剣と魔法の異世界をフィジカルで生き抜く
やまだひろ
第1話 超人高校生、異世界に墜つ
生命を脅かされない程度には平穏な日常を──普通の日々を維持するため、極限以上に肉体を鍛え抜いただけの、平凡な高校生である。
ある日、いつものように居眠り暴走トラックを真正面から素手で受け止めていた大和は、数ヶ月にも及ぶ断食断水不眠不休の修行で蓄積された疲労によって手元を狂わせ、うっかり空の彼方へと投げ飛ばしてしまった。
このままでは運転手がトラックもろとも宇宙の塵になってしまう──と、大和はひしゃげたトラックを追って光の速さで空を駆け抜け、気が付けば異世界の空を自由落下していた。
突然の出来事に受け身を取れなかった大和は、広大な草原に半径数十メートルほどのクレーターを作ってズタズタのボロボロになっている全身を、常軌を逸した自然治癒力であっという間に治し、ぽかんと辺りを見渡して呟いた。
「どうなってるんだ……?」
こっちのセリフだ。
「……ふむ」
数十キロ先の些細な落葉までをも見通す大和の視力を以てしても目には鮮やかな草花と澄んだ青空が広がるばかりで、付近に人工物は見当たらない。
……と、その時。
視力と同じくらい優れた聴力が声を拾った。
「ぴにゃあああぁぁぁぁ!!!」
バッと見上げれば、そこにはファンタジー。
ドラゴン──いや、ワイバーンと形容するに相応しい、前足に翼が生えた蜥蜴のような巨大な怪物が羽搏いていた。
「たすけてえええぇぇぇぇ!!!!」
声の主は猛禽類を思わせる鋭い鉤爪のある後ろ足に掴まれており、頭には猫のものと思われる耳があって、臀部にもそれらしき尻尾が生えていた。
「な、なんだこれ!?」
見知らぬ土地、ワイバーン、猫耳少女。
怒涛の展開に流石の大和も驚愕を禁じ得ない。
けれど、悠長に混乱している場合ではなさそうだと、大和は脊髄でほとんど反射的に行動をとった。
ぐっと踏ん張って力を溜め、高く跳躍する。
ぎゅんとワイバーンの側まで到達した大和はワイバーンの太くて長い、鱗まみれの尻尾を掴んだ。
「ギャオウッ!?」
尻尾を掴まれたワイバーンは驚いた様子ながらもさほど隙を見せず、尻尾だけではなく全身を使って大和を振り落とそうと暴れる。
メキメキバキバキと鱗を圧し折り、ブチブチメリメリと肉を握り潰す勢いの凄まじい握力で尻尾を掴まれているのだから無理もない。
「ふえ……!?」
ワイバーンのような生き物にも優先順位がある。
大して食べ応えのない生き物を巣に持って帰るより、目の前の脅威に対処しなければ──そう判断したのであろうワイバーンは、後ろ足に捕まえた猫耳少女を落とした。
「うにゃあああぁぁぁぁ!?!?!?」
大和はワイバーンから手を離し、ぐんぐん速度を増して落下する猫耳少女を追い、駆ける。
「びやあぁぁ──って、にゃんだおまえ!?!?」
まるで階段を下りるかのように気軽に空を走っているのもそうだが、それで落下する物体に追い付いているのだからおそろしい。
「ふんっ!!」
落下する猫耳少女と並走し、確実に受け止められるタイミングを見計らい、当然のように宙を蹴って飛びかかった。
「にゃにゃにゃあ!?!?!?」
無事に猫耳少女を確保した大和は、目と鼻の先にまで迫っていた地面へと振り上げた足を思い切り振り下ろし、捨て身で勢いを殺す。
「ふんぬァッ!!!」
「にょあーーーーー!!!」
轟音と共に舞い上がる土埃。
死んでしまったとでも思ったのか、元気に叫んでいた猫耳少女は白目をむいてぶくぶく泡を吹き、人様にはとてもお見せできないような顔をしてかくりと意識を失った。
大和はそんな猫耳少女を新たにできたクレーターに横たえ、凶悪な牙を剥いて迫っていたワイバーンに振り返り、ぱちーんと平手打ちをした。
弾き飛ばされてズザザザザと地面を滑るワイバーンはぽかんと目を丸くしていたが、それから数瞬遅れてハッとすると慌てた様子で飛び去っていった。
大和はふぅと額の汗を拭い、安堵の息を吐いた。
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