ケット・シーはネオンに踊る

百鬼アスタ

ケット・シーはネオンに踊る


 重いものが床に落ちる音が部屋に響く。


「――ふぎゃっ……うぅん……」


 ベッドから落ちた黒い毛玉が独りでに呻いた。否。それは少女だった。少女の腰まで伸びる黒髪が、寝ぐせでボサボサになって毛玉に見えただけである。


「ふわぁぁぁ~っ」


 と大きな欠伸を一つ。口内から鋭い犬歯が覗く。少女は猫の様に身体を伸ばし、眠気を飛ばした。尻から伸びる黒い尻尾が部屋の天井を指す。伸びの姿勢からすとんと女の子座りになった少女は、頭に付いた猫耳をポリポリと掻いた。


「今、何時にゃ?」


 少女は左のこめかみをトントンと二回、指先で叩く。瞬間。左目の縦に割れた瞳孔の周りに、青白い光の環が現れる。


 ――電脳義眼アイリス。視界上に拡張現実ARの映像を投影する義眼。

 脳に埋め込まれた電脳賢者マギア・チップとリンクしていて、ネットワーク上の様々な情報を投影できる。


 視界の右下にある時計は十時を回っていた。


 朝と呼ぶには遅すぎて、昼と呼ぶには些か早い。そんな時間。


 次に少女はメールボックスを開いて新着メールを確認する。数件のスパムメールを 削除した後、仕事場からのメールを開く。如何やら、今日は十八時から指名が入っている様子。


 指名したお客の名前は、ンゴク。少女にとってのお得意様である。


「に”ゃ”っ”。コイツかよ。……はぁアイツのドリルポーク、大きすぎて咥えるの大変なんだよにゃ~」


 何やら渋っている少女だが、一応相手はお得意様である。実にシツレイであった。


「まっ。にゃにはともあれ。先ずはシャワーだにゃ」


 言って少女は立ち上がり、着ていたキャミソールに短パンと下着をベッドの上に脱ぎ捨てる。


 一糸纏わぬ生まれたままの姿になった少女。その胸は豊満であった。


 少女はバスルームに向かうとシャワーを浴び始めた。ふんふんと鼻歌を歌いながら。その歌は猫踏んじゃったである。


 やがてシャワーを浴び終えた少女は、ベッド上に放ったままになっていた下着を穿き直して、クローゼットから新しい服を見繕う。


 即ち。白ニットのホルターネックミニワンピース。白く細い脚は、絶対領域を展開する黒ニーソに包まれていたのだ! カワイイ!


 と。その時、少女のお腹の虫が鳴る。ぐるるぅ~。


「腹が減ってはにゃんとやら。先ずは朝飯だにゃ……いや昼飯? にゃにゃ?」


 首を傾げる。カワイイ!


「んー? ……取り敢えず飯だにゃ!」


 ポイステ思考! 実に潔い!


 少女はブーツに両足を突っ込み、壁に掛かっていた防雨外套レインコートを羽織り、防毒面頬ガスマスクで口元を覆う。そして腰には護身用の電撃拳銃スタンガンを吊るす。


 ――これらの装備は今の時代において、外出時の必須アイテムである。一歩外に出れば肌を溶かす酸性雨が止むことなく降り、外の空気は肺を蝕み、何より治安が悪い。それらは全て、急速に発展した技術の副作用であった。


 空気の抜ける音と共に、外界と安全なこの部屋を隔てるドアがスライドして開く。


 外に出ると目の前に広がるのは、隣のビルの壁だった。

 下からは言い争う声が聞こえてくる。


「か、金ならやるからッ!! だから命だけはッ!!」

「へへっ!! 毎度アリッ!! ……それじゃあ死ね」

「まッ――」


 乾いた音がビルの壁に反響する。少女はフードの上から猫耳に手を当てて顔を顰めた。欄干から顔だけを出して下を覗く。そこには、血の海に沈んだ男の死体と。死体を漁る生きた男がいた。

 いつもの風景だった。誰かが死に。その屍の上で誰かが生きる。弱肉強食の世界。


 少女が生まれ、やがては死ぬことになる世界だった。あの男の武器が手にした拳銃なら。少女が手にした武器は、己自身の身体だろう。そう。少女の仕事は娼婦だ。


 幼い頃から年上の背中に隠れていた少女にとって、血生臭い荒事は向いていなかった。必然。貧民区画の出である少女がそこから抜け出すには、娼婦になるしか無かったのだ。でなければ今頃は。道端の端っこで垂れ死んでいたに違いない。


 幸い少女は容姿に優れていた為、お客には困らなかった。お陰で少女は、こうして屋根のある温かい寝床を手に入れる事が出来たのだ。


 改めて少女は名前も顔も知らない両親に感謝した。私の事を美人に産んでくれてありがとう、と。


 顔を引っ込めた少女は、エレベーターに向かう。丁度エレベーターが止まった。ドアが開いて中から大男が出て来る。額には大きな一本の黒光りする角。少女はサッと身を翻して道を譲った。


 大男からは血の臭いがした。きっと何処かで誰かがまた死んだのだろう。さして気にも留めず、少女はエレベーターに乗り込む。一階のボタンを押し、ドアが閉まる。


 やがてチンと目的の階に到着。エレベーターを降りた少女はレインコートのフードを被り直し、酸性雨に濡れるアスファルトの上を歩きだす。道端には蹲る人影がちらほら。薬物中毒者だ。


 絡まれると面倒なので早足に通り過ぎる少女。その甲斐あってか一度も話し掛けられずに通り過ぎる事が出来た。


 視界が開けた瞬間。『ゼッタイちょっと安心!』『バカ!』『一〇〇%合成です!』『アホ?』『クスリを飲め!』『ゴツゴツのアハン』などと雑多なネオン看板やAR広告が表示され、その情報の多さに脳に軽い負荷が掛かる。最初の頃は情報量の多さに酔っていた少女だが、今では慣れたものだ。


 道行く人々は人間ヒューマン獣人サテュロス森人エルフ矮人ドワーフ鬼人オーガ竜人ドラグニュート魔人デーマンにはたまた蟲人セクトマン

 実に多種多様な人種が居た。それに加えて体の一部を機械化した者も居り、非常にカオスめいていた。


 少女はそのカオスの中に紛れ込む。もし追手やストーカーが居たとしたら、きっと少女の姿を見失っていたに違いない。それほどまでに雑多な雑踏。


 程なくして少女は雑踏から吐き出された。目の前には『素敵ステーキ』の看板を掲げたお店が。立ち食いのステーキ屋だった。


 吸い込まれる様にお店に入った少女。肉を焼く臭いに鼻腔を殴りつけられ、ぐぅ~とまたもや腹が鳴る。空いているテーブルに身体を押し込み、視界にポップしたARのメニューに目を通す。メニューに乗っている全ての肉は培養肉バイオミートだ。


 ――培養肉バイオミート。家畜の細胞を培養してシート状にし、重ね合わせて造られた肉。人口の爆発的な増加により、食糧不足になったこの時代。人々が口にする肉の殆どが培養肉である。そのため本物の肉は贅沢品であり、庶民ではめったに食べる事は出来ない。一生本物の肉を食べずに死ぬ者もこの時代においては珍しくも無い。当然、少女も未だに本物の肉を食べた事は無かった。


 とは言え肉には変わり無い。獣人にとってはご馳走である。不満があるとすればそれは食感だ。まるでゴムめいたものを食べている様な感じがするのだ。


 事実。いま少女が頬張った肉は、何時まで経っても口の中に残っていた。それを少女は半ば無理矢理に嚥下している。ペロリと唇に付いた肉の油とソースを舐め、少女は再びプレートのステーキを切り分けて口に放り込んだ。


「……ふぅ~」


 食べ終えた頃には顎が疲れていた。でも少女はそれが好きだった。食べたっていう感じがして満たされる。それが好きだった。


 少女はAR上で会計を済ませ、空になったプレートを返却。店を後にする。





 ***





「ミミちゃんおはよ~」

「おはようにゃ」

「おっ! 今日もカワイイねミミちゃん!」

「にゃはは! ありがとうございますにゃ!」


 十七時半。少女――ミミは働いている風俗店の事務所に来ていた。ここは店舗を持たない風俗店であり、キャストをお客の家や指定されたホテルなどに派遣している。

 店名は『ジャックハート』。


 ミミは他のキャストや従業員と挨拶を交わし、事務所にある待機所に入る。


「あっ! ミミちゃんっ!」

「おはようにゃ。リリムちゃん」


 と親し気に話しかけ、腰に抱きついて来たリリムと呼ばれた少女。そのセミロングの桃色頭をミミは撫でて、コツンと指先が頭から生えている黒い二対の角に当たる。

 尻から伸びる黒い尻尾は、嬉しそうに左右に揺れ動いた。さらには腰から生えた蝙蝠の様な羽までもがパタパタとはためいている。


 全身でミミに会えた喜びを表現していたリリムは、パッと身体を離す。


「ミミちゃん。仕事が終わったらさ、一緒に飲みに行かない?」

「にゃはは……開口一番にそれかにゃ。……まぁ行くけど」

「ホントっ! やったぁっ! じゃあアタシこれから一発目抜いてくるからっ! あとでねっ!」


 そう言うとリリムは手を振りながら待機所を後にした。ミミは振っていた手を下ろし、近くにあったパイプ椅子に座る。テーブルに持っていたバッグを置くと。

 左のこめかみを二回叩いて電脳義眼アイリスを起動させ、お店のホームページにある自分の日記を開く。そして出勤した旨を自撮り写真と共に書き込んで更新。


「……さてと」


 意識的に呟いて気持ちを切り替えるミミ。バッグから折り畳み式の卓上鏡と化粧ポーチを取り出し、自分の顔に化粧を施す。と言っても、家を出る時には既に化粧はしてあって、軽く手直す程度だが。


「……ヨシ」


 鏡に映っているミミの顔は。少女のものでは無く、妖艶な大人の顔だった。その顔は彼女にとって自分を鎧う戦闘服だった。


「ミミちゃん。そろそろ時間だよ」

「はいっ! 今行きますにゃ!」


 従業員に呼ばれ、ミミはバッグを肩に掛けると待機所を後にした。


 お店の事務所から出て裏手にある駐車場に向かう。そこには既に黒光りした防弾仕様の高級車がアイドリング状態で止まっていた。傍に控えていたドライバーの黒服に挨拶をする。


「よろしくおねがいしますにゃ」

「ハイヨロコンデー!」


 黒服は敬礼と共にクローンヤクザ特有の定型文を返す。その表情はサングラスを掛けている為、分からない。


 ――クローンヤクザ。かつて名を馳せた伝説的なヤクザのクローン。現在この都市に居るギャングの内半数以上はこのクローンヤクザである。

 開発元はゴホン製薬。元々は治験用のクローンだったが、当時の社長が秘密裏にヤクザに売り込んだことで広まった。この事は公然の秘密である。はて? 秘密とは一体……?


 黒服が後部座席のドアを開ける。ミミは先にバッグを車内に入れ、それから自分の身体を押し込んだ。ドアが閉まる。


 黒服が右側の運転席に座り、シフトレバーを倒してアクセルを踏む。車がゆっくりと動き出して右折。今度は左折。暫くして大通りに出た。


 車窓からはいろんな種族たちが行きかう様子や、ネオン看板やAR広告が軌跡となって通り過ぎていく様子が映る。それは昼間の時よりも活気が溢れていた。


 当たり前だ。この都市は夜も眠らない不夜城なのだから。それに猫獣人ケット・シーであるミミにとって夜は、人間にとっての昼間でもある。本番はこれからだった。





 ***





 十八時。最初の指名はミミのお得意様であるンゴク。種族は豚人オーク

 その名の通り、豚の様に大きな鼻と大きな体が特徴の種族だ。

 多くの豚人オークがそうであるように、ンゴクもまた相撲闘士スモウレスラーだった。実力は横綱級である。


 そのンゴクと共にミミは今、ラブホテルの一室にいた。


「にゃんにゃん♡ お帰りにゃさいませご主人さま♡」

「ブヒィィィィィィッ!!」


 ンゴクは文字通り豚の鳴き声を上げる。無理も無かった。今ミミが着ているのはメイド服だからだ。謂わばコスプレの基本。萌えのスタンダード。加えてミミが持つ猫耳と尻尾が合わされば最強だった。カワイイ!


「ミミちゃんは今日もカワイイなぁ~。ブヒヒッ」

「ご主人様にそう言って頂けてうれしいですにゃ」

「ブヒッ! そデじゃあ早速、オデにご奉仕してくれるカナ?」

「勿論ですにゃ!」


 ミミはンゴクの興奮した鼻息を頭上に浴びながら、彼の腰に付いたベルトをカチャカチャと外してゆっくりとズボンを下ろす。既に下着の上から分かるほど、ンゴクのドリルが天元突破していた。その窮屈そうにしているドリルを解放してやる。


 ブルンと出て来たそれは。優に二十センチを超えていた。ミミが咥えるのが大変と言っていた理由がよく分かる立派なドリルだった。


 それに一日中下着の中で蒸れていたモノは強烈なオスの臭いを放っていて、思わずミミの中に居るメスが舌なめずりをする。


 こうして最初のお客様へのご奉仕が始まった――。


「――ミミちゃんはナンデ風俗なんかで働いているノ?」


 ご奉仕が終わり、まだ残り時間があったのでミミとンゴクはベッドに寝そべっていた。四方山話に花を咲かせていた二人だったが、ンゴクのその一言でミミの頬が一瞬引き攣る。幸いンゴクには気付かれていない様だ。


 ミミはンゴクの胸板を優しく撫でながら、耳元へと猫撫で声でこう言った。


「そんにゃのぉ~。お金が欲しいからに決まってるにゃ~」

「でもミミちゃんナラ、もっと他に相応しい仕事があると思うんダ」

「え~そうかにゃ~? 例えば~?」

「ん~? そうダナ~? アイドルとかモデルとカ?」

「え~。私にはそんにゃの無理だにゃ~」

「どうしテ?」

「……だって――」


 とそこで十五分前を知らせるタイマーが鳴った。これ幸いにとミミは話をそこで切り上げる。そしてそそくさと退出の支度を整え、ンゴクと分かれた。


 ラブホテルの前には既に黒塗りの高級車が止まっていた。黒服がドアを開け、ミミはそれに乗り込む。


 その後。いったん事務所に戻ったミミは、次に指名までまだ時間があったのでピザの出前を注文。待機所で夕食を済ませる。

 時間になると次の現場に向かった。


 次に指名してきたのは新規のお客様だった。種族は人間ヒューマンである。しかし、初めてで緊張していたのか開始から僅か数分で発射してしまう。それでもミミは大丈夫ですよと優しく接して、お客の心をケアした。そして良ければまた私をご指名して下さいと。営業も行う強かさも忘れずに。


 最後に指名してきたのは、度々ミミを指名してくれる鬼人オーガのお客様だった。このお客は執拗にミミの秘部を攻めて来て、お陰で何度か絶頂してしまう。仕返しにミミは男のモノを焦らす様に攻め上げた。


 こうして今日の仕事を終えて事務所に戻る頃には、時刻は零時になっていた。


 お店に今日一日の売り上げを報告。その売り上げの半分はお店側に入り、ミミの手元にはもう半分が残った。仕方なかった。なんせこのお店を経営しているのはヤクザだからだ。寧ろ半分しか持って行かれないは、良い方なのかも知れない。


「――ミ~ミちゃんっ!」

「うにゃっ!?」


 といきなり背後から誰かに抱き付かれるミミ。その何者かの両手はミミの胸を揉みしだく。その胸は豊満であった。


「や、やめる……にゃんっ♡」

「グヘへっ。お主もわるよのぉ~」

「なに言っているにゃっ……悪いのはそっちだ……にゃんっ♡ リリムっ!」


 ミミは背後から伸びるリリムの手を払い除ける。


「もうっ。いきなり胸を揉むんじゃにゃいにゃ」

「てへぺろ」


 振り返ったミミへと舌を出してお道化て見せるリリム。


「てへぺろじゃなにゃいにゃ」

「いでっ」


 カワイイ道化師にデコピンを喰らわすミミ。


「ふざけてにゃいで。……飲みに行くんでしょ?」

「そうだったっ! 忘れてたっ!」

「全く。にゃにしてるんだか……」





 ***





 事務所を後にしたミミとリリムは手を繋ぎ、飲み屋街を練り歩いた。二軒ほど店をはしごして、いい感じに酔いが回って気分がフワフワと高ぶる。そんな中、時間的にも次の店が最後になりそうだった。


 そして辿り着いたのは、都市の中にひっそりと佇む半地下のバー。


 ドアを開けると控えめなベルが鳴り、二人の入店を知らせる。店内には数人の客が一人酒を楽しみ、カウンターに居るマスターはグラスを磨いていた。

 BGMにはジャズの旋律が響く。


 ミミとリリムはカウンターに座る。


「……ご注文は?」


 黒森人ダークエルフのマスターが不愛想に二人に言葉を投げて寄越す。


「んー? ……私はミモザにゃ。リリムは?」

「うーん? アタシも同じので」


 マスターはフルート型のシャンパングラスを二つ並べ、それぞれにシャンパンを注ぐ。そこへオレンジジュースを加え、ビルドする。


 二人の前に出されたカクテルは、その名の通りミモザの花の黄色い色をしていた。

 アルコール度数は十パーセント未満でお酒が弱い人におすすめである。


 程良く酔いが回っていた二人にとって、丁度良いアルコール度数だった。


 ミミは一口、口を付ける。オレンジジュースの甘味とシャンパンの炭酸が喉を刺激しながら食道を通って、胃の中に落ちた。ジワリとお腹の奥が熱くなる感覚。スッキリとしていて飲みやすい。


「……サービスだ」


 するとマスターがつまみとしてミックスナッツを出してきたでは無いか。


「良いんですかにゃ?」

「……あぁ。カワイイお嬢さん方だからな」

「ッ! ……ありがとうですにゃ……」


 ミミは頬の熱を誤魔化す様にグラスに口を付け、ミモザを一口二口飲み込む。

 甘酸っぱかった。


「むぅ~。……ミミってこういうのが趣味なの?」

「にゃっ!? にゃにを言ってるんだにゃっ!?」

「そうなんだ……」


 言ってリリムは自分の分ミモザを一気に飲み干す。そしてつまみのミックスナッツを一掴み口に放り込んで、バリボリ嚙み砕いて嚥下した。


「……ミミ。もう行くよ」

「え? いや、まだ飲み終わってにゃい……」

「あっそ」


 今度はミミの分のミモザを一気に飲み干す。酒豪しゅごい!


「――ぷはぁ~ッ! ほら。もう飲み切った。……マスター。ごちそうさま」


 と言ってリリムは虚空に指先を踊らせ、電脳義眼アイリスを通して会計を済ませた。


「……またのご来店を。……カワイイお嬢さん方」

「チッ。ほら行くよミミッ!」

「え、あ、ちょっとっ!?」


 リリムは強引にミミの腕を引っ張り、バーを後にする。チリンチリンと控えめなベルが、二人が出て行った事をバーにいる客とマスターの耳朶に知らせた。


「ね、ねぇっ! 一体どうしたんだにゃ?」

「……別に?」

「別にって……ちゃんと言ってくれにゃいと分からにゃいにゃ」

「あぁーーもうッ!! 言えば良いんでしょ言えばッ!!」


 ガシガシと桃色の頭を両手で掻き乱し、リリムはボサボサになった髪のままで言った。


「アンタの事が好きなんだよッ!!」

「え? それって……」

「あぁッ!! そうだよッ!! アンタの事が女として好きなんだよッ!!」


 路地の片隅。叫ぶようなリリムの声が響く。チカチカと劣化したネオン看板が火花を放った。


「……にゃん……で?」

「なんで? そんなの決まってんだろッ!! アンタがカワイイからだよッ!! なのにあんな名前も知らない男にカワイイって言われて。恥ずかしそうにして。あんな顔アタシ以外に見せるなよッ!!」

「いやっ。あれはちが――」


 言いかけたミミの唇をリリムの唇が塞ぐ。ミミが身体を離そうとしたので、逃がさない様にその腰を抱き寄せた。舌をねじ込む。最初は抵抗していたミミだが、暫くすると自分から舌を絡めて来た。


 喧騒から一歩離れた路地に、雨音とは違う水音が零れる。やがて二人は口を離した。ネオンに照らされた橋が掛かっていた。


「……はぁ……はぁ……」

「……はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸に肩を上下させる二人のメス。その瞳には肉欲の輝きが。


「……ミミ。アンタはアタシの事好き?」

「……それ、は……。……うん。嫌いでは、にゃいと思うにゃ……」

「……そう。なら今夜は寝かさないから」

「え」

「だってアンタ。今、発情期でしょ?」

「にゃっ!? にゃんでそれをッ!!」

「分かるよそれぐらい。なんせアタシはサキュバスなんだからね?」


 ふふっと妖艶に微笑むリリム。その表情にミミの喉がゴクリと鳴った。


「だから。その身体に理解わからせてあげる。アタシじゃないと駄目な体にしてあげる。……さっ。ラブホ行くよ? ミミちゃん?」

「…………ぅにゃぁ」


 その後。今まで経験した事が無い快楽に身を踊らせ、ミミの頭の中はネオンの様にチカチカと瞬いた。


 ――ケット・シーはネオンに踊る。

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ケット・シーはネオンに踊る 百鬼アスタ @onimaru623

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