戦士の晩餐

ちゃぼぼ

戦士の晩餐

「いらっしゃいませ!」

 

 喧騒に包まれた夜の酒場の店内で、両手いっぱいにジョッキを持った看板娘が負けじと声を張り上げた。

 店に入ってきたのは一人の男。武骨な鎧に身を包み、巨大なハルバードを背負ったその姿は、まさに戦士の風貌そのものである。深々と兜を被り、その表情は読めない。

 その男はズカズカと店の奥へと歩いていき、カウンターの一番端の席にドカッとぶっきらぼうに腰を降ろした。

 そして、その男は静かにメニュー表を眺め始める。

 

 その男の鎧には無数の引っ掻き傷があり、所々が焦げている。そして、ほとんど全身を鎧に覆われているが、唯一露出している顔の皮膚には真新しい火傷がある。

 そう————その男は今日、ドラゴンの討伐クエストに一人で臨んだのであった。

 ドラゴンとの激闘は数時間に渡り繰り広げられた。だが、結果として、ドラゴンを討伐することはできず、撤退を余儀なくされたのだった。

 当然報酬などは得られず、時間と体力を無駄に消費しただけになってしまったのだが、そんなことは関係無く腹は減るものなのだ。

 とは言え、疲労困憊ひろうこんぱいのその男に自分で料理をする気力が湧くはずもなく、こうして酒場に足を運んだのだった。

 

 その男が席についてから数分後、看板娘がその男に声をかける。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 しかし、その男は気が付かなかった。けたたましいドラゴンの咆哮を何度も浴びせられ、耳にもダメージを負っていたのだ。

 すると、看板娘は慣れた様子でその男の鎧の肩の部分をコンコンと叩き、再び声をかけた。冒険者や賞金稼ぎの溜まり場のようになっているこの店では、こんなことは日時茶飯事なのだろう。

 その男はハッとした様子で看板娘の方に振り向いた後、メニュー表を指差しながら注文をした。

 

「ドラゴン肉のステーキとライスを大盛りで頼む」

 

 あの憎たらしいドラゴンへのささやかな報復と、次こそは勝つと自分を鼓舞するために、その男はこの店の料理で最も値が張るドラゴン肉のステーキを選んだ。

 

「かしこまりました〜!」

 

 看板娘は元気よく返事をすると、厨房の中へと消えていった。

 その男は目をつぶり、ただ静かに料理が出てくるのを待った————

 

 

 ————などという妄想にふけりながら、俺は独り、ラーメンをすする。深夜の空きっ腹に濃厚な豚骨のスープが染み渡る。

 普段ならラーメン一杯で済ませるところだが、今日はチャーシュー丼も添えた豪華仕様だ。

 今しがたの戦士の妄想と同じように、俺も今日、数時間に渡り戦いを繰り広げ、そして、負けたのだ。大敗と言ってもいいほどに。

 だからこそ、あの戦士と同じように、あえていつもより贅沢なメニューを選んだという訳だ。

 次こそは必ず勝つと自分自身を追い込み、奮い立たせるために————

『負けて良いものを食う』というこの行為を『戦士の晩餐』と名付けよう。

 

 ラーメンとチャーシュー丼を平らげ、すっかり空腹を満たされた俺はラーメン屋を出た。

 深く呼吸をすると、ニンニクの香る息が白い煙となって漂い、深夜の寒空に消えていった。その先には美しい星空が広がっていた。

 俺は星空を見上げながら、胸に湧き上がる確かな闘志を感じていた。『戦士の晩餐』によって、見事に英気を養うことができたのだ。

 今日は負けたかも知れない。だが、俺はまだ生きている。また戦いに行こうではないか。

 目に焼き付くような激しい閃光と、鼓膜が破れんばかりの甲高い騒音に包まれた、あの戦場へ…………

 

 

 …………などと格好つけてみたものの、実のところ、パチンコで散々負けたというのに、懲りもせず、またすぐに行きたくなってしまった、というだけの話なのであった。

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戦士の晩餐 ちゃぼぼ @chabo_2645

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