第4話 イジワル



「疲れた...。」



帰宅して早々、風呂も入らず、ベッドにダイブ。



女の子と会話とか、慣れない事はするもんじゃない。



結局、音楽教室を出た後からは、

何もなく、彼女は、職員室へ用事があり、

すぐに、解散する事になった



「それじゃあ...。」



またね、と言えなかった。



会話らしい会話もせず、

連絡先を交換する事もなかった。



そもそも、クラスも違うし、男女の仲でもない。



次の機会に、再会する理由が見つからず、

お茶を濁す、中途半端な態度になった。



もっと、頭の回転のキレが良い、

口の立つ人とか、陽キャみたいなノリだったら、

次に繋がる、口説き文句を言えたのかな。



「期待しちゃったじゃん...。」



ベッドに顔を埋めて、敗者の弁を述べるだけの

僕は、負け犬で、弱虫で、情けない。



偶然、耳にしたピアノの音、そして、

それを辿った先に出会った、女の子。



運命という抽象的な言葉は、好きじゃない。



でも、あんな幸運は、もう二度ないだろう。



「急に、レッスンが休みになっちゃって...」



彼女、沙月さんは、予定に穴が

空いてしまい、それでも、弾きたいから

先生に鍵を借りて、練習をしていた。



そう言っていたのだから、ほんと、偶然。



だけど、千載一遇のチャンスを、みすみす逃した。



やっぱり、運命の女神様は、イジワルだ。



「どうして...あの時...。」



それは、違う。



僕が、正当化する為の偽りの言葉。



本当は、自分でも、わかっている。



僕が、ちゃんと正直に、気持ちを

伝えていれば、また彼女の演奏を聴きたいとか、

世話になったから、鍵は自分が返すとか、



色々な口実が、あったじゃないか。



それなのに、僕は、棒に振った。



やっぱり、不慣れな事はするもんじゃない。



これから、どう顔を合わせればいいのだろう。



いや、また彼女と会える保証なんてない。



偶然を装うのも、白々しい。



「バカだなぁ...。」



悔し紛れに、両足をバタつかせて、

彼女との少しばかりの思い出に浸って、

僕の愚かさを笑うしかない。



疲れの影響か、瞼も重い。



淡い青春の1ページにもならない出来事。



いや、僕にしては、アルバムの半分は埋まる

貴重な体験をする事ができたのかもしれない。



でも、願わくば...。



「また、会いたいなぁ。」



意識が遠のいていく中でも、鮮明な

彼女の笑った顔、演奏している姿。



まるで、夢の様で、現実ではないみたい。



でも、確かに、僕は、その場にいた。



あの日見た君の夢に、僕は、そめられた。



これが、一目惚れというものなのかな。



胸の鼓動を感じながら、僕は眠りについた。






ーーキーンコーンカーンコーン!






「うるさいな...。」



僕の眠りを妨げるのは、大きな鐘の鳴る音。



ただ、どこか、電子音っぽくて、

まるで、学校の授業や放課後を知らせる

チャイムの様だ。



「うん...?」



この音に聞き覚えのある僕は、

違和感を抱き始めて、その正体を確認すべく、

ゆっくりと、目を開いていく。



おまけに、体の感覚もおかしい。



ベッドで横になっているはずなのに、

椅子に座り、机の上に突っ伏している格好だ。



「えっ...!?」



起き上がった僕が見た光景は、目を疑った。



夕暮れ時、誰もいない教室、黒板...etc



「学校...?」



今日、僕が過ごした放課後の教室が

そっくりそのままに、再現されている。



しかし、全部が全部、同じではなく、

窓から外を見渡すと、グラウンドには

誰もいないし、声も聞こえてこない。



体育館からも、バスケ部やバレー部の

シューズ音や、ボールの衝突音もない。



「いつの間に...?」



事態の変化に、理解が追いつかない。



いつ、どの様に、誰が、僕を連れてきたのか。



どこかに得体の知れない存在が潜んでいて、

僕を監視しているのかもしれない。



理由だって、心あたりだってない。



「わからない...。」



あるとするならば、運命の女神を、

罵ったペナルティならば、とんだ罰で、

イジワルな神様がいるのかもしれない。



未知の恐怖に覆われて、僕の心が、

暴れない様に、抑えるのが、やっと。



「とりあえず、校門に...。」



呼吸は荒いし、心臓もさっきから、

うるさい位に、バクバク言っている。



これまでにない緊張感、最大限の警戒で、

慎重に、イスから立ち上がった。



服装に変化はなく、寝る前と同じ、

制服姿で、特に、仕掛けもない。



恐る恐る、教室のドアを開けて、

廊下を覗くと、いつも通り、僕が

見てきたものと同じ。



ただ、異常な状況だから、

いつもの日常なのに、そこに

恐怖が待ち構えている様な気もする。



お化けやゾンビの類は信じていないけど、

いざ、非日常に投げ込まれると、

本当にいるのではと錯覚してしまう。



しかし、この場に居続けても、状況は好転しない。



「行くか...。」



ゴクリと、唾を飲み込んでから、

一歩、廊下へと踏み出した瞬間だった。



ーーポロン。



ーードキッ!!!



静かだった空間に、突如、響き渡る音に、

僕の全身の肌が、粟立ち、胸が痛くなる位、

心臓も跳ね上がった。



「なんだ...!?」



口から出そうになる声を両手で抑えつけ、

その場に、座り込んで、堪えるしかない。



恐怖に怯えるしかない僕だったけど、

その音も、どこかで、聞き覚えのある音だった。



「ピアノ...?」


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