第15話
翌朝は、いつもどおりでしたわ。
アイテルと一緒に目を覚まし、アイテルの腕の中で少し微睡みます。
この、起きる前の
ええ、番う行為そのものよりも、こちらのほうが好きかもしれませんわね。
いつもどおりにアイテルが部屋を去りますと、私は寝台から起き上がり、オレンジ果汁とパンを食べながら、女官に身支度を整えてもらいます。
それから部屋を出て、控えていた二人と広間へ行き、霊水晶へ力を捧げます。
力は相変わらず体の隅々まで満ちておりました。
我が国も、きっとしばらくは安泰ですわね。
そうして朝の務めを終えますと、アイテルを見送り、テフォンを伴って執務室へ籠もります。
今日、アイテルは珍しく兄君に呼び出されて王宮へ行くのですわ。
安息祭に家に戻らなかったものですから、いい機会だと思いまして暇を出しましたの。
執務室の椅子に身を預けると、まずは壁に並んだ書物を眺めます。
執務室の壁は、すべて書架になっていて、隙間なく星見の本をならべてあります。
だいたいのことなら、下の図書室へ行くことなく、ここで事足りますのよ。
ずらりと並んだ本を見ておりますと、少なくとも星見については、その多くが私の手が届くところにあると、安心できますの。
執務室の壁の一部は、庭園に面しています。
庭園から差し込む穏やかな光と風が、薄暗い部屋を彩ります。
記録のまとめや書物に疲れた時は、庭園を眺めますの。
木や草や花を見て、小鳥のさえずりを聞きながら、少しばかりぼうっとすると心が和らぐのですわ。
……あら。不思議ですわね。
なんだか前よりも、庭園の光景が、ずっと美しく、鮮やかに感じられますわ。
あそこの日に照らされた草は、なんと柔らかそうで、心地よさげに風に揺れているのでしょう。
今日、小鳥たちは、なんと楽し気に囀りあっているのでしょう。
執務室には、私と護衛官以外は入りません。とても静かで穏やかな場所です。
この心持ちは、この部屋そのものがもたらしてくれるものかもしれませんわね。
そうしてしばらく、美しくも平穏な庭園の光景を楽しんだ後、私は星見の記録へ取り掛かります。
テフォンは、執務室の入り口に立ち、見張りをしてくれます。
彼は、いつも、私を放っておいてくれます。
無視するわけでもありませんし、話しかけてくるわけでもありません。ただ、黙って傍にいてくれるのですわ。
考え事をしているときなど、私はテフォンの存在自体を忘れることがよくあります。
それくらい、彼は静かに、透明になって、側に控えてくれるのですわ。
もちろん、これはアイテルも同じです。
それで、今日も私は安心してペンを取りますと、星見の記録をまとめることに没頭していきます。
ああ、テフォンとアイテルは、きっと防壁なのですわね。
私をじっと見守ってくれる、この上なく頼もしい防壁なのですわ。
それから、私は星見の記録をまとめることに専念しました。
昨日、アイテルがつけてくれた火星の記録。
それよりも前の星見の記録を、ひとつにまとめあげ、羊皮紙に記していきます。
こういった書類を、私はこれまで何度も、護衛官を通じて学術院へ提出してきました。
そのうちのほんの少しばかりが、学術院の星見の報告に取り入れられています。
巫の力がなかったとき、私にできることは星見しかありませんでした。
星見の記録が学術院に採用されるのはほんのたまにでしたので、虚しいばかりでしたわ。
それでも星見をやめなかったのは、やはり星を見て記録にまとめるのが好きなのでしょうね。
私などには生きる価値がないと思い、塔から身を投げようとしましたけれど、テフォンが救ってくれました。
おかげで私は今、この部屋で、美しい庭園を眺めながら、小鳥のさえずりを聞きながら、心の赴くままにペンを走らせることができます。ええ、それはもう、心穏やかに。
そうして無事に星見の記録をまとめ終えますと、机から顔を上げます。
テフォンは入り口近くに立ったまま、台の上に本を広げて眺めておりました。
「終わったのか?」
テフォンが本から顔を上げ、私を見ます。
「ええ。何を読んでいましたの?」
「読んではいない。眺めていただけだ」
テフォンが苦笑いを浮かべます。
テフォンが見ていた本には鳥の図がありました。
鳥や植物を記録した図鑑ですわ。私も何度も読みました。
「あまりに精巧な図だったものでな。感心しながら眺めていた」
「その本、庭園に来る鳥や草花が多く載ってましてよ」
「どうりで。知っているものばかりで興味深かった」
そう言って、テフォンが破顔します。
相変わらず、笑うと一気に幼くなり、少年のようになりますこと。
「報告書を出してきますわ」
「星見のか?」
「ええ。ある程度まとまりましたから、やっと学術院へ出せますのよ」
立ち上がって扉を開けますと、すぐに女官が来ます。
女官に書類を渡し、私は出した本や書類を片付けます。
テフォンが図鑑を閉じ、書架に戻しながら言います。
「星見は、いずれ必ず我が国の護りの要になるだろう。巫に頼らない、護りのな」
「……だといいのですけれど」
「そうなるさ。星見の効能が広まれば、俺たちの子の負担も軽くなる」
もし。
もし、テフォンが言うとおりになれば。
私たちの子に巫の力がなくとも、責められることはなくなるかもしれません。
その日の夜、定めどおり、鈴の音と共にテフォンが訪れました。
昼とは違う、白い薄手の衣に身を包んだテフォンの姿を、私はとても好んでおりますのよ。
薄手の衣は、彼のたくましさを引き立たせ、褐色の肌に良く映えます。
テフォンは私の夫ですから、私はその姿を、存分に堪能できるのですわ。
私が寝台から立ち上がりますと、テフォンは微笑んで大股に近づいてきます。
どちらからともなく近づいて抱き締め合うと、香辛料の香りと温もりが、体いっぱいに染みこみます。
テフォンの体は大きくて温かく、こうして包まれていると安心します。
布の下の肌は、もっと熱くて滑らかですのよ。
しばらく触れあった後、テフォンが身を離します。
テフォンを見上げますと、テフォンは微笑んだまま、私の頬に大きな手をあてました。
この後、テフォンが何をするのかは知っていましてよ。もう、すっかり、慣れましたから。
思ったとおり、テフォンが身を屈めますので、私は目を閉じます。
柔らかな唇がそっと触れてきて、何度か唇を合わせます。
テフォンと唇を合わせるのは、肌を合わせるのと同じくらい好きですわ。
テフォンは、昼、側に控えているときは、よそよそしいほどに距離を取ります。
言葉もほとんど交わしません。
ですが、夜、二人きりで過ごす時は、とても優しく甘いのです。
その最初の変化のきっかけは、いつも口付けなのですわ。
たっぷりと口付けを交わし会った後、唇を離しますと、テフォンが耳元で囁きます。
「昨日は、外で睦み合ったのか?」
思いがけない言葉に、思考が固まり、背筋がさっと寒くなりました。
ええ、昨夜、確かに私はアイテルと、露台で愛し合いましたわ。
「声が、ここまで聞こえてきた」
テフォンは、甘く低い声で囁き続けます。
「何回やった?」
答えられません。正直、わかりませんわ。
露台で愛し合った後もアイテルの情熱は冷めませんでした。
寝台へ運ばれてからも、何度もアイテルと繋がりましたわ。
これまで幾度か回数を重ねたことはありましたけれど、アイテルがあんなにも求めてきたのは初めてでした。
「……わかりませんわ」
正直に伝えますと、テフォンはふっと笑いを漏らします。
「まあいい。今宵の夫は、俺だ」
テフォンは私をじっと見つめながら、言葉を紡ぎます。
「姫、膝をつけ」
言われたとおりに、その場に膝をつき、テフォンを見上げますと、大きな手が伸びてきます。
テフォンは、私の頭に触れ、優しく撫でます。
そして、もう片方の手で己の衣の裾をたくし上げます。
頭に触れる手が、それへと誘います。
熱くて固いそれは、何度も私の体の奥に触れ、快楽を与えてくれるものですわ。
テフォンに誘われるまま、私は、それを、そっと口に含みます。
少し塩気のあるそれを、丹念に口へ含んでいきますと、テフォンが切なげな吐息を漏らします。
アイテルもこのようにされるのを好みますけれど、テフォンも同じですのよ。
つながってしまうと我を失ってしまいますから、これが唯一、私から快楽を与えられる一時なのかもしれません。
私は、テフォンが快楽を感じてくれるのが、とても嬉しいのですわ。
ですから、夢中で舌を這わせ、口内で愛し続けます。
……どのくらいそうしていたことでしょう。
「ここまでだ。これ以上はもたん」
テフォンが掠れた声で言い、身を離します。
見上げますと、テフォンは笑っておりました。
太い指で、私の濡れた口元をぬぐいますと、テフォンは私を抱き上げます。
ああ、次は彼の番でしてよ。
テフォンは私を寝台へ運んでそっと降ろしますと、隣に腰掛け、私の腰を抱き寄せます。
テフォンの大きな手が、私の腰を持ち上げ、自身の上へと誘います。
跨がりますと、入り口に熱いものが触れ、あまりの心地良さに腰が震えます。
両腕をテフォンの首へ巻き付けますと、テフォンはさらに私の腰を強く抱き寄せます。
そのまま揺らされますと、声が我慢できなくなってきます。
テフォンの熱に、香辛料のような香り、肌の滑らかさ。
どれも愛おしくて、気持ちが良くてたまりませんの。
「こんなに蕩けて……。姫は、口に含んだ後は、いつも昂ぶるな」
刺激の強さに、気が遠のきそうになりますが、テフォンにしっかりと抱きついてなんとか堪えましたわ。
ですが、我慢にも限度がありましてよ。
もっと強い快楽が、今すぐ、奥に必要ですの。
「入って……お願いですわ……」
私の懇願に、テフォンは私の腰をなでて、くすりと笑います。
「なら、自分でやってみるんだな。俺の体にも慣れた頃合いだろう?」
言うなり、テフォンはゆっくりと仰向けに倒れます。
「姫、跨がれ」
寝そべったテフォンの大きな手が私の腰をつかみ、上へ導きます。
「そうだ、そのまま、腰を落とせ」
当たるものは、さっき触れあっていた時よりも、ずっと熱くて大きく感じました。
自分で受け容れるには、少々怖いですわね。
「ほら」
テフォンが優しい声で囁きますと、私の腰を強くつかみます。
テフォンの導きのまま、私はゆっくり腰を落としていきます。
少し違和感と恐怖はありましたけれど、体は、テフォンを受け容れる準備がすっかり整っておりましたので、難なく彼を迎え入れられました。
つながったままテフォンを見下ろしますと、テフォンは面白そうな表情を浮かべて、私を見上げています。
いつもテフォンを見上げているものですから、彼の顔を見下ろすのは、なんだか不思議ですわね。
褐色の体に包まれた、なだらかな丘がいくつもある腹部にそっと手を当ててみます。
テフォンの肌は滑らかで弾力があり、手の下で鼓動が脈打っているのがはっきりと感じられました。
「まったく……」
テフォンは笑いをこぼすと、手を伸ばして、私の胸へと触れてきます。
太い指が胸の先端を弄ぶと、甘い快感が走ります。
「動かないのか?」
「どうすればよろしくて?」
「はは、どうにでも」
テフォンは私の胸から手を離しますと、私の腰をつかみ、ゆっくりと前後に揺らしはじめます。
「こうやって、好きに動いてみればいい」
おずおずと腰を前後に揺らしてみますと、優しい刺激が生じます。
「それだと物足りないだろうに」
テフォンが私を見上げて笑います。
「自分で好きなところを探してみろ」
テフォンの大きな手がまた伸びてきまして、胸をまさぐります。
甘い感触が胸の先端から全身に走り、思い切って、腰を大きく揺らしてみます。
ああ、なかなかよろしくてよ。
快感が体の奥へ広がっていき、テフォンの熱と質量が存分に感じられます。
「気持ちいいか?」
「ええ、よろしくてよ」
私は揺れながらテフォンを見下ろします。
「あなたは?」
「最高だ」
そう言うなり、テフォンは、いきなり腰を突き上げてきます。
奥に固くて熱いものが突き刺さり、強い快感が走ります。
それからテフォンは私の腰を両手で掴むと、激しく下から突き上げ始めました。
絶え間なく下から奥を突かれるのはとても気持ちがよくて、我を忘れていきます。
「いい、ミティス」
テフォンが掠れた声でそう呟き、さらに動きが強まります。
私とテフォンが互いの体を打ち付け合う音と、私の甘い声が、部屋に響き渡ります。
こんな声に、こんな音。
自分のみっともないものを曝け出すなんて恥ずかしいと思いますけれど、あまりの快感に、羞恥はひらりと飛び去っていきます。
テフォンは少し苦しげな顔で私を見上げたまま、腰を打ち付け続けます。
いつも冷静なテフォンが、今は私を、私の体を貪っておりますのよ。
ええ、私に夢中になっているのですわ。
私と同じく、悦びを感じているのですわ。
その事実は、私を強く高揚させます。
快感はさらに高まっていきますけれど、何事にも限界はありますわ。
もう、体に力が入りません。
するとテフォンが動きを止め、私を抱き寄せながら身を起こします。
テフォンに抱えられたままぐったりしておりますと、テフォンは私を下にして、ゆっくりと寝台へ倒れていきます。
私の背が寝台へ着きますと、テフォンは私の髪をなでて笑います。
「行くぞ」
テフォンの手が私の足を開きます。
いつものようにテフォンに組み敷かれますと、私は彼の広い背にすがりついて、また快楽へと溺れていきます。
激しくテフォンに貫かれるうちに、体が溶けてなくなりそうになりますわ。
ええ、テフォンの体に吸いこまれるようですのよ。
やがて、互いに快楽の限界に到達しますと、私達は抱き締め合って、息を整えます。
テフォンの荒い息が、耳元で聞こえます。
テフォンが私をどう思っているかは正直、わかりません。
でも、彼は少なくとも優しいですし、私を傷つけません。
こうして繋がるのは気持ちよく、温かく、安心もします。
私は、テフォンの肌と体が好きですし、普段は見せることのない、テフォンの荒い息に、汗で濡れた肌を愛おしく感じます。
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