第13話 国王陛下

「国王陛下!」


そう呼ばれた男は、しかし王に似つかわしくないものに身を包んでいた。


王たるもの、名だたる貴族などよりも高価で豪奢な衣服に身を包み、冠という権威の象徴を立てなければならない。


だが、彼の服装はマントや豪華な衣服は愚か冠すらつけてはいない。


それを誰も咎めない。

気にもとめていない。

それがさも当然であるかのように。


「なんでしょうか…」


気弱な声で国王陛下は返事をする。


「アンデルセン地方全体を囲う聖域が内側から突破されそうです!!」

「ぇ……」


国王に似つかわしくない声色。


もやしのようにヤツれた彼。

その黒い目は死にかけといった風。

それは過労に身が滅びそうだから…ではない。


彼は今、お腹を酷く壊していた。

ただ、今は安定期。

頭に浮かぶトイレの空模様は積乱雲が遠くの方に見えるが落ち着いている様子。


「……と、なると……ドレスに身を包んでたりしませんか」


国王陛下は何か思い当たる節があるのか、特徴の合致を問うと、銀色の鎧に身を包む背の高い男は大きく頷いた。鎧がジャカリと音を上げた。


「はい! ドレスに身を包んだ女性であると報告が。備考として右手には澄白色とうはくしょくの剣、左手には澄白色とうはくしょくの盾と澄白色とうはくしょくの腕輪を着用。靴は未着用との事です」

「……そっかぁ…」


国王と呼ばれた男は少しにへらと笑った。

そして腰ポケットに入っていた板を取り出すと。


「まま。聞こえる…? パパだけど。どうぞー」


耳に押し当て、虚空に向かって国王陛下は語りはじめた。


そんな不思議な光景を前にしても、報告に上がった兵士は怪訝に思わず静かに佇んでいた。


『はいこちら緊急連絡を受け取りましたママです、どうぞー』

「勇者がようやく出て来たよどうぞー」


途端、板の中から悲鳴のような歓喜の声が盛大に上がった。


『え、ほんと!!』

『ちょ…もぉママうるさい』

『あぁごめん。でも聞いて! 私たちようやく帰れるかもしれないわ!』

『あぁー……うん』


板の中には複数の声が混在している様子。

ただ、声の温度感が非常に真逆だ。どちらも女性の声だが区別が簡単につく。


『………嬉しそうじゃないわね』


温度の高い女性は、なにかあったのか問うような声でもう1人の女性に向けている。それにもう1人の女性は少ししてから口を開いた。


『…私たち…こっちに来てもう50年くらい経つし、50年も生活させられたらなんかもう、いいよねってならない…? 友達とかも増えたし……いやまぁ、みんな歳が離れていくからなんかそれも嫌だけど…』

『歳の問題はもう仕方ないわよ…』

『てか、どっちかと言うと歳を取らない事の方が嫌だ。死ねないじゃん』

『あら、親を前にそんな事よく言えるわね』

『ほんとならママが見据えてる時期なのよ』

『うちの娘ナチュラルボーンブラックジョーク使いだわ。末恐ろしいわ』


そんな会話を聞いてひ弱な声の国王陛下は楽しそうに笑いつつ「アイナ、そんなお前に朗報だ」と言った。


『朗報…?』

「魔王が倒されればきっと時が動き出す。そして多分、元いた場所と時間に僕らは戻れる」

『……きっととか多分とか、希望的観測多すぎない?』

「それは仕方ないだろ」


国王陛下は強く「でも」と異論を唱える。

それはとても噛みしめるように。


「今までそうだった。だから…下手な希望よりもちゃんとしてるよ。安心して」


落ち着かせるように。


そんな声を受け取った板の中の声は暫く黙った後『わかった』と返答した。


『……でもそっか。戻れるんだ…そうなったら50年ぶりに…私の感覚だけだけど…タクヤに…会えるんだね』


タクヤと呼称されるそれに各々心当たりがあったようだ。ただ、パパとママとも呼ばれる2人は結構遅れて思い出していた。


「………あぁーアイナの彼氏くんね。うん。会えると思うよ」

『…うん』

「……いやぁまさか、僕の親友の息子くんを僕の娘が連れてくるなんてね。運命感じたよねぇあの時。それも高校生なのに婚約させて下さいなんて、おったまげちゃってたなぁ……漫画ですらどっちかだけなのに。いやぁ…懐かしい」

『そうねぇ、ママもビックリしちゃったわあの時。2人の様子的には盲目じゃなかったから一応婚約は認める形で考えてたけど……ここに来たのもその矢先だったからね…』


それぞれあの日を思い出し、懐かしみ、気を落とす。

静かな時間が積み上がる。


『今も愛してるの?』


温度の高い女性の声は、低い彼女に寄り添うような声を向けている。


『……なんか言い方虫唾が走る』

『じゃあなんて言えばいいのよー』

『知らない』

『68歳になっても反抗期ね』

『もぉ、マジでない。言い方マジで無理』

「それで、どうなんだい。ちょっと気になる」


催促するのは国王陛下も同じだった。


2人の窮屈な詰問に彼女はそろそろギブアップという風にため息を吐いた。


『見せ物じゃないって私……』

「見せ物だよ」

『ぶっ殺す』

「いや、ほんとごめん。アイナほんとにごめん、かなり質の悪い冗談」

『あなた。流石に擁護できない』

「甘んじて、罰を受けます。帰ったら高級品と焼肉を堪能していただくという方向性で如何でしょうか」

『よきにはからえ』

「ありがたき幸せ……」


もうその会話はどっちが王なのかわからない程に主従関係が逆転していた。


「正直…なんか、もうわかんない。冷めたと言えばそうなんだろうけど、なんていうか、でも違うの。なんていうか…忘れちゃった感じ」

「……そっか」

『普通そんなものよ』


彼女はうんと、気弱に声を絞り出す。

そして「でも」と2人に問いかけた。


『……戻れるんでしょ』


それは本当に期待している声で、再確認をする求める声。


「戻れる。帰れるよ。我が家へ」


国王陛下の声はとても優しいものだった。


『じゃあ…帰ったらもう一回確認するだけ。私の気持ちを。…むしろ50年も空いてるんだから、盲目的な好きでの判断じゃなくなるじゃん。だからその時は一応なんてやめて。婚約者に格上げして』

『わかったわ…』

「うん、わかった」

『パパに関してはそれも謝罪特典だから、元より拒否権はないよ』

「んー、うちの愛娘パワフル。タクヤくん尻に敷かれるなこりゃ」

『何十年も私に尻に敷かれ続けてきた旦那様から、彼に向けての言葉はある?』

「なんだかんだ幸せだから頑張れ、かな…」

『きゃぁあー! 好きよちゅっちゅちゅ』

『マジでやめてキモい殺す気? ほんとに無理だから』


そんな時。


「幸せにはお前も入ってるからな! アイナぁああああああああ」


半ば絶叫のようなものが板の中へと届いていた。


『どうしたのあなた!』

『パ、パパ…』


2人は心底心配そうで、状況が掴めず困惑した雰囲気。


ただ、そんな2人に指し示すように国王陛下は目の前に広がった積乱雲を見つめながら言った。


「王様としての対応交代しっ俺も…だ…ぁ、べ、ベルグさん! 妻に! 妻に相談をぉおおおお!! 方角は東の45どぉおおおー!!!」

「かしこまりました! 国王陛下!! …いえ、安藤 学あんどう まなぶ殿!!! ご武運を!!」

「武運願われましたわ〜ぁああああ!!!!」


ベルグと呼ばれた彼は、全速力で部屋を飛び出ていった国王陛下に敬礼をしながらその背を見届けた。

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勇者エリーナ・アンベット公爵令嬢【エリーナ は 男湯 から 現れた…!】 鍵ネコ @urara123

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