第二話 ぬいぐるみが買い物してきた

 猛烈な口渇感で目が覚めた。何だか体も痛いしだるいし。いててて、と腰をさすりながらベッドから起き上がって、違和感を覚える。あれ、私、寝る前どうしてたんだっけ。

 点が三つ頭の中で点灯したあと、思い出す。私、マヌちゃんが喋って動く幻覚みて気絶しなかったっけ。いや、そんなわけない。夢だ、夢。マヌちゃんは枕元に……いない。


「マヌちゃん!?」


 マヌちゃんが定位置にいない。焦ってあたりを見回すと、玄関先でマヌちゃんが転がっている。あんなところに置いたら可哀想だ、一体誰がこんな酷いことを。おそらく私なんだろうけれど、正気でそんなことをするはずがない。やっぱり私は気がおかしくなっていたのだ。

 可哀想に玄関先で丸まっているマヌちゃんを救出しに向かうと、私がそこへたどり着く前に、マヌちゃんはすっくと立ち上がった。は?


「おきた〜?」


 一旦見なかったことにして、一度熱を測ることにした。36℃きっかり、正常だ。ぽすぽすぽす、とフローリングの上を何かが歩く音がする。


「まま、げんきになった?」


 今度は私の足の間からぬるりと目の前に歩いてきた。そして、人語を話している。絶対に何かがおかしい。私の気が確かなら、高度なドッキリを仕掛けられているとしか思えない。


「まぬとおはなししないの?」

「マヌちゃん……」

「なに〜?」


 もういっそ、これが現実だとして受け止めた方が良い気がしてきた。これ以上頭を使ったら、また発熱してしまう。床に膝をつくと、マヌちゃんが膝の上に頭を乗せてくる。


「マヌちゃん、かわいいねぇ」


 いつも眠る前にそうするように、グレーの毛並みにそって体を撫でると、マヌちゃんはゴロゴロと喉を鳴らす。ずいぶん懐いてくれているなぁ。よしよし、かわいいね。


「人間そう上手く切り替えられないんだよなあ」

「まぬ、むずかしいことわかんない」

「そうだよねぇ」


 だめだ、マヌちゃんが可愛いからって全部無理矢理納得させられる。こんなにちっちゃくてまんまるで足が短くて、耳がまるくてふわふわで、もう何でもいいや。

 あるがままに受け入れることも時には必要だ。別に害があるわけじゃないのだし、幻覚が見えていたっていいや、と開き直る。

 とりあえずお腹が空いている。空腹を満たさねば治るものも治らない、切実に。何かあったっけと冷蔵庫を開くも空っぽ。はぁ、やっぱり買い物行かなきゃだめだよね。ため息をつくと、ててて、と寄って来たマヌちゃんが不思議そうにこちらを見上げる。


「まぬ、おかいものしてきたよ?」

「え〜?そうなの〜?」


 だんだんマヌちゃんの言うことも流せるようになってきた気がする。マヌちゃんがいくら可愛かろうとネコはネコ。ひとりでに買い物になんて行けるわけがない。

 そんな私の常識は、またも覆される。玄関に、スーパーの袋が放置されている。中身はぎっしり何かが詰まっているみたいだ。恐る恐る中を覗くと、肉と肉と肉と肉と肉。誰だ、こんなバランスの悪すぎる買い物をしたやつは。


「まぬえらい〜?」

「えらいね〜」


 ふふん、と誇らしげな顔をしたマヌちゃんは私の鞄を前足でつつく。


「おかいものできたもん」


 そういえば、私が気絶する前、もしくは夢の中でマヌちゃんが「おかいものできるもん!」と憤慨していた気がする。そっかそっか、できたかあ。そう言って鞄の中に、いつもより乱雑に入っていた財布の中を見て驚愕する。長いレシートにはひたすらに肉を購入した形跡がある。レジの時刻は16時12分。今の時刻は17時08分。ちょうど一時間ほど前で、私は多分その時間は眠っていたはずなのだ。

 私かマヌちゃんのどちらかが、私の財布で肉を大量に購入したという事実。


--また私の病気が一つ増えたみたいだ。

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