3.貴女は他の色に染まらないで

「……りくみね、さん……?」

 クリオネの怪物の正体が私だと分かり、いぬさきさんは明らかに動揺している。顔を見なくても、声だけでそれが分かった。


「待ってくださいっす!」

 私はいたたまれなくなって、この場から立ち去ろうと、戌埼さんに背を向けた。けれども戌埼さんの必死な声に、思わず足を止める。


 恐る恐る振り向くと、変身を解いた戌埼さんの、涙に濡れた瞳と目が合う。


「あの……ありがとうございました。家族を助けてくれて」

 戌埼さんはそう言うと、深く頭を下げた。その姿に、胸がチクリと痛み、私は視線を逸らす。


「違う……。そもそも私の──」

「それからすみませんでした」

 私の所為で、貴女の家族は巻き込まれたのだと。だから助けるのは当然だと、そう言おうとした私の言葉を遮って、戌埼さんが謝罪してきた。けれど、何を謝られているのか分からず、私は困惑する。


「ジブンは……アナタ達を、倒すべき敵だと思い込んでいたっす。だけど、本当の悪は、ジブンが所属している組織の方で……怪人さん達は皆、大切な人を奪われた被害者だったのに……」

 涙をボロボロ流しながら、戌埼さんは言葉を紡いだ。


 戌埼さんが所属するヒーロー組織『ヘルト』は過去に、非人道的な人体実験を行っていた。

 その被害者は、私達『怪物軍団イレーズ』の大切な人達だ。


 実験で命を失った者。失敗作だと殺された者。上手く逃走した者は……怪物が人間に紛れて生活しているとを流され、歪んだ正義感を持った一般人に殺められた。


 実験に関わった身内の死に疑問を抱いた者も……姉さんの死の真相を知ってしまった私も、そんな風に消されるハズだった。けれど、イレーズの人達に助けられ、彼らと共に私はこの世界に復讐する事を決めた。


 でも、戌埼さんにとっては、そんな事実など関係ないハズだ。彼女がヘルトに所属したのは人体実験が行われた後で、過去の事は何も知らされずに、私達怪物と戦わされていただけなのだから。なのにどうして、そんなに涙を流して……謝罪までしたのか私には解らない。


「ジブン、もうどうすればいいか、分からなくて……。ジブンはもう……これ以上、陸嶺さん達の邪魔はできないっす……」

 戌埼さんのその言葉に、心がざわつく。復讐の邪魔をされないのは好都合なハズだ。元々の作戦とは違うカタチだが、障害となるヒーローの心を折れたのだから。


 それなのに私は……どうしてこんなにも、ショックを受けているのだろう。


「……戌埼しゅ、貴女は何の為にヒーローになったの?」

「え……?」

 自分でも無意識の内に、そんな問いかけをしていた。無性に腹が立って……こんな戌埼さんは……ヒーローは見たくない。心の底から、そう思ったのだ。


「貴女の事だから、家族や友人を守りたくて、ヒーローになったんじゃないの?」

「それは……その通りっすけど……」

 これはものすごく勝手な想いだ。勝手だと分かっていても、彼女には赤色の似合うヒーローのままでいてほしい。そう願わずにはいられない。それを自覚した途端、言葉が止まらなくなる。


「だったら最後まで守り切りなさい。この程度で何を揺らいでいるの? 周りがどうであれ、貴女はただ自分の守りたいものを守ればいいだけ。貴女は自分の正義を最後まで貫けばいいのよ」

 あぁ、なんて身勝手な言葉なんだろうと、自分でも思う。それでも私は、心の底から、戌埼さんには赤色の似合うヒーローのままでいてほしいのだ。


 そして、できれば……もし、贅沢な願いを言っていいのなら……私は貴女に倒されたい。倒されて、この世界中の人を巻き込んだ、馬鹿げた復讐を終わらせたいと願っている。




 あれからまた、月日が流れた。

 身勝手な言葉を戌埼さんにぶつけるだけぶつけてあの後、私は基地に逃げ帰った。


 恐らくボスは、あの日の私の行動を全て把握している。それでもボスは私に何も罰を与えず、咎める事すらもしなかった。その理由が何であれ、彼女達に倒される未来しか見えていない今の私には正直、どうでもいい事だ。


 最期に与えられた仕事は、まだ戦う意思のあるヒーロー達の足止め。私の目の前に立ったのは……赤色のヒーローだ。


 まさか、願いが叶うとは思っていなかった。戌埼さんなら絶対に立ち直ると信じてはいたが、最期に彼女と戦えるなんて……。そんな贅沢な最期など、私が与えてもらえるなんて思ってなかったから。


 だから全力で戦った。倒されるべき怪物らしく。きちんとヒーローに、息の根を止めてもらえるように。


 やっぱり戌埼さんは強い。私が全力を出しても、圧倒してくる。


 怪物の身体がボロボロと崩れて、彼女が手に持つ戦斧せんぷが、私の首目掛けて振るわれた。これで終われる。そう思った瞬間、戦斧が首元でピタリと止まった。


 戸惑っていると戌埼さんは戦斧を投げ捨て、変身を解く。それから半分以上、人間に戻った私を抱きしめた。

「……どうして……?」

「ジブンが迷ってた時、言ってくれたっすよね? 『周りがどうであれ、貴女はただ自分の守りたいものを守ればいいだけ』って。その言葉のおかげで、ジブンは前を向けたっす。だからジブンは……陸嶺さんの事も守りたい。絶対に守るって、決めてたっす」

 戌埼さんはそう言うと、私と目を合わせてニコリと笑った。彼女のその笑顔がまた、姉さんと重なる。


「でも私は……罪を重ねてきた。姉さんの仇を取るために、たくさん人を手にかけて――」

「だからって死んで償うのは間違ってるっす」

「じゃあ、どう償えば……」

「それはこれから考えていけばいいんすよ。生きてジブンと一緒に、罪を償ってくれませんか?」

「貴女には……償うべき罪なんてないでしょう?」

「あるっすよ。真に救うべき相手を……陸嶺さん達を苦しめてた。それがジブンの罪っす」

「そんなの……」

「それに、こうも言ってくれたっすよね? 『貴女は自分の正義を最後まで貫けばいいのよ』って。だからジブンはジブンの正義を貫くっす。アナタ達への償いをするのも、ジブンの正義っすからね」

「なにそれ……意味が分からない」

 解らないけど、彼女が決めた事なら、間違いではないのかもしれない。


 これからどう償っていけばいいかも、今はまだ分からないけど……。許されるなら、戌埼さんの隣で罪を償っていきたい。


「やっぱり……ジブンと一緒はイヤっすか……?」

 戌埼さんの不安げな瞳と目が合う。その目に見つめられ、私は自然と首を横に振っていた。


「私は……許されるなら、生きて貴女の隣で罪を償っていきたい」

 チェーンに通してネックレスにしていた姉さんの指輪形見を握りしめ、そう答えると戌埼さんにもう一度、抱きしめられた。

「ありがとうございます」

 戌埼さんは泣きそうな声でそう言った。


 私は彼女の体温を感じながら、完全に人間の姿に戻り、目を閉じる。それと同時に、一筋の涙が頬を伝った。



【END】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

流氷の天使は温かな赤色に包まれて 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ