第三話 ぬいぐるみが猫かぶってる

「は?あんた頭打ったんじゃないの?」


 友人の言葉はもっともだと思う。私だって自分がどうかしてるんじゃないかと疑っているのだから。

 大学でできたばかりの友人に、最近あった不可解なことを話した。ぬいぐるみの「マヌちゃん」が喋って買い物までして来たこと。肉だらけのレシートがあったこと。私の鞄の持ち手がなんだか少しボロボロになっていたこと。

 それらを話すと、私の愛すべき友人たちは、顔を見合わせて大笑いした。冗談も大概にしてよね、なんて言う彼女に憤慨すると、今度は私の真剣さが伝わったらしい。それゆえの、上記の言葉である。


「だからお願い!私がおかしくないって証明したいから、うちに来て!」


 友人三名は顔を見合わせて、再び笑った。


「わかったわかった、行くよ」

「マヌちゃんね、マヌちゃん」

「え〜、じゃあ帰りお酒買ってくわ〜」


 人を遊びに誘うのが下手くそな私を微笑ましく見守っている、というニュアンスを感じるが、まあいい。見ればわかるのだ。……どちらがおかしいのか。私は家を出る直前のマヌちゃんを思い出す。


「まま、どこいくの〜?」

「大学に行くんだよ」

「なんで〜?まぬは?」

「マヌちゃんはお留守番でしょ〜」

「やだ〜!まぬもいっしょにいく〜」


 今朝のマヌちゃんは、玄関先でひっくり返ってころころ転がりながら、私が大学に行くのを必死に引き止めていた。ぽってりとした体がころんころんと転がるのは可愛いかったが、やんわりと拒否して、無情に鍵を閉めて出た。

 風邪を引いたあの日から、マヌちゃんがお喋りして動くことは、もう当たり前と化していた。結局風邪と思っていたらインフルエンザで、毎日マヌちゃんとお部屋でお喋りする日々が一週間近く続いていた。ちなみに、毎日上質な肉を食べていたおかげか、すっかり元気になった上、少し太った。

 しかし久しぶりに大学へ来て人間と話をすると、ここ数日の自分の異常さを思い出した。いやいや、みんなが楽しく出かけたり恋人を作ったりしているうちに私だけぬいぐるみとお喋りしてるって、何。

 そんなわけでこの奇怪な事件を相談するに至ったのだが、当然私が変人になったという扱いで終いである。


 そうして宅飲み会(マヌちゃんを見てもらう会)が始まった。が。


「マヌちゃん、お返事は?」

「……」


 家を出た時には玄関で転がっていたマヌちゃんは、ベッドの中に入り込んでふて寝を決め込んでいた。仕方ないなあとその丸っこいお尻をつんつんつついて話しかけるのに、全く返事をしてくれない。拗ねてしまったのだろうか。


「ねえマヌちゃん、今日はお友だちも来てるんだよ?いつもみたいにお話してごらん」

「……」


 無視を決め込まれている。置いて行かれたのがよっぽど嫌だったのだろうか。困った、これでは友人たちから変な子だと思われる。


「ね、あんたそれマジでやってる?本当に頭打ったんじゃないの?」

「インフルエンザって重症化すると脳症起こすらしいよ〜」

「え、マジ?絶対それじゃん」

「ねえお願いマヌちゃん、置いてったのは悪かったから、お喋りして〜!」


 もう必死である。友達はハナから信じてなどいないので、酔っ払いながらも今度は私のことを心配し始めた。携帯片手にインフルエンザ脳症の症状に錯乱があるのをここぞとばかりに見せつけてくる。


「もう!本当なんだってば!」

「にゃー」


 私の言葉に続いた鳴き声に、全員がベッドを振り返った。


「……え、今にゃーって言った?」


 友人の一人がマヌちゃんに恐る恐る近づく。そして口元をちょん、と触れる。


「いややっぱ気のせいでしょ」


 マヌちゃんは、その後一度も口を開かなかった。飲み会が終わって解散した途端、ああ疲れたと言わんばかりに伸びをしていたけど。

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