植物に聞いてみた
ねこつう
第1話 ハルジオン
私は難病を患っていた。酷い痛みと認知能力の低下が起こった。体中に常に電撃を食らっているようだった。歩けば、足の裏が痛い。椅子に座っていても、お尻が痛い。布団に寝ていても、体重で布団と接している面が痛い。布団の重さで足首が痛い。横になってゆっくりした気持ちで休むということも難しい。睡眠不足とストレスで、髪の毛もボロボロと抜けて鏡を見るのが嫌になった。極度の疲労からなのか、頭がまとまらなくて、風呂に入ったり、着替えたりということすら、難しくなる始末。
何の罰ゲームだろうか。編集担当者が原稿の催促のために連絡してきたので、病気だというのだが、最初は仮病だと思われていた。いつものように適当な理由を考えて誤魔化す思考能力すらない。誤魔化すよりも何も、電話に出て自分の状況を説明すら最後の気力を絞り出すくらい力を込めないとできない。最悪の缶詰状態だった。
原稿どころではなかった。仕事どころか、日常生活にも支障を来たした。最初に診てもらった医者は「体に問題ありません、精神的なものです」というのだが、精神的なもので、これだけ体が強張り痛いだろうかと思った。ドクターショッピングを繰り返し、ようやく、難病だということを見つけてくれた医者も「治る人は、非常に少ない病気で、これからは悪化しないようゆっくり過ごしてください」と言った。恐ろしい事に、水が当たっただけでも痛いとか、体をまったく動かせなくなるレベルになる人もいるという。「それでも多くの人は、死ぬことは無いので、そこは安心してください」と言う。
この歳で、拷問のように引退生活なのか? 医者は強い痛み止めや、筋肉を和らげる薬、睡眠薬などを大量に出した。しかし、副作用で、頭がぼんやりしたり、ふらついて転びそうになる。
ついに、私に仕事の依頼は来なくなった。
これでは生きていけない。保健所や役所の福祉課にも相談した。しかし「法律に定められている難病ではないこと」「激痛であろうと、何とか動けてること」を理由に「高齢者でもないし、大変お気の毒ですが、公的に何かできる法的な枠組みがありません」と言われた。私より酷い境遇の人がいることは、十分わかっている。でも、世界から見捨てられたような気がした。
痛みで動きにくく、筋力が落ちて、一時期寝たきりになってしまった。自分が存在するだけで痛い。自分の意志に反して、頭の中で勝手に様々な死ぬ方法の映像、自分の死体の映像が流れるようになった。初めての経験だった。
このままでは、廃人になってしまうと思って、無理やり散歩を始めた。痛みと精神的混乱で、耐えがたい中、散歩で出会った植物に直接触ってみた。少し、気持ちが紛れた。
ほかにも早朝から、散歩している人は、たくさんいた。向こうから明るい挨拶をしてくれる人たちもいた。こんななんでもない事が、とても嬉しかった。私も挨拶をするようになった。挨拶しても、返してくれない人もいた。それだけならまだしも、いかにも不審な顔をして、逆方向に逃げるように歩いていく人もいた。激痛と疲労で、毎日酷い表情をしていたからだろう。そういう、ちょっとした事が、とても辛かった。
散歩を無理に続けていたが、やはり足の激しい痛みで、続けることが難しい。 私の体は、痛みとストレスでガチガチになっていた。血流を良くして、体を改善するには、力を抜きつつ運動をするという、今の自分には、誠に難しい事をやらねばならなかった。
最初は、プールに通っていた。体重をかけすぎず、バランスを取り、運動になる。が、あの忌まわしい感染症が流行って、プールが閉鎖されてしまった。別の方法を考えなければならなかった。
それでは、自転車はどうだろうと思った。痛みはやはり激しいが、プールの運動の甲斐あって、自転車は何とか乗れるようになっていた。注意力がとても落ちていて、普通に歩いても気をつけないと転びそうで危なかった。それでできるだけ人気の無い所を自転車で走った。この辺は田舎で、人も車も来ない所がたくさんある。
自転車のようなバランスを取らなければならない動きは、ガチガチではできない。力を適度に抜きつつ動かねばならない。私には合っているようだった。そして、散歩の途中に、やはり植物を見るようになった。生垣、花壇、街路樹、そして、空き地、雑木林。そこには、無数の植物たちがいた。
私は、スマホで植物たちの写真を撮るようになった。一眼レフを持って野鳥の写真を撮りながら元気に旅をしていた頃の事を思い出した。今は、ペットボトルすら長く持っていられない。外出時には、トイレの手洗い場の水を掬って飲んだ。動き続けなければ、寝たきりになってしまう。生きていくためには、綺麗とか汚いとか言っていられない。歩けるだけ、ありがたい。
傘も持っていられないから、雨のたびに行動に制限を受ける。傘が持てないなんて、考えた事も無かった。
指の力が無く、たびたびスマホを落としてしまうので、滑り止めのために、マスキングテープをべたべたと貼った。スマホのストラップを腕に巻きつけ落とさないように気をつけながら撮影した。
しかし、しゃがめないので、写真は常に上から撮影。いい構図じゃない。それも、ちょっと情けなかったが、それでも、写真を撮り続けた。
植物との出会いは、辛いリハビリの散歩のモチベーションになっていた。
その日、私は、少し自転車を止めて休んでいた。
「いつも頑張っておられますね」
ふいに声が聞こえたので、私は辺りを見回した。
「 ここです。私は、あなたがたが、ハルジオンとかハルジョオンとか、言っている雑草です。松任谷さんと言いましたか。有名な歌手の方が歌っておられるそうですね」
私は、その素朴な白ともピンクともつかない花を見た。ついに幻聴が聞こえるようになったかと思った。
「幻聴か、などと思っておられるのでしょうか? あなたは、狂ってなどいません。まあ、今、この辺りに人もいませんし、私とお話しても、頭がおかしくなったとは、思われませんよ?」
信じられない。植物が話しかけてくるなんて……
「 毎日、頑張っていらっしゃるなあと、感心しながら、拝見しておりました。あと、私に触れたりされていましたね」
「 いや、あの、変な意味ではなく…… 病気の痛みでどうしようもない苦しさが、葉や茎に触ると、気が紛れて」
ハルジオンがクスクス笑う声が聞こえた。
「ようやく答えてくださった。嬉しいですわ」
また、ハルジオンは笑った。
「セクハラだと訴えたりはしませんよ。人間の手の平の感覚は、脳の幅広い部分に働きかけるそうなので、そういうものがいいのかもしれませんね。医学は、特に神経系は、チョウセンアサガオさんの方が詳しいから、そちらに聞いた方がよいかもしれませんが」
これが、妄想なのかどうか、私は計りかねた。しかし、ハルジオンはとても親切に話しかけてきたので、少し穏やかな気持ちになった。妄想というものは、こんなに穏やかで親切な性質のものもあるのだろうか?
「 お休みの間、退屈がてらに、私の身の上話でも、聞いてくださいませ。私たちはどこにでもあるので、貧乏花などと言われたりもします。しかし、私たちも、これだけ広がるまでには、少しはドラマチックな紆余曲折があったのですよ?」
ハルジオンがドラマチック? その辺の雑草ではないか。何を言っているのだと、私は思った。
「 お疑いのご様子ですね。私は、大正時代に、アメリカから日本へ連れて来られました。観賞用の花として。大昔には、花屋で私たちは売られていたのですよ」
「 ハルジオンが、花屋で売られていた?」
「 ええ、ピンクフリーベインという流通名でした」
「 それが、どうして雑草に?」
「 流行の移り変わりの中で、人々は私たちに飽きてしまったのです。それで、取引きされないようになり、私たちは放置されました。エスケープ植物だなんて言われますが、見捨てられただけ。それでも、私たちは、野原や道端。山林で増えていきました」
「なんと逞しい……」 私は思わず呟いた。
ハルジオンは相変わらず静かな口調で言った。
「 幸運が重なっただけです。ところで、あなたは、ご病気みたいですが、どんな病気なんですか?」
「 死ぬ事は滅多に無い病気なのですが、激しい痛み、感覚過敏や疲労があります。認知能力が下がり、精神的に混乱してきたりもします。寝たきりになってしまう人もいます。いろいろな要因が絡み合った病気で、薬ですっと治るものではないのです。運動療法が一番効果があるということで背水の陣の思いでやっているのです」
「治った方はいらっしゃらないのですか?」
私は何度も何度も心の中で思ってきた事を言った。
「 いろんな研究があるので、一概には言えないのですが、三割とか四割とか。友人は、軽々しく『そこに滑り込めばいいだけじゃないか』と言ったりする。治療法が確立されていない上に、歩けば足の裏が痛く、座ればお尻が体重で痛く、布団で寝ていて体重で体が痛いなんて、経験したことないくせに! これに、一生取りつかれたままなのかと、思うと、耐えられない。外側にあるものなら、距離の取りようがありますが、自分の内側にあるものは、距離の取りようがありません。これから、どうやって生きていけばよいのでしょう?」
ハルジオンは、淡々としかし、少し悲し気な調子で言った。
「それは……聞いているだけで、とても、辛い状況ですね。私たちも、少しだけ似た経験があります。随分昔、人々は、私たちが生えている所に薬を撒きました。何年も、何度でも。移動ができない私たちは、その場の水分を吸うしかない。光合成の仕組みを利用して、毒素を作らせ細胞内のタンパク質やDNAを破壊する。苦しい死に方です。よくこんな方法を考え付くものだと感心しました」
「……除草剤ですか」
「 私たちは、異国の地で見捨てられ放りだされた。仕方なく適応して生き残っていただけです。しかし、人々、私たちが増えるのが邪魔だったみたい……」
「 すみません……」
「 いえいえ、関係無いあなたに謝ってもらっても」
ハルジオンは、苦笑の声を上げた。
「ウィルスや細菌、昆虫などは、世代交代のサイクルが速くて、薬剤耐性がつきやすい。それに対して、成長がゆっくりな植物は耐性がつきにくいと言われていました……」
「言われて……いました?」
「そう言われていたのですが、神さまは奇跡を与えてくれました。どれだけの仲間が倒れたかわからない。でも、世代交代の中で変異が起きた。除草剤が平気になったのです」
「……除草剤を克服してしまったのですか?」
「 ええ。これだけ広がって、かつ除草剤も大丈夫なら、私たちに決定打を与える手段は、もうありません。今では私たちは、遥か昔から日本にいるような顔をして、風景に溶け込んでいます……」
またハルジオンはクスクスと笑った。
「人間の病気の事は、わかりかねますし、酷な言い方をするようですが、心臓や脳が動いていても、諦めたら、そこで終わりではないでしょうか。私たちよりも、あなたの方が可能性というものがあるように思えるのです。
私たちが、除草剤に耐性を持ったのは、奇跡的な恵みだと思っています。なかなか人間に、そんな奇跡は起きないかもしれません。
しかし、三割、四割、治る確率があるなら、治る場合があるということ。絶対に治らない、ゼロだと絶望するのは、間違いだと思います。ポジティブに考えるのも、大切だとは思いますが、治らない人もいるのですから、絶対治るというのも、空々しい言い方でしょう。それでも、治る場合があるかもしれない。治らないまでも、症状が軽くなるかもしれない。生活が立て直せるかもしれない。良い方向に行く『かもしれない』と柔らかく思いながらいろいろと可能性を探りつつ生きるのは、ダメでしょうか。
私たちが、薬剤耐性を持つ奇跡よりは、分の良い勝負のような気がします。見た所、あなたは、随分、リハビリというのでしたっけ……を頑張れる人みたいですし。あ、人が来ましたね。あなたも、頭がおかしいと思われたくないでしょうから、おしゃべりは、このくらいにしておきましょうか。文字通り、草葉の陰で、応援してますよ。気が向いたら、ほかの植物にも、話しかけてみてはどうでしょう。みんな、なかなかですよ」
また、クスクスと笑ったあと、ハルジオンは沈黙した。ぼんやりしている私の傍を、通りがかった人が不思議そうに見ながら歩いていった。
ポジティブな考えで、確かに自分に暗示をかけ、心身を変えられる人はいるのかもしれない。でも、私は、どうしてもそんな気持ちになれなかった。「絶対治る」とか「絶対成功する」というのも、言い過ぎかもしれないが、「絶対に治らない」とか「人生が終わりだ」というのも、確かに言い過ぎだ。ハルジオンは膨大な苦痛と犠牲を乗り越え、薬剤耐性を持つようになった。
ハルジオンは情報を集めて、試行錯誤するという事ができようはずもなかった。ひたすらラッキーを信じて酷い毒物に耐えるだけだった。
私の状況の方が、ハルジオンの境遇より、良い方向へ転ぶ可能性は、はるかにあるかもしれない。
どこから立て直したらいいだろう……
ハルジオンのしたたかでたくましい生き様を知って、少し植物について調べてみた。陸上の植物が現れたのが四億五千万年前。人類の祖先が現れたのは二十万年そこそこ。彼らは、生命進化の大先輩なのだと知った。植物に対して尊敬の念が沸いた。
相変わらず、体中が痛いが、久しぶりに原稿を書いてみたくなった。指の細かい動きが、いまいちなのだが、ぎこちない動きで、私は次に書く作品のタイトルを打ち込んだ。
「植物に聞いてみた」
と。
植物に聞いてみた ねこつう @nekonotsuuro
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