第16話

そうして時が過ぎ、日の曜日が来ました。

日の曜日の夜は、一人で過ごす決まりです。

ですが、それは夜だけのこと。

執務は休みですし、陽が沈むまでは、番う以外は、誰と何をしてもかまいません。

このような日の曜日の決まりごとは、二人の夫との公平性を鑑みてとのことだと聞いていますわ。

曜日は七日間でひとめぐりしますから、二人と交互に過ごしますと一日余ります。

逆の立場でしたら、夫に、他にも愛する妻がいて、そちらを優遇されるのは、いい気はしないでしょう。

もちろん私は、二人の夫と平等に接することはいつも心がけていますわ。

幸いなことに、私はどちらも同じように好いております。

それでも、彼らの心中が気にならないといえば嘘になりますわね。

なので、七日に一度、一人の夜を過ごせるというのは、よい慣習だと思っていましてよ。

番うのは少々疲れますから、一日休めるというのも助かりますわね。

朝、土の夜の夫であったアイテルを送り出すと、ゆっくり沐浴をして、身支度を整えてもらいながら、オレンジの果汁とパンとチーズを食べます。

アイテルとまどろんでいた時よりも、陽はずいぶんと高くなっています。

のんびりと朝食を食べ終え、今日は何をしようかと考えながら露台に立った時でした。

涼やかな鈴の音がして、女官が入ってきます。

なんとなく、要件の予想はつきました。

女官は私の前まで進み出ると頭を下げます。

「姫様、今日は、お二人がぜひ姫様と過ごされたいと」

ああ、やはり、そうでしたわね。

「よろしくてよ」

そう告げて女官が退出しますと、再び鈴の音がして二人の夫が入ってきます。

アイテルとテフォンは、いつもの近衛服をまとい、金の指輪は首から下げていました。

二人は私の側まで来ると、足を止めます。

「おはようございます、ミティス様」

アイテルが微笑んで一礼します。

つい今朝方、肌を触れ合わせていましたのに、今はよそよそしい態度なのが、なんだかおかしいですわね。

「今日はどうする? 天気はいいぞ。また外に出かけるか?」

テフォンも相変わらずですわね。彼が変わるのは、私と深く繋がった時だけですから。

さて、今日はどうしましょう?

少し考えて、私はテフォンに返事をします。

「今日は図書室へ行きますわ。星見について調べたいことがありますの」

「なら、俺たちも供をしよう。職員はいないだろうが、大丈夫なのか?」

「ええ、どこに何があるかはわかっておりましてよ」

「ミティス様は、図書室で本をよくお読みになりますので」

アイテルの言葉に、テフォンが苦笑いを浮かべます。

「星見の本、か。このところ、姫は俺たちよりも星に夢中だったからな」

「女官に昼食を用意させましょう。以前と同じように」

すかさずアイテルが口を挟み、女官に下知を出します。

確かに私は、これまで星見に夢中でした。

それくらいしか、気を紛らわせられるものがありませんでしたもの。

ですが、今、私には二人の夫がいます。

以前とは、星見の意味が、少し違ってきておりますのよ。

それを、二人の夫は知っているのかしら?


それから、森へ出かけた時と同じように、女官が籠に昼食を用意して、アイテルに持たせてくれました。

支度が調いますと、三人で部屋を出て、階段へ向かいます。

図書室は塔の二階にあります。

前に森へ出かけたときは、暗い階段をアイテルと二人で降りましたが、今日はテフォンも一緒です。

もっとも、三人とも無言で、ひたすら階段を降りるばかりでしたけれど。

図書室の入り口は、壁にしつらえられた、大きな木の扉になります。

アイテルが木の扉を開けますと見慣れた光景が飛び込んできました。

本、本、本。

円形の壁に、びっしりと本が並んでいます。

吹き抜けの天井の上まで、本で埋め尽くされている様は、何度見ても圧巻ですわね。

塔の中で、この図書室だけは、塔の外の者にも開放されています。他の日なら、それなりに人がいることでしょう。

けれど今日は日の曜日ゆえ、人の姿はありません。私達だけで独り占め。塔に暮らす者の特権ですわね。

それにしても、壁一面に本が並ぶ様を見ていますと、心が躍ります。

もちろん、本は中身こそが大事だと存じておりましてよ。

ですが、本は、叡智が形を取ったもの。

それらがずらりと並ぶ様を眺めるのは、古今東西の叡智を眺めるのと同じです。

ええ、まるで、夜空の星々を眺めている気持ちになるのですわ。

しかも、さまざまに取りそろえられた叡智は、星と違って手に取って読むことができます。

読めば私の中に知識として蓄えられます。

あるいは体を動かすことなく、心を動かして、オケアノス中を旅することができます。

ああ、私のように塔から出られない者にとって、本とは、なんと素晴らしいものでしょう!

「ミティス様、いかがなさいますか?」

アイテルの声に、私は我に返ります。

アイテルは少し先にある広い机に籠を机に置きながら、私を見ていました。

アイテルの隣では、テフォンが机に腰掛けています。

「もちろん、本を持ってきますわ」

私は二人に背を向けると、星見の書棚がある方へ足を向けます。

「じゃ、俺たちも本でも読むか」

「テフォン殿はこちらは初めてでは?」

「もちろんだ。適当に回ってみるさ」

背後から聞こえる二人のお喋りに思わず笑いをこぼすと、私は階段へ向かいます。

星見の本は、階段を登った先の書架にあるのですわ。

けれど、目当ての書架へまっすぐ行くということは、なかなか難しいものですわね。

書架の中を歩くうちに、つい、あれこれ目移りしてしまい、関係のない本を手に取ってしまいますわ。

まずは香草の本。

大きな美しい絵で香草が説明されていて、庭園でも見かけるものがいくつか載っています。

それと、馬の飼育。

馬を健康に保つための飼育書のようで、良い食事の与え方や、体の手入れなどが細かく記載されています。

あとは季節の果汁。

季節ごとに、どの果汁がおすすめか、また、その混ぜ合わせ例が書かれています。

女官たちはこれを参考に、朝や昼に出す果汁を用意しているのかもしれませんわね。

そうして寄り道をしたのち、らせん階段を上って、無事、星見の書架にたどり着きました。

星見については必要なものはわかっています。

望みの本を見繕いますと、選んだ本を抱えて階段を降ります。

席に戻りますと、机の上には本が積まれ、アイテルとテフォンがそれぞれ本を広げて読み耽っていました。

「戻ったか。随分、時間がかかったな」

テフォンが本から顔を上げます。

彼が読んでいる本は、文字ばかりの、分厚いものでした。

「久しぶりですから、寄り道してしまいましたわ」

抱えた本を机に置きますと、アイテルが微笑を浮かべます。

「無理もございません。ここでの寄り道は楽しいものですから」

「本当、それですわね」

するとテフォンが不思議そうな表情を浮かべます。

「本なら上の執務室にも山ほど積んであるだろうに」

「あそこに積んであるのとは、また違いますわ。こうして、たくさんの本が一同に美しく整頓されて並んでいるのを見ますと、胸が躍りますのよ」

「なら次の日の曜日は、執務室の本の片付けでもするか?」

テフォンの言葉に、アイテルが笑いを漏らします。

「ふ、それは名案ですね」

「決まりだな」

二人の夫の何気ない会話を聞くのは、いつも楽しいものです。

私は一人、笑みを漏らしながら席に着きます。

私の前で、アイテルは、大きな地図の本を広げていました。

「オケアノスの地図ですわね。何か調べごとでして?」

私の言葉に、アイテルははにかむように笑い、地図に目を落とします。

「なにを調べようというわけでもないのですが、俺はずっと王都で……塔で、過ごしたものですから」

アイテルの白く長い指が地図に触れ、すっと動きます。

「ここが、塔。これが城壁で、これが、この間行った森。こちらが、皆が行く南の森」

地図をなぞるアイテルの指を、私も目で追います。

改めて見ますと、王都はそう大きくはありません。

ぐるりと城壁に囲まれ、北東にある門を出ますと、この間行った森と池があります。

塔と王宮は、王都の北東の端。塔と王宮を囲むように城壁があり、城壁の南には街が広がります。

南にある門のそばに大きな森と湖がありますが、こちらは、私は行ったことがありません。

「この辺り……王都の周りまでは行ったことがあるのですが、その先は、未だに」

アイテルはそう言いますと、指を東の海岸へと運びます。

「テフォン殿の故郷は、このあたりで?」

「ここだ。今はもう何もない荒野だがな」

褐色の指が、アイテルが差した少し上に触れ、さらに北の海岸沿いの街へと動きます。

「この街が、俺が拾われて育った場所だ」

「初陣はおいくつで?」

「十三。ここにいたのは十七までだが、地図を見ると、いろいろ思い出すものだな」

テフォンは真顔で、故郷のあたりに指を留め、地図を見つめます。

けど、それも一瞬でした。

「アイテルは外に興味があるのか?」

そう言ってアイテルを見るテフォンの顔には、いつもどおりの穏やかな微笑が浮かんでいました。

「それはもう。許されるなら従軍志願を出したかったくらいです」

「なら、姫の夫となってよかったな。軍の生活はひどいものだ」

テフォンは今度は指を北に動かしますと、川で止めます。

「この川が国境だ。川を挟んで何ヶ月も敵と睨み合ったのが懐かしいな」

テフォンはさらに、指を、川のすぐ南にある山地へと動かします。

「この渓谷は景観が見事でな。いつか三人で行きたいものだ」

「行きましょう、必ず。ねえ、ミティス様」

「ええ、約束ですわよ」

アイテルに答えながら、私は微かな高揚を感じます。

二人の夫と、いつかオケアノス中を旅する。

これは決して夢見事ではありませんわ。

今の私は、ある程度、外出の自由を持ちます。

テフォンはオケアノス中に詳しい高名な将軍ですし、アイテルは長らく護衛官を務めましたから各所の信は篤いです。

いずれ機を見て、国土の視察を申し出れば、許可が下りる可能性は高いと思いますの。

ああ、三人での旅は、きっと素晴らしく楽しいものになるでしょうね。

「テフォン殿は、先ほどから何を熱心に読まれているのですか?」

アイテルが地図から目を外し、テフォンの手元にある本を見やります。

「歴史書だ。我が国のな」

テフォンはそう言うと、困ったように微笑みます。

「俺は学がないからな、およそ本には縁がなかったが、読むのは嫌いじゃない。これまでは時間もなかったが」

テフォンは本に目を落とすと、ぱらぱらとページをめくります。

「先人の戦の記録には、ずっと興味があったのさ」

「それで歴史書なのですね。オケアノスの歴史は戦の記録ゆえ」

「そうだ。ま、どの国も、似たようなものだろう」

テフォンがアイテルの前に置かれた地図へと視線を移します。

「我が国の歴史は戦、そして巫の歴史だ。我が国の守りは防壁に頼り切ってきた。…いや、防壁ではないな。防壁がもたらす畏怖にだ」

褐色の指が、地図の王都に触れます。

「防壁が守るのは王都のみだが、その神秘は、近隣に広く知られている。敵国が恐れるは防壁ではなく、防壁が与えている幻想の恐怖だ」

「というと?」

「防壁があっても王都は落とせる。水源や補給を断つ、とかな。防壁は万能ではない。なのに敵国は、その神秘に目がくらみ、過剰に恐れている」

確かに王都の人間が死に絶えれば、防壁は意味をなしませんわ。

それは、テフォンが言ったように不可能ではないのでしょう。

「何事にも抜け道はあるものだ。遠い防壁の神秘など恐れない集団もいる。俺の故郷は、そういった奴らに焼かれた」

「確かに、王都から離れた土地では、防壁は何の意味もないでしょうね」

「そうだ。そして王都の外にも人は暮らしている」

「ゆえに彼らの守り手が必要なのですね。かつてのテフォン殿のような」

「さて、王宮は、どこまでわかっているか」

アイテルの言葉にテフォンは苦笑を漏らすと、微笑を浮かべて私を見つめます。

「それで、姫の収穫はどうだった?」

「星見の本をいろいろ見つけられましてよ。これからの星見の助けにしたいのです」

私はテフォンに答えながら、持ってきた本を仕分けします。

「ミティス様、こたびは何を予想されるのです?」

「向こう三年の天候ですわ。星が、寒さを呼ぶ並びになってきている気がしますの。その記録を記した本を、調べたくて」

私は、持ってきた中でもひときわ分厚い本を開きます。

過去の星見と天候の膨大な記録ですわ。

異常な天候が起きた時期と、星見の記録はだいたい頭に入っておりましてよ。この本の簡略版なら、上に置いてありますから。

三十五年前、我が国で大規模な冷害が起きました。

最近の星の並びは、その時の星の並びと一部、似ているのですわ。

「いかがですか?」

三十五前の頁を開く私の手元を、アイテルが心配そうに見つめます。

「昔、大きな冷害が起きたときと、今の星の並びは、似ていると思いますわね。もう少し調べる必要がありますけれど」

「念のため、こちらの本は上に持ち帰りましょう。職員には後で私から伝えておきます」

「そうね、頼みますわ」

それから、私はしばし本に没頭します。

やはり、星の並びは三十五年前のものに似ておりますわね。

もう少し星見を続けて、過去の記録と付き合わせれば、冷害が起きる時期を推定できるかもしれません。

テフォンの声が聞こえます。

「もし近いうちに冷害が起きるとしたら、糧食の備えをしないとな。三十五年前の飢饉は、辺境で大きな被害が出たと聞く」

「ええ。そういったことを防ぐために、ミティス様は星見を続けておられるのです」

「本当に、星を見れば、未来がわかるものなのか?」

「一日だけ夜空を見上げても無理でしてよ」

テフォンの言葉に、私は顔を上げ、慎重に言葉を選びます。

「星は、時間をかけて並び変えを繰り返しますわ。長い間、星を見ていますと、並びの周期がわかりますの。昔の記録をたどれば、ある並びのとき、おかしな天候になることもわかりますわ」

「なるほど、記録にある星の並びと、天上の星の並びを比べて未来を知るのか」

「さようですわ。空は、地上の記録ですのよ」

本を見た感じ、私の予想はある程度は当たっているように思えます。

前後の頁を精査して、所感を書類にまとめたほうがよろしいですわね。

「また報告書をお出しに?」

アイテルが咎めるような声色で言います。無駄なことを、と思っているのでしょう。

「ええ。学術院でもわかっているとは思いますけれけど、念のために報告書は出しますわ」

「それがいい」

私の言葉に、テフォンが即答します。

「姫の考えを文書で残すのは大事だ。無駄に終わるかもしれんがな」

「ミティス様は、もう何度も報告書を出しているのですが……そういうものでしょうか」

「そういうものだ。今は無駄となっても、後々役立つこともある」

不服そうなアイテルに向かって、テフォンはからりと笑うと、真顔になって私を見ます。

「天候は、世の全てに影響するものだ。糧食を産む畑仕事と漁、軍と戦。みな、天には逆らえない」

「そうですわね」

「そもそも、姫の星見は、我がオケアノスにとって非常に大事だ。巫の務め以上にな」

「そんなにですの?」

「そんなにだ」

テフォンが力強く断言します。

「防壁が守るのは王都だけだが、天候の予測は全土を守る。未来に不作が来ると分かれば、前々から備えられる。それが、どれほどの命を救うことか。防壁の比ではないだろう」

「確かに」

アイテルが短くつぶやき、地図を見ます。

「思ったのですが、さほどに星見が重要ならば、いっそ塔に拠点を設けてもよいのではないでしょうか。ここは王都で一番見晴らしが良いでしょうし」

アイテルの言葉を聞いた瞬間、私は息が止まりそうになりました。

ああ、どうして今まで、思いつかなかったのでしょう。

アイテルの言葉は思いがけないものでしたが、理にかなっておりました。そして私にとって望ましいものでした。

アイテルが言葉を続けます。

「塔に専任の学術官を置き、星見用に、遠見の大筒でもつければ、精度の高い観測ができるのではと。我が国にそういった施設はございませんし」

「そいつがてきれば、オケアノスは巫が守る国から星見が守る国へと変わるな」

テフォンが生き生きした表情になり、身を乗り出します。

「今以上に星見の精度が上がれば、確実に巫の力よりも星見が重要となる。力がなくとも巫は責められなくなるだろう」

私は、二人の夫を見ます。

彼らは、どちらも優しく微笑を浮かべ、私を見ておりました。

二人が、私の苦しみを、よく理解してくれていることを改めて感じます。

であるからこその、二人の言葉なのでしょう。

私の境遇に心を寄せていなければ、出ない言葉ですわ。

テフォンが険しい顔になり、口を開きます。

「俺たちの子には、姫のような苦しみを味合わせたくない」

アイテルが頷きます。

「同感です。力が覚醒しないこともありえますから」

私がこの先孕む子は、テフォンの子になるか、アイテルの子になるか、わかりません。

けれど、どちらの子であっても健やかに育ってほしいですわ。

巫の寿命は長くはありません。私の子もそうなるでしょう。

ならば、限られた時間を、絶望と寂しさと憎しみで満たすのではなく、楽しいことでいっぱいにしてほしいのですわ。

そのために、私ができることはなんなのでしょう?

少し考えたのち、私は二人の夫を見て、口を開きます。

「報告書と一緒に、陛下と宰相殿へ向けて、星見の拠点を塔に作る提案書を出しますわ」

「いいな」

「いいですね!」

二人の夫が同時に答えます。

「作れるかしら。星見の拠点、私に」

「わからん。だが言わないと何も始まらん」

「王宮への書類なら慣れております。いくらかは助力できるかと」

星見の拠点。

もし、できれば、必ずやオケアノスの役に立つことでしょう。巫の力なんかよりも、ずっと。

けれど、その大切さをわかってもらえるでしょうか?

私の言葉を、二人の父は聞いてくれるだでしょうか?

無理、ですわね。

二人の父にとって、私は長らく役立たずの娘でしたもの。

それでも、やれることがあるなら、無理を承知で、やってみようと思いますの。

「まずは、学術院への報告書の準備からやりますわ」

手元の本をめくりますと、テフォンが軽く声を立てて笑います。

「どうしまして?」

「いや、姫は変わったな。前向きになった」

意外な言葉に、返す言葉が出てきません。

私を見て、アイテルも微笑を浮かべます。

「さようでございますね。お一人で抱えず、悩む前に、目の前のことをおやりになるようになられた」

確かに、以前の私は、一人であれこれ考えて、どうせ無駄だから、わかってもらえないからと、すべてを内にしまい込んでいました。

心の内など、誰にも見せたくありませんでしたわ。

これ以上馬鹿にされ、惨めな思いをしたくなかったですもの。

ですが、今は違います。

少なくとも二人になら、心の内を見せることは厭いません。

「私、人に何か言われることが、気にならなくなってきたかもしれませんわ」

今の私には、巫の力があります。そのせいでしょうか?

私の言葉にアイテルが頷きます。

「俺も同じです。最近は人の目が気にならなくなってきました」

すると、テフォンが目を見開いてアイテルを見ます。

「気になってたのか?」

「それは、まあ。塔に来たときから、いろいろ言われてましたから」

「まあ、お前なら、やっかみもあっただろうな」

アイテルが無言で微笑を返しますと、テフォンがため息をつきます。

「死に損ねた軍人が、姫を妻にしたんだ、俺もなんと言われてるやら」

「わかります。でも俺は、こうなったのは、ミティス様の夫になってからなんです」

「私もですわ!」

思わず私は口を挟みます。

「二人と過ごすようになってからですの。前と違ってきましたのは」

「それは…」

テフォンがめずらしく、一瞬、間を置きます。

「家族、が、できたからだろうな。少なくとも俺はそうだ」

「わかります。俺もです」

アイテルが、笑顔で私とテフォンを見ます。

「家にいた時は、いつも重苦しくて。幼いながらも、塔に来た時はホッとしたものです。ずっと一人が良いと思っていたのですが、こうして三人で過ごすのは、なんだか落ち着きます」

「俺もだ。実の家族はともかく、養父の一家とはあまりうまくいかなくてな。ずっと、一人が気楽で良いと思っていたが」

テフォンは、あの太陽の光のような、朗らかな笑顔を浮かべて、私とアイテルを見ます。

「今は、これがいい。絶対に裏切らず、全てを受けいれてくれる味方がいるというのは、良いものだな」

「味方? 家族とは、そういうものですの?」

「違うのか?」

「違うこともありましょう。俺の家族は、少なくとも違います。ですが、俺たちはテフォン殿の言葉どおりの家族だと感じています」

「ああ、俺たちは互いに、この上なく信を置ける味方同士だ」

「そうですわね」

アイテルとテフォンの言葉が、体の隅々まで染み渡ります。

「本当に、そうですわ」

私たちに、血の繋がりはありません。

けれど、血がつながっていたけれど、私に関心を持たなかったお母さま。

明らかに私を疎んじていた二人の父。

彼らと違い、二人の夫は、私を愛してくれていると思います。

私も二人を愛していると思いますわ。

二人の夫は、多分、何があっても私のそばにいてくれますし、私の全てを受けいれてくれることでしょう。

そう、二人の夫は、ずっと私の味方でいてくれるに違いありませんわ。

もちろん、私も同じでしてよ。

私は、何があっても、二人の夫を受け入れ、味方でおりますわ。

星々に誓って、永遠に。

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