第2話 異世界の大地

「はっ……ここはどこ!? あたしは誰にゃ!?」


 猫耳少女はそんな言葉と共に飛び起きる。


 亜麻色の短髪に明るい栗色の瞳、ぴょこぴょこ忙しなく動く猫耳に、ひょろひょろ揺れる尻尾──猫よりも人に近しい姿をしているが、身に纏う雰囲気は警戒心が強く気まぐれな猫そのものだった。


「むむっ、おまえはたしか……って、そうにゃ、ワイバーンは!? ワイバーンはどこにゃ!? 絶対ゆるさないにゃ、ぶっ倒してやるにゃあ! どこいったあんにゃろー! あたしの獲物返せー!」


 むきーと喚く猫耳少女。

 どうしたものかと大和が所在無さげに突っ立っていると、やがて諦めがついたのか猫耳少女はがくりと肩を落とし、大和に向き直った。


「にゃふん……さっきはたすけてくれてありがとうにゃ、ヒューマン。あたしはフェリス。フェリス・シルヴェスター」


「俺は大和。鬼龍院大和」


「にゃ……改めてありがとうにゃ、ヤマト」


 フェリスと名乗った猫耳少女は手を差し出して握手を求め、大和はそれを取って応じた。


「……ところで、ヤマトはこんなところで何してたんにゃ?」


「それが、気付いたらここにいて……」


「ふーん……?」


 フェリスは大和を凝視する。

 黒い髪に黒い瞳、ボロボロではあるが見慣れない衣服、そして──何か言い様のない違和感。


「……にゃるほど。にゃあヤマト、おまえ異世界人だろ。体に魔素が馴染んでにゃい」


「え……」


「にゃはは! そう心配するにゃよ、ミソロフォニア──この世界ではよくあることにゃんだ。……それで、にゃんて世界から来たんにゃ?」


 訊かれて咄嗟に地球と答えようとしたが、地球というのは天の川銀河の太陽系に所属するいち惑星の名前であって世界の名前ではない。質問に対する答えとして相応しいのかと頭を捻るが、他に答えようもないのでそのまま口に出した。


「なんて世界……地球って言って伝わるか……?」


「にゃー……チキュウというと、魔術の代わりに科学とやらが発展した世界、だったかにゃ?」


「魔術……」


「にゃあヤマト、おまえさえ良ければあたしにこの世界をあんにゃいさせてくれにゃいか? たすけてもらった恩返しがしたいのにゃ」


「いいのか?」


「にゃ!」


「じゃあ……お言葉に甘えて」


「にゃあ、これからよろしくにゃ、ヤマト!」


 そうと決まればまずは町に行くにゃーと、てくてく歩き出したフェリス。大和はそんなフェリスの後を追いかけた。









 一時間後、だだっ広い草原から街道に出た大和の目には人工物が映っていた。


 遠くに見えるのは石造りの立派な壁。

 その向こうに広がるのは異世界の町。

 どんなものがあって、どんな人達がいるのか──考えれば考えるほど期待が膨らんでいき、自分は異世界に来たのだと再認識させられる。


 とは言え、数十キロ先をも見通す目でようやくハッキリと見えてきた程度だ。町に着くまではまだもう少し時間がかかるだろう。


「フェリス、町まで競走しよう!」


「はにゃ?」


「行くぞ、よーいドン!」


「ちょちょちょっと待つにゃああぁぁ──」


 電車と並走できる大和にとって──光速で空を駆けられる大和にとって、数十キロをノンストップで走り抜くことなど朝飯前。


 遠ざかっていくフェリスの叫びを置き去りにし、あっという間に門番のもとまで辿り着いた大和が振り返ると、土埃に咳き込みながらも時速50キロほどで全力疾走しているフェリスが見えた。

 さすが、ワイバーンなどという怪物が存在する世界で生きているだけあって、並外れた身体能力をしている。


「な、なんだなんだ!?」


 門番はそう狼狽しながらも超スピードで現れた大和へと咄嗟に斧槍を向ける。


「ちょ、ちょっと待ってください! 先ほどこの世界にやって来ました、地球人の鬼龍院大和と申します。こんな身なりですが怪しい者ではありません、本当です信じてください!」


 向けられた凶器に焦った大和は両手を上げて弁明するが、門番は「そう言われてもなぁ……」と斧槍を下げない。


 無理もないだろう。

 いくら常軌を逸した自然治癒力で怪我を治そうとも、ビリビリに破れて土と血でドロドロのデロデロになった衣服まで元には戻らない。

 この短時間で二度も空から落下した大和の格好はまさに不審者そのものだった。


「信じてください、お願いします!」


「うーん、参ったな……可哀想だけどこっちも仕事だからさ、あんたみたいな見るからに怪しい奴をタダで通すわけにはいかないんだ。……見たところ換金できそうなものも持っていないようだし、また後日、薬草でもなんでもいいから10,000ゴールド相当の何かしらを持ってきてくれ。そうしたら期限付きではあるが仮の身分証を発行できるから」


 そういうわけだから今日のところはお引き取り願いたいと言う門番に礼を述べ、大和は来た道を引き返してフェリスと合流した。


「ぜぇ……ぜぇ……ヤマト……おまえぇ……」


 ひとりで先に行ってどうするつもりにゃーと、顔を真っ青にして息切れしながらもいきなり全力疾走させられたことに憤るフェリスに適当に謝罪し、大和は門番とのやり取りを説明する。


「それぐらいあたしが出すにゃよ?」


「うーん……金の貸し借り奢り奢られってのはちょっとな……というか、10,000ゴールドってどのぐらいの価値があるんだ?」


「3日か4日分の生活費がだいたいそのぐらいにゃけど、ワイバーンからあたしを助け出せるヤマトにゃら、稼ぐのはそんにゃに難しくにゃいと思うにゃ」


「と言うと……?」


「ずばり魔物退治にゃ!!」


 にゃふんとどこか得意気に胸を張るフェリス。


「魔物退治って……まさかあのワイバーンみたいな怪物と戦うってことか?」


「にゃ!」


「それは……ちょっと……」


 平和な世界で普通に暮らしていた大和にとって、生き物の命を奪って金銭を稼ぐというのは肯定し難いことだった。さきほどのワイバーンをビンタで追い払ったのもそういった理由だ。


「にゃ? ……にゃあ、そういうこと……あのにゃあヤマト、ワイバーンにゃどの魔物は餓えた野生動物にゃんかとは比べ物ににゃらにゃいほど凶暴で、さらに積極的に人類を襲う、まさに人類の天敵というに相応しい存在にゃ」


 フェリスはいつになく真剣な鋭い顔付きで言う。


「そう、天敵──魔物はあたしたち人類にとって対等にゃ敵。可哀想だから殺さにゃいだなんて、上から目線で見下せるような生易しい相手じゃにゃい。殺らにゃければ殺られる……ここはそういう世界にゃんだよ、ヤマト」


「……」


 この世界を生き抜いてきたフェリスの言葉。

 異世界の過酷な環境を実感させる重みのあるその言葉に、ヤマトは拳を握って覚悟を決めた。


「……わかった。俺やるよ、フェリス!」


 そんな決意を抱いたヤマトの顔を見て、フェリスは満足気に頷いた。

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剣と魔法の異世界をフィジカルで生き抜く やまだひろ @ymdsn

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