第四話 ぬいぐるみがしょげてる

 マヌちゃんは友人が帰ったあとすぐに、ぐぐう、と伸びをするような姿勢をしてこちらを見た。やっと構ってくれる、そんな期待を込めた眼差しで。


「マヌちゃん、なんでさっきお喋りしてくれなかったの?」

「……にゃー」


 マヌちゃんは、期待に反して怒られていることを察知したらしい。言葉を話すのをやめて、猫の鳴き真似をした。その耳はぺたんと垂れている。


「マヌちゃん」

「……だってまま、まぬのことおいていったもん」

「それはごめんねって言ったでしょー」

「まま、おこってる?」

「怒ってないよ」

「まま〜」


 マヌちゃんが懐へ飛び込んでくる。一日会えなかったのがそんなに寂しかったのだろうか。よしよしと頭を撫でて、甘やかす。マヌちゃんは膝の上でごろんと転がって、気持ちよさそうに目を細めた。


「マーヌちゃん。お喋りしなかったのはなんで?」

「ちがうひと、こわい〜」

「そっか、怖かったか。ごめんね」


 へそ天をしたマヌちゃんのお腹の毛を撫でる。気持ちよさそうだ。猫といえば気位が高く、触られるのを嫌がったりするイメージなのだが、この子は違うのだろうか。

 片手でマヌちゃんをあやしながら、スマートフォンを手に取る。マヌちゃんとの出会いは動物園だったが、その時は単にぬいぐるみが可愛くて買っただけで、このぬいぐるみのモデルとなった猫の生態などは知らないままだ。


「マヌちゃんは、マヌルネコだもんね」

「まぬはまぬなの〜」

「そっか〜」


 マヌちゃんは相変わらずごねごねと甘えている。本人(本ぬいぐるみ?)の言葉は置いておいて、マヌルネコ、と検索する。

 検索結果に出てきたのは、ぬいぐるみよりは多少凛々しい顔をしているものの、もふもふとして、足も短くて、ちょっとずんぐりした体型の猫ちゃんだった。動物園で見たときは眠って丸くなっていたから分からなかったが、全体像はこうなのか、とマヌちゃんと見比べる。


「まま、なに〜?」

「ん〜?」


 マヌちゃんが視線に気づいてよじよじと体を登ろうとする。いかんせん爪がないので私のお腹の辺りを前足で交互にマッサージするだけに終わっている。少しかわいそうだったので、右腕にマヌちゃんを抱っこして、ベッドに座る。

 そして、左手に持ったスマートフォンでマヌちゃんの生態を続けて見ていく。へえ、マヌルネコは世界最古のネコなのか。約600万年前から生き残っていると書かれた情報に驚愕する。


「マヌちゃんはたくましいネコちゃんなんだね」

「まぬ、つよい?」

「つよいねぇ〜」


 この見た目からは全く想像できないが、マイナス50度を超える寒い環境や高地で生活し、天敵のいる厳しい環境で生活しているネコらしい。うちのマヌちゃんはすっかり甘えん坊だが、「肉食性」という言葉を見て納得する。通りであれだけ肉を買って来たわけだ。……どうやったのかは謎のままだけれども。


「マヌちゃんはお肉が好きなんだね」

「まぬ、おにくすき〜」


 残念ながらマヌちゃんはぬいぐるみなので、あの大量の肉は全て私の胃の中に収められた。終始マヌちゃんは「まぬもたべるの〜!」とお皿に顔を突っ込もうとしていたが、ぬいぐるみに食事はできない。試しに開いたお口にごく小さくカットした味付けしていないお肉を差し出してみたが、マヌちゃんの期待虚しく、口が開いてもその先はなかった。

 そんなわけで、いつも食事時はマヌちゃんの目の届かないようにこっそり食べることにしている。しょげたマヌちゃんがあまりにも悲壮感漂う悲しげな雰囲気を醸すからである。

 回想を終え、再びスマートフォンの画面をスクロールすると、今度はマヌルネコの性格が出てくる。そこには意外な結果が書かれていた。


--マヌルネコは警戒心が強く、人には懐かない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る