第八話 ぬいぐるみは猫じゃない

 意外と鈍臭く、そしてセルフイメージと実態が乖離しているマヌちゃんは、今日も奮闘している。


「もー、この間ご飯食べられないってわかったでしょ」

「うにゃ」


 ドライヤーでブオオオと乾かされているマヌちゃんは、反論できずにうにゃうにゃ言っている。なぜこんなことになっているかと言えば、それはつい数分前に遡る。

 私はマヌちゃんとテレビを見ていた。深夜のバラエティ番組、面白いかと言われると別にそうでもないのだが、マヌちゃんがテレビによく反応するので、それを見るために見ているのだ。特に面白いのは動物が出てくる番組で、よく話しかけては「おへんじしてくれない」としょげている。そんな姿が可哀想でかわいいのだ。

 話が逸れた。マヌちゃんと一緒にテレビを見ていた時のことであった。トイレに行ってくるねとマヌちゃんに声をかけて、少しその場を離れたのがいけなかった。ぼうっとテレビを見ていたから、何もしないと思っていたのに。

 トイレから戻ったら、私のマグカップがひっくり返され、水でテーブルの上がびしょびしょになり、さらにはマヌちゃんがその水に顔を突っ込むように擦り付けて「おみずのめない〜」とのたまっていた。マグカップは割れず誰も怪我をせずに済んだのが不幸中の幸いだ。


「まぬ、このびゅうびゅうするやつ、いやっ」

「嫌だったらもうお水に顔突っ込んだらだめよ」

「のめるもん〜!」


 これからはマヌちゃんの手の届くところに危ないものを置いてはいけない。そう肝に銘じながら、ドライヤーを片付ける。反省なんかしていなさそうなマヌちゃんが、ソファでぐでんと横たわっている。まったく、手のかかることだ。

 ふと、マヌちゃんが耳をぴくりと動かして、珍しく身軽に立ち上がり、窓辺でとてとて歩いて行く。


「どうしたの、マヌちゃん」

「まま、おそとにだれかいる〜」

「ん〜?」


 マヌちゃんが窓の外を見られるように持ち上げて、窓台に乗っけてやると、マヌちゃんは暗い外をじぃっと見つめる。


「まま、ねこいる!」

「え〜?どこ?」

「にゃ〜!」


 私にはよく見えないが、マヌちゃんは外を歩く猫さんを見つけたのだろう。懸命に鳴いたり窓を引っかいたり……いやぽすぽすと叩いたりしている。


「にゃ〜!」


 一生懸命話しかけている姿が可愛いので、外の猫さんに逃げられないよう私は屈み込む。マヌちゃんはひとしきり鳴いて暴れたあと、悲しげな声で「ままぁ……」と呼んだ。


「どうしたの、マヌちゃん。お話できた?」

「こっちみたのに、おはなししてくれなかった……」


 俯き気味にマヌちゃんがぼそぼそ喋る。気づいてもらえたのに話してもらえなかったらしい。……もしかして、マヌちゃんが猫だとは思われなかったのでは?と思いつつも、それを突きつけるのはあまりに酷だと思い直して慰める。


「残念だったね、マヌちゃん」

「うん……」


 人語と猫語を両方使いこなしている、かもしれないマヌちゃんのお友達作りは前途多難なようだ。さて、そろそろ眠ろうかとマヌちゃんを布団へ呼び込む。マヌちゃんはとてとて歩いて、捲り上げた布団の間に挟まってきた。

 前に調べたとき、マヌルネコは夜行性だと書いていた筈だが、マヌちゃんはいつも私と一緒に眠ってくれる。……やっぱりマヌちゃんは、普通の猫とは違うのかもしれない。


「マヌちゃんは不思議だねえ」

「なんでぇ?」

「ん〜?」


眠たそうに目を擦ろうとして擦れていないマヌちゃんを、きゅっと抱きしめる。マヌちゃんがどんな存在であれ、こんなに可愛いのだ。もう猫でなくともぬいぐるみでなくとも何でもいい。

 だけど、あれ?こんなに鈍臭いマヌちゃんは、結局どうやって買い物に行ったんだろう。

 マヌちゃんについての謎は、深まるばかりだ。

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