お稲荷さんちのアライグマ 〜花より団子〜

右中桂示

アライグマと花嫁

 純白。高貴なる白。

 白無垢の花嫁が、稲荷神社の一室に凛と立っている。

 神前結婚式が執り行なわれるこの日を、花嫁は晴れ晴れとした気持ちで迎えていた。


 しかしその着付けを手伝っていた薄墨はぐったりと倒れ込む。


「うえぇ。つかれたぁ」

「お疲れ様。手伝ってくれてありがとう」

「一人でもできたんじゃない?」

「ふふ。そうかもね」


 花嫁はおっとりと微笑む。

 実際手際がよく、むしろ彼女の方が散らかしたり帯に絡まったりする薄墨へ指示を出し、支えていた。辛抱強く付き合っていたとも言える。


 カジュアルな服装も態度も、あまり神社には似つかわしくない。極め付きは縞模様の尻尾。

 薄墨は人の姿に変えられたアライグマだった。

 この稲荷神社の神使たるキツネによって、神社を荒らした責任をとらされているのだ。

 だが彼女に責任感は薄い。

 不満たらたらに頬を膨らませる。


「大変なことさせてぇ。おのれキツネめぇ……」

「ごめんなさいね。私が無理を言って頼んだせいなの。でも会ってみたかったのよ。新しく人になった子がいるって聞いたから」


 申し訳なさそうな花嫁の言葉に、薄墨はガバっと体を起こした。

 少し警戒をしながら問いかける。


「……あたしのこと知ってるの?」

「ええ。教えてもらったの。私も人間じゃなくてキツネだもの」

「うそ」

「ホントよ」


 まじまじと見つめる薄墨。不躾な視線も、花嫁は真っ向から笑顔で受け止めている。

 見たところ完全な人間だった。

 尻尾のある薄墨とは違う。神使もそうだったから、キツネは特別なのかもしれない。あるいは神社を荒らしたアライグマだから悪いのか。


 むむむと悩んでいた薄墨だったが、ふと違う疑問を感じて声をあげる。


「……あれ? そういえば結婚って言ってたよね」

「ふふっ。そうよ。相手は人間なんだけどね。素敵な人よ」

「へえ……」

「それでもやっぱり心細くてね。仲間が増えると嬉しいの」


 一瞬顔を伏せ、寂しそうな顔になる花嫁。しかし次に薄墨へ向けたのは期待に満ちた笑みだった。

 白無垢を誇るように腕を広げる。


「ね、綺麗でしょ? あなたも来てみたくない? そんなにオシャレなんだもの。気になるでしょ?」

「うごきにくそう」

「それならドレスはどう? この後披露宴のお色直しで着るの。あなたもきっと似合うわ」

「う~ん?」


 首を傾げて唸る。

 あまり興味はない。想像すら浮かばない。

 綺麗だとは思うが、着てみたいかは別。

 そもそも今の服装も好きで着ているのではなかった。

 それでもすぐに断らないのは、花嫁に好印象があるからだ。幸せそうな彼女に水を差したくなかったのかもしれない。


 とはいえ意思は丸わかりなので、花嫁は肩をすくめる。


「残念。フラれちゃった。でもいつでも考え直していいんだからね?」

「ごめんね。でもたぶん変わらないよ?」

「それならそれでいいの。ね、これからも時々会ってお話しましょ。それならいいでしょ?」

「うん、いいよ」

「ホント? ありがとう、嬉しいわ!」


 花嫁は興奮気味に両手で薄墨の手を包む。

 華やぐ笑顔が満開の花のように色鮮やかだったから、薄墨もまた心地よく笑うのだった。




「準備は終わりましたか」


 外から神使の声。

 花嫁がええ、と応じると彼が礼儀正しく入ってくる。


「ご迷惑ではありませんでしたか」

「大丈夫よ。自分で頼んだ事だもの」


 薄墨は失礼な発言にムッとしつつも堪えた。

 簡単に言葉を交わすと外へ。白無垢の花嫁が紋付き袴の花婿の下へ。

 向かい合う両者はとても絵になる。思わず息を呑む程。

 幸せそうに並んで控室へ向かっていった。


 その後ろを薄墨と神使はしずしずと歩む。二人、静かに、神聖な空気を壊さぬように。

 その上で神使は問いかけてきた。


「どう思いましたか?」

「どうって?」

「あなたにもずっと人として生きるという選択肢はあるのですよ」


 いつになく真剣な面持ち。声も厳かで、大きな意義のある問いだと伝わった。

 流石に薄墨も緊張して、じっと神使の顔を見る。


「なにも人間と結婚しろという訳ではありません。一人でもいいですし、気になるお仲間がいるのならその方も人間にしましょう。ええ、厄介者が増えるのは困りますが、話が通じるのならば歓迎します」

「えー」


 思い浮かんだのはつい最近見かけた顔。

 だが彼は嫌だった。次に会ったら今度こそ捕まえてやるとすら思う。他の同族も嫌いではないが、それ以上ではない。

 人間にもあまり関心はなかった。よく分からないというのが本音。

 花嫁は幸せそうで羨ましいが、やはり自分が同じ姿になるのは想像がつかなかった。


 それよりも興味があるのは、もっと身近ものだ。


「食べ物が美味しいからずっと人でも良いかも。特に今日はすごい豪華なんでしょ?」

「……そんな感想ですか。まだあなたに色恋は早いようですね」


 神使は呆れたように溜め息を吐き、しかしあなたらしいですけどねと優しく微笑むのだった。

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