第4話
雛鳥を見送ってからの日々は、それはもう、これまでと何も代わり映えしないものでした。
霊水晶はうんともすんとも応えず、女官達は冷たく、アイテルは忠心変わらず仕えてくれ、庭園は穏やかで美しいままでした。
あの場所も、変わらぬままです。気づかれておりませんわ。
もちろん、天の星は、地上で何が起きようとも、天の理に従い、動いております。
ああ、テフォンは、前のように険しい顔で私を見ることはなくなりましたわね。力なき巫を憐れんでいるのでしょうか。
テフォンの腕の傷は深く、剣を振るのに支障があるとのことで、前線には戻らないそうです。しばらく塔に居座るようですわね。
けれど、歴戦の将軍なのですから、軍に戻ればいくらでもやることはございましょうに。
女官達が噂するように、力のない巫と塔の動きを探っているのかもしれません。
そんなとき、塔に客人が、ええ、大変に迷惑な客人が押しかけてきたのですわ。
私の父たちです。
「久しいな、ミティス。巫としては相も変わらずといったようだが」
広間に来るなり、言葉を投げかけましたのは父の一人。国王陛下でしてよ。
金髪に緑色の瞳。
高くも低くもない背に、やや太めの体。
白い単衣に、金糸で刺繍が施された紫の外套。
衣が華美であることを除けば、塔にいる壮齢の殿方と何も変わりないですわね。
私と同じ、金髪緑目からして、私の父は、国王陛下なのでしょう。皆もそう噂しておりますのよ。
陛下は私をご覧になり、笑顔をお浮かべになりますけれど、緑色の目は笑っておらず冷ややかでした。女官長と同じですわね。
続いて、王の後ろに控える、薄茶色の髪に、青い瞳の殿方が、恭しく一礼します。
「姫様におかれましては、お健やかにお過ごしのようで、幸いでございます」
白い長衣に、金糸刺繍の、赤い外套。
こちらは我が国の宰相殿。私のもう一人の父ですわ。
私に二人の父がおりますのは、我が国の風習ですの。
男であれ女であれ、巫は、番を二人娶るのが、古くからの決まりなのですわ。
巫は、常人よりも寿命が短く、子を成しにくいため、このような決まりができたようですわね。
そのようなわけで、お母さまにも二人の夫がおりました。
今、私の目の前にいる国王陛下と宰相殿ですわね。
すると、アイテルがさっと私の前へ進み出て、陛下へ向かって恭しく一礼します。
「恐れながら陛下、姫様はこれからお務めがございます。突然の御幸ですが、何用でございましょう?」
「姫……いや巫の視察だ。時間ができたものでな」
陛下が、ぐるりと広間を見渡しになられます。
朝早くに、騒々しい行列を引き連れて塔へいらした理由が私の検分とは、迷惑極まりないですわね。
ええ、陛下は、昔から、私を蔑んでおられますの。
塔を訪れることも、ほとんどありませんでした。娘に巫の力がないのですから当然ですわね。
「ふむ、塔も姫も、変わりないな」
そう仰せになりますと、陛下はアイテルへ視線を戻され、笑顔をお浮かべになります。
「そちは見るたび、凜々しくなっていくな。そちのような護衛がいれば、姫も安心だ」
「恐れいります」
アイテルが一礼し、琥珀色の髪がさらりと揺れます。
「そちの兄にも伝えておこう。そちの兄も父も、よく尽くしてくれている。一家揃って忠義なことだ」
「光栄でございます」
アイテルの家は、王室とも繋がりのある名家ですわ。お父上、兄上そろって王宮でご活躍だとか。
アイテルが姿勢を直立に戻しますと、王はテフォンへと目を向けます。
テフォンは、胸に手を当てる軍式の礼を取って応えます。
今度は陛下ではなく、宰相殿が口を開きます。
「将軍が傷を癒やしに王都に戻ったというのに、陛下はご多忙ゆえ、ねぎらいに参れず。巫の護衛に着任したと聞き、本日は、なんとしてもとのご意向で」
「ご配慮、痛み入ります」
怪我を負ったとはいえ、高名な将軍がなぜ私の護衛にと思っていましたけれど、ようやく納得できましたわ。
これは、間違いなく、軍の意向ですわね。
皆様方、私がどれだけ不甲斐ない巫かを知りたがっております。
陛下とて同じこと。
今日のことも、テフォンからの報告を受け、塔に捨て置いた娘に説教したいとでも思われたに違いありませんわ。
その時、女官長がさっと進み出て一礼します。
「陛下、姫様と積もるお話もございましょうが、姫様はこれよりお務めがございますゆえ」
「おお、そうか、邪魔をしたな。ちと早かったか」
王は、そう仰せになりますと、宰相殿と、後ろへお引きになられます。
「さあ、姫様、ご準備を」
女官長の言葉は無視できません。私はしぶしぶ、霊水晶の前に進み出ます。
ああ、広間にいる皆の視線が、注がれているのを感じますわ。
嘲り。苛立ち。失敗を希う心。
私への悪意をひしひしと感じますわ。
でも、ご安心なさって。
あなた方が何を思おうと、私は今日も、上手くいきませんから。
ああ、本当に、どうしてこんな惨めな姿を皆にさらさなくてはならないのでしょう?
私にも恥はございますわ。
このようなこと、とても平静ではいられませんことよ。
乱れた心のまま、私は目を閉じ、両手を組み合わせます。
今日も、視界の奥で、青白い光がちろちろと揺れています。
確かに私には巫の力がありません。それは、大いなる罪ですわ。
ですが、これ以上、どうすればよいのでしょう?
もうじき私は十七です。
お母さまと同じく、近いうちに、二人の夫を迎え入れることになりましょう。
けれど、私の子が、巫の力を持って生まれてくると、誰がわかりまして?
霊水晶は、私の子になら、力を授けてくれるのでしょうか?
もし、私の子も、同じように力が目覚めなかったら?
ああ、そのことを考えると、今すぐ消えてなくなりたいですわ。
そうして目を開けますと、やはり霊水晶は黄金に光ることなく、青白い光をたたえておりました。
「なるほど、進展なしか」
陛下の声が、広場に響き渡ります。
「報告通りですな。巫としては役立たずと」
宰相殿の声が続き、二人の父が、呆れたような表情を浮かべて近づいてきます。
陛下と宰相殿は私の前で足を止めると、じろりと私を見下ろします。
「なれば、子作りに励むしかなかろう」
「直に十七、頃合いでしょう」
ええ、予想どおりですわ。どうせ、この件だろうと、わかっていましてよ。
二人の父は、もう私を見ようとせず、二人で話し始めます。
「ノトス王子なら、姫様と釣り合いが取れましょう」
「ああ、あれがいたか。まあいいだろう」
「もう一人は、王家とは少し血筋の離れた者がよろしいかと」
「誰でもいい。適当に見繕え」
「かしこまりました。血が濃くならないよう、よき家柄の者を見繕っておきます」
「ミティス。直にだ。わかったな」
陛下はそれだけをおっしゃいますと、宰相殿と共を連れて、広間から出て行きます。
父二人は、二度と私を見ることはありませんでした。
……ええ、わかっておりましたのよ。
二人の父が、私のことなど、なんとも思っていないことは。
それでも、心のどこかで期待していたのですわ。
もしかしたら、言葉にしないだけで、少しは私を大切に想っているのかもしれない。婚姻の件も気遣ってくれているのかもしれない、と。
本の中のお話では、親は子を大切にするものです。そういったことが、私にも起きるかもしれないと思っていましたの。
愚かですわね。霊水晶の件と同じですわ。
二人の父にとって、私は塔に捨てた娘で、子供を産ませる道具なのですわ。
私が、毎日、何に苦しんで悲しんでいるのかなんて、どうでもいいことなのですわ。
ああ、もし、私の子に、巫の力がなかったら。
巫の寿命は長くはございません。
お母さまのように、私は、その子が幼いうちに旅立つでしょう。
その子は、ひとりぼっちになり、私のように苦しい想いをするに違いありませんわ。
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