小さな絵画教室で
葉月りり
心で感じた色
絵画教室を始めてもう二十年近くになる。多くの子供達と関わって来たが、皆良い子ばかりだった。特に年齢制限はしていなかったが、大抵小学校卒業と同時にここも卒業して行く。そしてその何年か後に美大に合格しましたと連絡をくれる子がいたりする。その度にずっと絵を好きでいてくれたことに喜び、感謝する。
この春も一人、嬉しい知らせをメールしてくれた子がいた。
優斗くんは幼稚園の年長さんでここに入って来た。明るく元気で友達とふざけてしまうこともあったけれど、一度集中しだすとお帰りの時間までひと言も喋らずに描き通したりする子だった。そしてその絵は他の子とは少し違う雰囲気をもっていた。
小さい子は綺麗な色で画面を塗りたがるものだが優斗くんは地味な色が好きだった。絵の具を混ぜて使うことを教えると、いろいろ試して落ち着いた色を作るのだ。物の形も幼稚園生とは思えない捉え方をする。粘土を触らせても、木片で何か作らせても、いつも一生懸命で何より本当に好きなんだなと思わされて、嬉しくなったりした。
この教室は、申し訳ないがあまり専門的な指導はしていない。描くこと、作ることを楽しいと思ってくれたらそれでいいと、絵でも粘土でも紙細工でも、子供の好きなことをやらせている。最後まで終わらせることだけをお約束に。
ただ、年に一度ある「学展」という展覧会に出品を希望する子には、それなりに指導する。賞に入らなくても自分の絵が美術館に掲げられるのは嬉しいものなので、手続きはこちらでしますので一度は出品してみて下さいと親御さんにはお勧めしている。
その「学展」に優斗くんは一年生の時に初めて出品して「賞候補入選」に入ってしまった。
優斗くんはますます熱心になり作品数も増えていったが、私は少し心配になって来ていた。優斗くんの使う色がこちらが何も言わないでいると、どんどん濁っていくのだ。
地味な色が好きなのはわかっているが、花を描くのも人の肌を塗るのもグレイッシュにするのはやり過ぎだと思った時、私は気がついた。もしかしたら優斗くんは色がよく見えないんじゃないかと。
出過ぎたことかと迷ったりしたが、間違いであったらそれに越したことはないと、優斗くんのお母さんに相談した。お母さんは全く気づいて無くとても驚いていたが、念の為だからと検査をお勧めした。
数日後、優斗くんは軽度の色弱であるとお母さんから連絡をもらいこのまま教室に通わせるべきか、やめた方がいいかと相談もされた。
私は色覚異常のお子さんの指導の勉強はしたことがなかったので自信はなかったが、優斗くんには是非絵を続けてもらいたいと思っていた。もし、私で心元なければどこか専門的な絵画教室にお願いしてもいいんじゃないかとお母さんにはお伝えした。
優斗くんの絵が好きだと思う気持ちと、一生懸命に取り組む力は失ってほしくなかった。
優斗くんは今まで通りこの教室に通うことになった。
私には優斗くんの見る世界がどんな色なのかわからない。専門書で調べてみたってその時の心の中に映る景色は正常と言われる子だってそれぞれ違うものだ。私は優斗くんの感じた色を受け入れて、より強調したいところや遠近、影や光についてのみアドバイスして作品作りを見守ることにした。
優斗くんは皆と同じように小学校六年間をこの教室で過ごし、四年生からはこの小さな絵画教室では快挙といえる三年連続の「学展 賞候補入選」を成し遂げた。そして中学では美術部に入るんだといって、ここを卒業して行った。
「優斗です。ご無沙汰しています。〇〇美大に合格することができました。四月から先生の後輩です……」
おしまい
小さな絵画教室で 葉月りり @tennenkobo
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