助けに来たヒーローの色の拘りが凄い

小春凪なな

ヒーローカラー




「キャー!」


 麗らかな午後のショッピングモールに突如響いた悲鳴。


「怪人だ!!」


 走って来た人々が口々に叫んだ声をきっかけに周囲はパニックになる。


「うわっ!?」


 逃げようとして転ぶ者、親とはぐれた子供、一心不乱に走る者、子供を探す親。


「ガハハハッ!逃げ惑え人間!この剛腕のアイアン様を楽しませろ!」


 逃げ惑う人々の奥から笑いながら怪人が歩いて来る。


「…ヤ、ヤバい。早く、逃げないと……!」


 今日、俺は買い物に来ていた。今月のバイト代が振り込まれたので、ご褒美に目当ての洋服を買ってカフェでのんびりしていたところだった。


 それなのに怪人が現れるなんて!


 ツイてない自分を嘆きながらも、慌てて起き上がろうとする。


「む?ガハハハッ!逃げ遅れた奴がいたとは、憐れだな」


 そんな俺に気が付いた怪人が一歩、また一歩と歩み寄る。


 頭は後悔でいっぱいだった。


 何で今日ショッピングモールに来てしまったのか、どうしてカフェでコーヒーなんて飲もうと思ってしまったのか、肝心な時に転んでしまった事を、考えても仕方がないと分かっていながら頭を埋め尽くす。


「ガハハハッ!自分の不幸を嘆くんだな!」


 不幸を嘆いている俺に、不幸の元凶が腕を振り上げながら言った。


「────そんな事はさせない!」


 だが、俺が怪我をする事はなかった。


「グハッ!?」


 隙まみれの怪人を殴り飛ばした赤色の全身スーツに身を包んだ者。


「クソッ!そうか、お前らだな!我らの邪魔をしている目障りな者は!」


 飛ばされた怪人は起き上がると赤色の全身スーツを見て忌々しげに叫ぶ。


「残像のフェイカーを倒したようだが、この剛腕のアイアン様は簡単には倒せないぞ!」


 確かにあんなに飛ばされたにしてはダメージが少なさそうだ。ムキムキな肉体が防御にも役立っているのかもしれない。


「それでも俺は戦う!この世界に悪がある限り!」


 決意の籠った言葉だった。


 本当にヒーローがいるんだと、ニュースの中だけの存在じゃないのだと、燦然と立つ赤色のヒーローを見た。


「ハッ!1人で何ができ───グハッ!」


 それでも怪人は笑ったが、その顔を別の者に蹴られた。


「1人じゃないさ」


 青色のスラッとしたヒーローがいう。


「大丈夫~?」


 緑色のヒーローが穏やかな声で仲間の心配をする。


「全く、毎回毎回1人で突っ走るの辞めろよな!次は絶対僕も一緒に行くからね!」


 黄色のヒーローがそう言ってデコピンした。


「まぁまぁ、今は目の前の敵に集中しましょう!」


 ……桃色のヒーローが優しくまとめて強く怪人の方を向いた。


「き、貴様らは!?」


 怪人の声に、並んだヒーロー達が答える。


「正義の赤!シグナルレッド!」


 赤色のヒーロー───シグナルレッドが手を前に突き出して叫ぶ。


「冷静の青。スマルトブルー」


 青色のヒーロー───スマルトブルーがポージングをする。


「穏和な緑!モエギグリーン」


 緑色のヒーロー───モエギグリーンが可愛らしく回転して言う。


 ……モエギグリーンってなんだ?


「元気の黄色!レモンイエロー!」


 確かに、言われて見れば普通のイエローよりも明るい気がする。


「愛の桃色!チェリーブロッサムピンク」


 口には出さないけど桃色のヒーロー───チェリーブロッサムピンク?の色が薄くて白だと一瞬思った。


「…あの色ピンクだったのか」


 ほら。怪人も思ってたみたいじゃん。あまりにも薄いピンクだから、ピンクだと思われてなかったんだよ。


 怪人と俺がピンクを見ていると、


「全員合わせて!」


 まだ終わってなかった口上の続きをレッドが叫び、レッドの下に他のヒーローが何かを後ろに投げてから近付き、


『「「「「ファイブカラー戦隊!!」」」」』


 カラフルな5色の爆発を添えて、ポージングを決めた。


 彼らは1度も負けた事のない不敗のヒーロー。どんな強さの怪人も、特殊能力を持った怪人も倒す最強のヒーローだ。


 いや、いやいや。あの爆発って自然発生じゃないの?人力でセットしてるの?毎回?不敗とか最強よりも気になるんだけど?


「ガハハハッ!何人集まろうが俺様を倒す事は出来ない!ヒーローめ!今日で終わりにしてくれるわ!」


 俺が頭の中で混乱している内に正気に戻った怪人が、ヒーローに向かって実に悪役らしく言う。


「そもそもレッド!貴様の蹴りなぞ、まったく効いてないんだからなぁ!!ガハハハッ」


 煽る怪人に、ヒーローは何も返さない。


 やっぱり怪人との戦いは命懸けなんだと忘れかけていた恐怖が再燃する。


 だが、やはり彼らはヒーロー。


 レッドが一歩、また一歩と怪人へと近付く。


「またあの軟弱な蹴りでもするつもりか?」


 怪人の目の前に立ったレッドに向かって煽る怪人が構え、いよいよ戦いが始まろうとしていた。


「………違う!」


 レッドの声が響く。


「俺の色はレッドじゃない!シグナルレッドだ!」


 …え?


「よく見ろ!普通のレッドよりも明るいだろう!」


 そう言って腕を怪人の前に掲げるレッ、シグナルレッド。


「シグナルレッドはな、信号機の色なんだぞ!その色だろ!何処からどう見ても!レッドとは違うんだよ!!」


 シグナルレッドは怪人に捲し立てる。


「あ、ああ」

「シグナルレッドは鮮やかな赤だ!明るくて、遠くからでも見える、誰にでも危険を教えてくれる素晴らしい色なんだ!」


 顔は見えないが物凄く熱くなっている事は分かるシグナルレッドの剣幕に、怪人の顔がドン引きしているのが分かる。


「あー。まただよ」


 止まる気配のないシグナルレッドの声とは真逆の方向。シグナルレッドの仲間達がいる方から呆れたような声が聞こえた。


「これで何回目かな~?」

「確か、20回は超えていた筈ですが…」


 慣れたように会話をしているグリーンとピンク。


「凄いよね。毎回毎回、こっちの身にもなって欲しいよ」

「…全くだ」


 イエローとブルーも苛立っている様子でシグナルレッドと怪人を見ている。


「────これが俺の色!シグナルレッドだ!分かったら2度と間違えるなよ!」


 やっと終わったシグナルレッドのシグナルレッド解説に、殴り合いの戦闘は一切していない怪人が疲れているように見えた。


「あ、ああ。レッ…ゴホンッ!シグナルレッド!」


 そしてあの解説が効いたのかしっかり言い直し、遂に戦いが始まった。








「──シグナルレッドパーンチ!!」


「ガハッ!!」


 戦いは終始レンジャー優勢だった。


 剛腕のアイアンも強かったが、ヒーローの機転やチームワークの前には勝てずに押されていった。


「こ、この、俺様、が…ヒーローごときに、負ける?だと……」


 それだけじゃなく、シグナルレッドの解説で気疲れしてしまったのもあると思う。個人的に。


 だが、


「──んなの、そんなの、認められるかぁあああ!!!」


 剛腕のアイアンは諦めていなかった。自分の力の限界を引き出し、今まで以上の力を手にした。


「グガハハッ!このチカラなら!マケナイ!マケナイぞぉぉぉ!!」


 それは絶望。


 それは悪夢。


 人々が恐れ、逃げる事すら諦めるような圧倒的な暴力の権化が現れた。


「ヒーロー!!さぁ、かかって来るがイイ!ブルーもグリーンもイエローもピンクも、そしてシグナルレッドでさえも、オレサマがゼンイン倒してやる!」


 見ているだけでも分かるその圧倒的なオーラに俺は息も忘れて見る事しか出来なかった。


「…シグナルレッド。やるぞ」

「ああ。言われなくともやってやるさ」


 だが、それでも彼らは立ち向かう。何故なら彼らは世界の希望であり、人類の勇気の象徴、ヒーローだから。


「間違っている事をしっかり教えてやる」


 さっきまでの戦いが遊びに見える程の戦闘の幕が上がる。


「…俺はブルーじゃない。スマルトブルーだ!」


 顔が見えなくてもイケメンだと分かる声で、しっかりとそう叫んだスマルトブルー。


 ……え?


 いや~。まさか、ねぇ?


「ナ、ナニをイッテ…」


 怪人も何かを察しかけたのか、圧倒的な筈の身体で一歩下がる。


「スマルトブルーというのは世界最古のコバルト系顔料と言われていてその歴史は………」


 淡々と語るブルー、じゃない。スマルトブルー。


 それを遠い目をして聞き流す俺と怪人。




 …類は友を呼ぶって本当なんだぁ。




「………これが俺の色、スマルトブルーだ。2度とブルー等という凡庸な呼び方はするなよ」


 そう言って華麗に下がるスマルトブルー…下がる?


「次は私!モエギグリーンだよ~」


 スマルトブルーが下がったと思ったら次はモエギグリーンが前に出て話し出した。


「モエギグリーンっていうのはねぇ~。黄色がかった緑色なんだ春に萌え出る新芽の色っなんだつまり新たな命の色なんだよスプリンググリーンとも近いけど好きなのはあくまでも萌木色で……………」


 穏やかな雰囲気を投げ捨てて、モエギグリーンは息継ぎ無しで喋り続ける。


 その恐怖すら感じる姿に、自然と真面目に聞いてしまう。


「……だからね?分かるよね?グリーンとは違う色なの。グリーンが悪い訳じゃないんだよ?ただこれが萌木色だっていう事をしっかりと理解して欲しいだけなんだよ」


 顔が見えなかった事に感謝するべきなのか、顔が見えないから余計に怖く見えたのかは分からないが頷くしかなかった。


「次は僕!レモンイエローだ!」


 モエギグリーンの後だからか、レモンイエローが元気よく前に出た時、少しホッとした。


「レモンイエローはその名前の通り!レモンのようなイエローだよ!」


 他の聞いた事のない色とは違って何回か聞いた事のある色だし、他のレンジャーに比べて拘りが薄そうに感じるからだ。


「そ、そうか…」


 怪人も同じ事を思っているのか、返事する余裕がある。


「レモンイエローは良いんだよ!見ているだけでも元気になるし、爽やかなのに目に優しい感じもあって、男性も女性も似合う最高の色なんだよ!」


 良かった。こう言ってはなんだが1番まともそうだ。


「だからさ…世界はレモンイエローに染まるべきなんだよ」


 ん?


「だってそうだろう?服や建物は勿論、食事や髪色に至るまで全てをレモンイエローにしたら、世界は平和になるんだよ。あ、青空じゃあなくてレモンイエロー空になったら…それだけで、こう、ゾクッとくるよね」


 うん。よーくわかった。このレンジャー達にはまともな奴はいないんだ!


 怪しげに笑うヒーローの1人とは思えないレモンイエローに、期待が砕け散る音がした。


「では、最後に…チェリーブロッサムピンクの私の言葉をお聞きください」


 怪人に動く気配はない。


 きっと見えているのだ。このレンジャー達から今逃げたら、地獄を見る事になるのだと。


「私の言いたい事はただ1つ。桜は、蕾から花開き、また散るまで全てが美しい!」


 そうして最後のチェリーブロッサムピンクの説明に身構えていたが、一瞬で終わった。


 安心したが、逆にこれだけだとドキドキする。


 そんな事を思ってしまっているのは、この場にいる怪人と俺だけなんだろう。




「…そ、それデハ行くぞ!レンジャー!!」


「来い!何度でも倒してやる!」


 そうして無事、何かヒーローが喋りだす前に戦いに移りたい怪人と説明出来て満足したヒーローの戦いはヒーローの勝利で幕を閉じた。これでヒーロー側の連勝記録がまた1つ増えた事になる。


 あっさり過ぎるって?


 だって新たに4回も鬼気迫る説明をされたのだ。精神的疲労から、怪人は攻撃や動き全体に精彩を欠いていた。


「ありがとうございます!助かりました!」

「いえ、ご無事で何よりです!」


 助けて貰ったお礼を言って、この場所を去る直前にほんの少しだけ、黙祷する。


 ヒーローの逆鱗に触れてしまった哀れな怪人に。






 ────────────────────お読みいただきありがとうございます!


 面白いと思っていただけたら幸いです。


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助けに来たヒーローの色の拘りが凄い 小春凪なな @koharunagi72

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