第七話 ぬいぐるみは手伝いたい

 マヌちゃんとの暮らしは平穏に続いていた。だが、最近大きな変化があった。いわゆるパンデミックが起こったのだ。世界中で感染症が蔓延し、死者も続出している。


「怖いね〜、マヌちゃん」

「なにが〜?」


 テレビでは、毎日のように感染者が増えていると報道されている。だがマヌちゃんにはそんなことは分からないらしい。くりくりのおめめが不思議そうにこちらを見上げている。可愛い。


「まま、きょうはおそといかないの?」

「うん、お家でお勉強するんだよ」


 大学の授業も、おかげでオンライン形式で行われるようになったのだ。マヌちゃんは嬉しそうに膝の上をぴょんぴょん跳ねている。

 授業が始まるまで、この間買った猫じゃらしを使ってみようか。鞄の中をごそごそと漁り、じゃじゃーんとマヌちゃんに見せつける。


「なに?それ」

「おもちゃだよ〜。ほら、マヌちゃんこっち見て〜」


 猫じゃらしをゆらゆら揺らして、マヌちゃんの気を引く。何それ何それ、そう言わんばかりの興味津々な眼差しに、よし、と心の中でガッツポーズをする。やってみたかったのだ、猫じゃらし。


「ちゃんと見ててよ〜」


 ゆらゆら左右に揺らして、マヌちゃんの視線が左右に動いていることを確認する。心なしか、ちゃんと獲物を狙う姿勢になっているような気もする。……足が短いので少しわかりにくいが、尻尾も揺れていることだし、多分。


「いくよ、マヌちゃん、それっ!」


 大きく猫じゃらしを右に振った。マヌちゃんは地面を大きく蹴って……、ほんの十センチほど跳んだ。猫じゃらしからは程遠い、私の右膝の近くに。


「もっかいやる!」

「いいよ、じゃあよく見ててよ〜、それっ!」


 もう一度猫じゃらしを振るが、やはりマヌちゃんは全く違うところへ向かって跳ぶ。もしかしなくても、マヌちゃんはちょっと鈍臭いのではなかろうか。


「これ、たのしいね〜」

「そうだね、楽しいね」


 だけどマヌちゃんはそれでも楽しそうだ。マヌちゃんが楽しいなら、たとえ上手くできていなくても、それでいいのだ。可愛いし。

 さて、そろそろ授業が始まる。パソコンを開き、会議の画面に繋ぐと、マヌちゃんが腕の隙間からぬるりと出てくる。


「マヌちゃん、これからお勉強するからイタズラしちゃだめだよ」

「いたずらしないもん」


 ぽて、と膝の上に乗ったマヌちゃんは、爛々とした目でキーボードを見ている。私が止める前に、まぬちゃんはそっと短い前足を伸ばし、キーボードをちょんと叩いた。


「これおもしろい」

「こら、マヌちゃん。イタズラしないって言ったでしょ〜」

「いたずらじゃないもん、おてつだいだもん」


 マヌちゃんは出鱈目にキーボードを叩き、あわやそれを会議のチャットに送信してしまいそうになったので、マヌちゃんの暴挙を止める。


「こらこら、もうおしまい!」

「え〜」

『ではこれから授業を始める。全員揃ったか?』


 パソコンから発せられた声に、マヌちゃんがびくぅっ!と反応する。すっかり縮こまって私の膝の上で丸くなったマヌちゃんを撫でて、授業の準備をする。


『じゃあ出席確認するから、呼んだらマイクオンにして返事しろよー』


 教授の言うとおり、自分の番を待つ。マヌちゃんは徐々に慣れたのか、興味あり気にパソコンの中で動くおじさんを見ている。


「これだれ?」

「えらいおじさんだよ」


 マヌちゃんの疑問にテキトーに返す。もうすぐ自分が呼ばれる番なのだ。私の名前が呼ばれ、マイクをオンにする。


「はい」

「にゃー」


 すぐにマイクを切る。マヌちゃんは素知らぬ顔をしている。


『猫は出席できないからな。続けるぞー』


 絶対に変なやつだと思われた。恨みがましくマヌちゃんを見れば「だってよばれたらおへんじするんでしょ?」と素直な眼差しで見ていた。

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