ、それ!」



うっかり失言してしまい、彼女は

怒った様な顔や口振りで、頬を膨らませたけど、

どこか嬉しそうで、可愛かった。



「沙月さんを信じる僕が、変なのです。」



「それ、遠回しに、私も変と言っているし、

フォローにもなっていないじゃない。」



またの失言だが、今度の彼女は、微笑んでいる。



僕に、呆れているのか、面白いのか、

好奇心旺盛な子供の様な顔をしている。



「でも、そう言ってくれるのは嬉しいし、

それが、心からの言葉なのも、嬉しい。」



「けど、私としては、物足りない。」



「まだ、信じ切ってもらっている訳じゃない。」



まだ、彼女は、納得がいっていない様子で、

僕に、どう理解してもらおうか考えていた。



「私としても、初めてだけど...。」



「合言葉を作らない?」



少し考えた後、彼女は、思い付いた

アイディアを僕に提案してきた。



「合言葉?」



「そう、碧くんが目を覚まして、

私に会った時、合言葉を伝えるの。」



「それで、合っていたら、私と碧くんは、

一緒の夢を見ていた。」



「これなら、納得するかなって。」



確かに、もし、ここが夢だとして、

目を覚ました後、学校で、彼女に会い、

合言葉を伝えたら、夢にいたと分かる。



「うん、そうしますか。」



僕は、二つ返事で、彼女の提案を受け入れた。



「ありがとう!」



彼女は、ガッツポーズをしながら、

僕達の実験がどうなるか、楽しげだ。



そして、二人だけのパスワードを伝えてきた。



「じゃあ、合言葉は...」


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