こんなじゃ電波ガール
魔王城
こんなじゃ電波ガール
サイテー。ほんとサイテーだ。
涙袋のメイクに10分も費やして何回も折った短いスカートを翻しながら教室に着く。遅刻だ。でも本当に最低なことはそれじゃなくて、友達が二人も不登校になって寂しいことでもなくて、理系と思い込んでいたら実は文系だったとかでもなくて、数学が欠格点で卒業できないヤベーっと芸大受験とかマジ無理っすヤベーっが重なったことだ。
アタシは勉強嫌いのラクガキ好きってだけの理由で芸術大学を志願した。その曖昧なテキトーさが仇となったのだ。ちょっと頑張ったくらいでデッサンの評価が上がるわけでもなく、同時に実技以外の科目が疎かになって(先生みたいな言い方でなんかイヤ)脳みそも空っぽになってしまった。
「うえぇーん。こんなじゃアタシ、社会不適合者でお先真っ暗だよーう」
カッターを左手に持ち振り上げる。自傷行為をする勇気がないのでそのままデッサン用鉛筆に刃を当てがりがり削っていく。めっちゃ下手だ。
自己嫌悪に呆れたときは昔描いた自分の絵を見ると良い。絵をかくのが大好き!漫画家になりたい!そんな純粋な思いだけで描いていた子供時代を思い出してみて。埃をを被ったファイルの中。一枚のケント紙を取り出した。小学6年生の頃に書いたイラスト。純粋無垢。夢と希望。そんな愛らしい言葉が似合う一枚には、ひとりの………おっぱいがクソデカくて乳首が透けててご主人様にご奉仕してるロリ(妹設定)がいた。ふぁっく・みー!
は?なにこれ。変態なの?馬鹿なの?ああ、そうだった。
成績不良。品行不正。進路未定。ビリギャルよりビリッケツなアタシだけど、昔よりはマシだったもんね。
思い出したくもない十代前半のあの頃。戻れるならばもっと強く振舞っていただろう。
小学6年生のアタシの脳内BGMはいつも00年代にニコニコ動画で流行っていたエロゲソングかアニメソングで、幼女のくせにネットでロリコン同人誌の違法アップロード版を見つけてはひそひそと楽しんでいた。幼女のくせに。
特にエロゲソングは毎日真剣に聞いて、萌え~なロリ声を真似した。ちゅっちゅっちゅ~お兄ちゃん♡もっと刺激的な遊びがしたーい♡おっぱい大爆笑~爆発ドーン!このようなアホくさい歌詞と中毒性の高い電子音のリズムで構成された曲のことをネット用語で電波ソングという。くだらない音楽だと大多数の人が思うだろう。しかしキモヲタ兼ネット廃人なアタシは電波ソングの虜だった。
もちろん友達も少なくて服もダサくて朝読書の日なんかにエッチなラノベ読んじゃうもんだったからクラスカースト一軍みたいな女子たちに目をつけられていた。
「ファッションセンスないよねー。あれ、傷ついた?」
「ねえねえねえ、友達いるの?誰?いないんじゃね」
「絵、上手いねー。違う違うあんたじゃなくってその本の挿絵が。勘違いしちゃった?」
今思えば悪口を言うのが相当上手な子がいたなあ、と少し感心してしまうこともあるが、当時陰キャで気弱なナードだったアタシは言い返す度胸も自分を変えようとする気力もなくただただインターネットの世界に没頭し現実から目を背けることしかできなかった。
平成後期のインターネットはそこまで混沌としているわけでもなく、今とそれほど変わらない見栄えだった。だけどアタシは整備されたSNSや最新のAI技術なんかには興味を持てず、平成初期のあの濁ったインターネット黎明期にタイムスリップして10年前に立てられたスレを開きネットスラングの陳列を眺めている方がスリリングだったのだ。気味の悪いアスキーアート。アクセスした瞬間トロイの木馬に感染するエロサイト。256色で表現された美少女ゲーム。すべてが魅力的だった。
そのまま中学生になった。中学生は質が悪い。ヲタクなワイ、かっけー。おまいらとは格が違うんだよ。深夜アニメとか見ないだろ。草。おとなしく見えて実はキレると怖いんだからね。友達になりたきゃ半年ROMれ。もちろん友達は二年間できなかった。
休み時間や放課後は一人図書室で過ごした。読書家というわけではなかったが安全なシェルターとして活用していた。今日も東浩紀の『動物化するポストモダン』を繰り返し読む。オタク文化と自分をなぞらえたりしながら借りた後も自分の席で読み耽っていた。その時だった。
クラスのダンス部やサッカー部のような所謂陽キャ集団が暗い顔をしているアタシを揶揄いに来た。
「ねえねえ何読んでるのー」「古臭い本だね」「うぇ~~~い(なぜか笑いを取るようなポーズと変顔でアピールしてくる男子)」
うるせえ。うるせえ。うるせえ。アタシは席を立って本を机にばしんと投げ捨ててから椅子を振りかざして怒鳴った。「静かにしろぅぇえあくぁwせdrfrgyふじこlp!」
周りの子達ぽかーん。アタシ、涙目。授業チャイムが鳴ったがその日の午後はサボってずっと泣きじゃくっていた。カッコ悪い。超ださい。死ね。アタシに合わせないヤツが悪い。ばか。ばか。泣きたい気分なのにおバカな電波ソングが脳内再生される。おっぱい。おっぱい。みんな死ね。
中学3年生になってからのアタシは電波ソングじゃなくてTWICEや洋楽をよく聞いていたし、ひとりネットの世界にいるより部活のみんなと大笑いしてる方が楽しくて仕方なかった。ファッションも露出多めなお姉さんっぽい格好を好むようになりメイクも濃くなった。きっかけは正直わからないけど多分、ネットで平成ギャルは可愛い卍的な記事を見つけたからだろう。ネットはやめなかった。
そうして令和ギャルに進化していく中で、かなーり深く反省したことがある。まず、意地悪してきた子達は悪くなくて、悪いのは周りに合わせようともしないでキモい趣味に没頭していたアタシだってこと。そして、陽キャでいたほうがお得だってこと。よし。過去のクソイキり陰キャのアタシとは縁を切った。サヨナラ。グッバーイ。二度と現れんな!シット!
……なのに今こうやって巨乳ロリイラストとして登場しちゃうわけなのね。黒歴史のアタシ。
ふと思う。現在のネット文化は、アタシみたいな人が多く存在するからだろうか。昔のインターネットの世界を表現したグラフィックや音楽が流行っているような気がする。jk文化もそうだ。平成をイメージしたY2Kファッション。地雷系のtiktokerが懐かしののネットミームに合わせて踊る……とか。あれ?みんな大好きじゃん。
ひとり孤独に青白い光を浴びながら電波ソングを口ずさんでいる昔のアタシも、あなたも、ほら。ひとりじゃなかったんだ。
寂しい夜はネットを見よう。上手くいかないときは電波ソングを聞こう。似た目やマインドは立派な令和ギャルのつもりだったけど、やっぱりインターネットはやめられなかったね。サイテー。超絶サイテーだ。まだまだこんなじゃ電波ガールだ。
なぜか捨てられないケント紙一枚をまたファイルへと乱暴に入れた。
こんなじゃ電波ガール 魔王城 @maojoo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
瑠奈の日常/瑠奈
★32 エッセイ・ノンフィクション 連載中 211話
’カクヨム砂漠’上等、サバイバルしてやるぜ!/岬
★29 エッセイ・ノンフィクション 連載中 114話
それなりに幸せな昭和の乙女/釜瑪秋摩
★73 エッセイ・ノンフィクション 連載中 26話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます