第五話 ぬいぐるみは分からない

 ぐでんぐでんと、あぐらをかく私の上で寛いでいるこの子が、「警戒心が強く人には懐かない」なんて嘘だ。警戒心が強かったらこんなにのんきに人の上で腹を出して寝っ転がるわけない。


「まま、なんかひどいこといったでしょ」


 心の中で揶揄ったのがバレたのか、マヌちゃんは私のあぐらの中から出て、私の膝に前足をつき、そう言った。


「そんなことないよ。マヌちゃんは人懐こくて可愛いなって思ってたの」

「ままだけだもん」

「ん〜!かわいいね〜!」


 今度は人の太ももを踏み踏みし始めるマヌちゃんが可愛くて仕方ない。そういえば、友達が来た時に「ちがうひと、こわい」と言っていたのだし、警戒心が強いのは間違いないのかもしれない。最も、マイナス50°の世界で生き抜けるようには見えないが……。


「まま、またひどいことかんがえたでしょ」

「そんなことないよ!」

「にゃー!まぬ、おこったもん」


 不貞腐れたマヌちゃんは、窓際に行くと、よっこらせと言わんばかりに横になった。……それが猫の寝方か?じとーっと見つめていると、マヌちゃんはこちらに気づき、何とかその短い足を折り畳もうとしている。が、できていない。


「香箱座りしてみたいの?マヌちゃん」

「まぬ、すわってるもん」


 ぷい、とそっぽをむいてしまったマヌちゃんはどう見ても立っているようにしか見えない。これではきっと毛繕いも難しかろう。

 暴れる手足はお構いなしに上からそっと持ち上げて、膝の上に乗せ、毛繕いの真似事をしてやる。


「うにゃん」

「マヌちゃん今の鳴き声なに?可愛い!もっかい!」

「なにが〜?」


 どうやら無意識の声だったようだ。喉元を撫でるとゴロゴロ鳴らす。体を撫でると「ふにゃ」と心地よさそうな声を漏らす。かわいい。本物の猫など飼ったことがないので分からないが、もしかすると世の猫飼いさんたちはみんなこの可愛さを味わっているのだろうか。

 そして不意に、無防備に晒された足の裏……いわゆる肉球が気になった。ちょん、の右前足を触る。ぬいぐるみはぬいぐるみ、触り心地は人工的な毛だが、なんだか離し難い。こちょこちょと肉球を触っていると、くすぐったかったのだろうか。マヌちゃんのしっぽがべしん!と私の腕を叩いた。


「それいや〜!」

「ごめんね、ついつい」


 たとえマヌちゃんがぬいぐるみであろうと、嫌なこともあるのだ。好き勝手扱っていいわけじゃない。だが、今度は尻尾が気になる。

 そおっとしっぽに手を伸ばし、根本からするりと触ってみる。


「いや!まぬ、それいや!」

「ごめんね、マヌちゃん。しっぽもいやだったね」

「まま、きょうはいやなことばっかりする。きらい」

「マヌちゃん、嫌いなんて言わないで〜!」


 何とか機嫌を取り戻そうと、先ほど心地良さそうにしていた背中や顎下を撫でまくる。撫でに撫でて、撫で撫で撫で撫で……。


「ふみゃぁん」

「マヌちゃん、きもちい?」

「うにゃ」

「ふふ」


 マヌちゃんは単純にも撫で撫で作戦に引っかかってくれた。さっきの膨れっ面などどこへやら、すっかりご満悦な顔つきをしている。


「ねえねえマヌちゃん。マヌちゃんは、男の子なの?女の子なの?」


 ぬいぐるみには当然オスもメスもない。いや、別で作られている動物もあるかもしれないが、とにかくマヌちゃんに関してはどちらか分からないのだ。気になったからには本人(本猫?)に聞いてみるしかない。


「まぬ、わかんなぁい」

「そっかぁ」


 マヌちゃんには分からなかったらしい。ぬいぐるみのマヌちゃん。本当は人に懐かない性格をもつマヌルネコを模したマヌちゃん。一体、この喋って動くマヌちゃんは何者なのだろう。謎は深まるばかりである。


「だっこ〜!」


 だが、とりあえず今日は抱っこが最優先なのだ。

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