私の働くお花屋さんに毎週買いに来る倉式さん

花月夜れん

赤い色

「好きです」


 色とりどり、たくさんの花に囲まれながら私は誰にも聞こえないように呟いた。

 ここは私、野々花菜々子のバイト先のお花屋さん。

 毎週火曜日の午前中。花束を頼んでくるお客さんがいる。背が高くて、優しそうで、少し気弱そうな感じが守ってあげたくなるようなそんな男の人。名前は倉式さんというらしい。たまたま一緒にいた同僚さんらしき男の人がそう彼を呼んでいた。


「今日も明るい元気の出る色でお願いします」

「はい、お任せ下さい」


 今日は火曜日。やってきた倉式さんの注文を聞き、いつものように黄色とオレンジ色の花束を作る。

 お見舞いに持っていくのだそうだ。大事な人にあげるみたい。

 倉式さんに毎週お花をもらえるなんて羨ましい。きっと大事な人なんだろう。入院が羨ましいなんて言ったら駄目だってわかってるけど。


「今週でここにくるのも最後なんですよ」

「え?」

「来週退院の目処がついて」


 嬉しそうに笑う倉式さん。


「おめでとうございます。……良かったですね」


 そっか。これでもう彼とは会えないのか。

 私は黄色とオレンジ色の花を重ね、手早く包み上げていく。

 少し寂しい。

 彼のことが気になったのは、お花が好きだってわかったから。

 小さな頃好きな人にたんぽぽをあげた。受け取ってくれそうだったのに、まわりの冷やかしでそんなのいらないと言われてしまった。

 私は花が好き。見てると元気になる。だから次に好きになる人は花が好きな人がいいなって思ってたんだ。

 倉式さんは私の説明をしっかり聞いてくれて、一緒に考えて選んでくれて……。

「花がお好きなんですか?」と聞くと、「えぇ、花を見ると元気が出る気がします」と答えてくれた。


 包み終える。これでお別れだ。

 聞きたい。連絡先を……。


「あの」

「あの」


 声が重なり、私は彼に次の言葉を促した。駄目だ。彼はお客さまで私は店員。ただそれだけの関係だ。これ以上踏み込んではいけないと心のなかで自分が首をふる。


「今日はもう一ついいですか?」

「えっと、はい。どのような花束に?」

「えっと、女の子が喜びそうな可愛い花で……野々花さんならどんな色のどのお花が入ってたら嬉しいですか?」

「私ですか?」


 ネームプレートを胸につけているから向こうも名字は知っている。だから、ドキドキなんてしなかった。だって、そうでしょう。今からこの花束を持っていくのはお見舞い先。だから、きっと退院お祝いに渡すつもりなんだ。

 そっか、そうだよね。


「そうですね、赤いアネモネが入ってると嬉しいかもしれません」

「花言葉は?」

「秘密です」

「あはは、でもそうだね。野々花さんの選んだ花ならきっと喜んでくれるだろう」


 私は笑顔で花束を包む。喜んでくれるといいですね。


「ありがとうございました」


 頭を下げ、二つの花束を持った彼を見送る。

 上手くいきますようにと願いながら。


「いらっしゃいませ」


 次のお客様がきた。哀しんでなんていられない。みんなをお花で元気にしないとね。


 ◇


「お疲れ様です!」


 アルバイトの時間が終わり、家へと向かう。

 仕事が終わってもう会えないんだという思いが再浮上してきた。

 私にもいつか赤いアネモネを送ってくれる彼があらわれるだろうか。

 そう、ちょうどこんな感じの……。


「あれ? 倉式さん?」


 私が作った花束の、赤いアネモネが入った方だけを彼は持って立っていた。

 もしかして、何か不備があったのかな。


「すみません、何か花束に不備がありましたか? それならお店の方に」


 花束作りを任せられるくらいになっていたのに、まだまだ私駄目だったのかな。きっと、倉式さんの事ばかり考えていたせいだ。


「違います! 違います! こっちはもとから野々花さんに贈るつもりでした」

「え? でも、お見舞い先に」

「え? あ、あぁぁ! あれは妹のお見舞いです。僕の持ってる花束を見てさっさと持って行けと怒られてしまいました。でも、仕事中に渡すのは良くないかと思ってここで待ってました。良かったら受け取ってくれませんか」

「えっと、でも」


 もし倉式さんが感謝の気持ちだけだったら受け取っちゃ駄目だよね。

 赤いアネモネの花言葉。「君を愛す」

 教えないまま花束を渡してしまったから。


「野々花さんの事が好きになりました。良かったら受け取ってもらえませんか。花言葉、妹に聞きました。ちょうど僕の気持ちです!」


 彼の持つ花束。赤いアネモネが微笑むようにかすかに揺れていた。

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私の働くお花屋さんに毎週買いに来る倉式さん 花月夜れん @kumizurenka

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