第3話 嫌でした



橘沙月。



彼女も、恥ずかしそうなのか、

両手を背中に回して組みながら、

照れ笑いを浮かべ、教えてくれた。



さっきとはまた異なる、笑顔。



きっと、彼女は、笑うだけで、周りに、

幸せが、お裾分けされるのだろうな。



それを今、僕だけに、向けられていて、

何だろう、ものすごく、照れ臭い。



「2年5組。」



学年が同じであると分かって、嬉しかった。



先輩や、後輩だとしたら、余計な気を遣うけど、

同い年だと分かって、ちょっとだけ、安心。



「ちなみに、出席番号は25番です。」



さっきの、僕の自己紹介を被せる様に、

出席番号まで、優しく、教えてくれた。



「出席番号まで言わなくても...。」



そもそも、僕が言い始めた事だけど、

そこまで合わせなくてもよかったのではと

ちょっとだけ、抗議してみた。



「面白かったから、私も言いたくなっちゃった。」



茶目っ気たっぷりな、愛嬌を振り撒かれたら、

ちっぽけな僕の反論は、どこかへ消える。



でも、一体、僕のどこが、どう面白いのか。



ひょっとすると、彼女は、他の人達にはない

感受性の持ち主なのかもしれない。



「あっ、今、失礼な事を考えたでしょ?」



彼女は、超能力者なのか、読心能力者の類なのか?



いや、僕の顔にそう書いてあって、

簡単に、読み取られてしまったのかもしれない。



「いや...そんな事は...。」



誤魔化そうとしたけど、僕の顔は、

それに反して、明後日の方向を見ている。



「絶対に、考えているでしょー!」



怒っている様に聞こえるが、彼女の

真っ直ぐ目は、イタズラ好きな子供で、

どこか、楽しんでいる様子だ。



もはや、言い逃れはできない。



きっと、追い詰められた犯人が自白する時の

気持ちって、こんな感じなのかもしれない。



「い...今まで、正直とか、面白いって

言われた事がなくて、びっくりしたというか、

意外というか...。」



「そんな事を言ってくれる人が、

初めてで、珍しくて、どんな感受性というか、

感性が豊かな人だなって。」



自分でも、目が泳いでいるのは分かっている。



けれど、動揺する僕をよそに、

ウンウンと、僕の言葉に満足気に、

彼女は、うなずいているではないか。



「そっか。」



「やっぱり、正直で、素直だね。」



ただ単に、彼女には、小細工が通用しない。



言い訳もできなければ、騙せる器量もない。



だから、ちゃんと言うしかないのが、

僕に置かれた立場で、浅ましいのに、

それでも、彼女の答えは変わらない。



「そうですか...。」



あまりに、輝いている彼女を、正面から見れない。



嘘に嘘を重ねてきた、偽の僕を、正直者だなんて、

羊の皮を被った狼を、羊だと言っているのと同じ。



「他にも事情はありそうだけど...。」



ドキッと、また、心臓が高鳴る。



しかも、背筋から汗が出てきていて、

血の気が引いていくのを感じる。



「あっ、ごめんね!」



「意地悪とかそういうのじゃなくて、

ただ、何となくそう感じただけで...。」



「まだ知り合ったばかりなのに、私の余計が、

迷惑で、嫌に感じちゃったら、ごめんね。」



彼女は、ハッとなった表情で、僕に謝った。



きっと、僕の異変を、機敏に察知したのだ。



でも、その感じ取ったものは、正しい。



だけど、それを、見られたくはない。



太陽みたいな彼女が、僕の影を見る必要なんてない。



たまたま、うっかり、踏んじゃっただけ。



ーー謝る事なんて、ないよ。



そう言いたいけど、これ以上のラインを

越えてしまう気がして、思い留まった。



「大丈夫なので、気にしないで下さい。」



「そこまで、慮ってくれるだけで、嬉しいですから。」



精一杯のアフターフォローをしてから、

無理矢理にでも、話題を変える事にしよう。



申し訳なさそうに、しゅんと、落ち込む姿も、

可愛いけど、やっぱり、笑っている方がいい。



「そう...?」



「でも、ちょっとだけ、嫌でした。」



けど、やられっぱなしは、癪に触る。



ちょっとだけ、反撃しても構わないだろう。



「ごめんなさい...。」



また、しおらしくなって、自分に正直で、

感情も、素直に表せる人なのだろうな。



「きっと、周りがよく見えていて、

どんな人なのか、観察しているからこそ、

相手の事が、自然と分かるのでしょう。」



「でも、それは時に、相手の心に、

埋められている地雷を踏んでしまって、

嫌に感じてしまう事もあります。」



「けど、沙月さんは、普段、そういう事は

ないでしょうし、多分、さっきの出席番号で、

気が抜けてしまったのかもですね。」



僕としては、良い落とし所を見つけたと思う。



あと、どさくさに紛れて、彼女の名前も

呼ぶ事ができて、一石二鳥だ。



「という事で、僕の出席番号が、悪かったという事で。」



ーークスッ。



彼女は、また、笑った。



「やっぱり、面白い。」



別に、お笑い芸人の腕じゃない、ド素人だけど、

彼女が、笑ってくれたなら、それでよしとする。



「けれど、嫌になったのは、事実なので、

お詫びに、さっきの演奏の続きを弾いて下さい。」



「それで、お互い様という事で。」



もう、嫌な気持ちはないのは、自分でも

分かっているし、彼女も分かっている様だ。



「わかった。」



彼女は、快諾すると、席に座り直し、

ピアノの鍵盤に、ゆっくりと両手が触れ、

奏で始める。



乾いた僕の心の穴を埋めてくれる、彼女の音楽。



胸のすくう思い、涙腺が緩むのを感じるけど、

それを見られたら、心配をかけられちゃうから

泣かない。



ピアノの演奏音だけが、教室に響いている。



それからしばらく、彼女の音に耳を傾け、

終わった後、僕達は、教室を出て、解散した。


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