花の色は
藤光
いたづらに移り
空を覆う白い霧の向こうから雨が降り募る。無数の水滴が糸を引いて地面を打ち、中庭のあちらこちらに大きな水たまりを作る。この雨はもう10年ものあいだ降り続いていた。
「雨は止んで欲しくないわ」
カーテンを取り払った
「まもなく止むよ。
「わたしここから見る桜の花が好きなの」
ここからは広場に植えられた何種類もの木を見ることができる、広場を囲むように並んでいる桜も雨に打たれている。
「知ってる? 同じようでいて花の色は毎年少しずつ移り変わるのよ。去年は薄桃色で、一昨年は薄紫。黄味がかっていることもあったわね。小野さんはどんな色の桜が好き?」
「わたしは白い桜が好き。だってとても綺麗なんですもの」
ウイルスだけじゃない。この雨が10年かけて君を綺麗にしてくれたのかもしれない。真っ白に、そう漂白剤を使って人の心を脱色するように。
「小町、行こうか」
「待って、小野さん」
「雨が止んだら、あの人が迎えに来るのかしら」
「きっとね」
「わたし、雨に止んで欲しくないわ」
小町は雨が止むと恋人が迎えに来てくれると信じてきた。10年間、ずっとそれだけを心の支えにして過ごしてきたのだ。しかし、いまはその恋人に会うことを避けようとしている。
「わたし綺麗?」
間違いなく綺麗だよ。すっかりきれいになった。10年前の君は――。
「あの人はわたしだと気づいてくれるかしら?」
小町、そしてぼくの順に
「わたし、散ってゆく桜が好き」
「そうかい」
小町とぼくを見下ろして広がるいっぱいの水滴を含んだ桜の蕾はまだ、膨らみはじめばかりである。
「春になると風の強く吹く夜がやってきて、広場一面に花びらを敷き詰めてゆくの。翌朝、わたしはそれを見つけて幸せな気持ちになるんだわ」
「そうだね」
ふたりきりで歩く桜並木の向こうにうっすらと青空が顔を見せはじめた。今年の花の色はきっと空色だねと話しかけると、小町は黙って頷いた。彼女の長い髪が腰で揺れた。
☆
(了)
花の色は 藤光 @gigan_280614
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