2.温かな赤い明かりと残酷な炎

 私はどうして、ここにいるのだろう……。


 広くてキレイなリビング。目の前のダイニングテーブルの上に並んだ、美味しそうなたくさんの料理。私の右隣の席には彼女……つい先程、名前を知った、いぬさきしゅさんが座っている。


「遠慮せずにたくさん食べてね」

「はい。ありがとうございます……」


 戌埼さんのお母さんからお皿を受け取りながら、私は今の状況や知ったばかりの情報を整理する。


 正面には戌埼さんのご両親が、長方形のテーブルの短辺部分には幼い双子の妹さん達がそれぞれ座っている。戌埼さんと妹さん達は随分と年齢が離れていて、まだ五歳らしい。


 助けてくれたお礼がしたいからと、私は戌埼さんの家に招待され、手料理を振る舞われている。戌埼さんのお誘いを断ろうと思えば、断れたハズだ。それなのに私はなぜか、敵対組織に所属する人の家に来てしまった。本当に私は何をしているのだろう……。


「おねぇさん、どーぞ」

「ありがとうございます」

 ここまで来たからには何も食べない訳にはいかない。けれど何から食べていいのか分からず困っていると、妹さんがニコリと微笑みながら、フォークに刺した唐揚げをくれた。それをお皿で受け取ろうとすると、フルフルと首を振った後に、「あーん」と言われてしまう。


「えっと……」

「あ! 撫子なでしこダメっすよ! りくみねさんを困らせたら」

「いーや! あーんするの!」

 私が戸惑っていると、戌埼さんが割って入ってくれた。だけど、妹さんの瞳がうるうるしてるのを見て、私は思わず差し出された唐揚げを食べた。すると、顔を綻ばせて「おいし?」と聞かれたので、私は唐揚げを飲み込んでから「美味しいです」と答える。


「あー! なでしこだけずるーい! あたしもネオおねぇちゃんに、あーんしたい!」

「ちょっ……この調子だと、陸嶺さんが落ち着いてご飯を食べれないっす! だからももは朱那お姉ちゃんで我慢するっすよ」

「え〜しかたないな〜」

 戌埼さんは自分から「あーん」と口を開き、妹さんが差し出した唐揚げを食べた。


「ふふっ……騒がしくてごめんなさいね」

「いえ、そんな事は……」

 戌埼さんのお母さんは困ったように笑い、お父さんはお箸を置くとニコリと微笑んだ。


「陸嶺さん、朱那を助けてくれて本当にありがとう」

「ありがとね」

「そんな……私は……大した事はしていないので……」

 戌埼さんのご両親に頭を下げられ、私は慌てて首を横に振った。


 あの時は……ただ、ムシャクシャしてしまって、気まぐれで助けただけだ。本来なら戦うべき敵である以上、憎まれる事はあっても感謝される謂れはない。


「本当にあの時の陸嶺さんはかっこよかったっす! ジブンのヒーローっすよ」

 戌埼さんは私の目を真っ直ぐに見て、ニッコリ笑う。その顔が一瞬、姉さんと重なって見えて、私は泣きそうになる。けれど、それを誤魔化すように、無理に笑顔を作った。


 その後も穏やかで、温かい時間が流れた。美味しいご飯と和やかなやり取り。こんなに安心できる時間を過ごしたのは久しぶりだ。最初は緊張していたけど、今は自然と笑えている。


 けれども、こんな風に笑う資格が、私には本当にあるのだろうかと、ふと思ってしまう。姉さんを殺した奴らを憎み、人間は全員、愚かで醜いと決めつけていた。ゆえに、人間を滅ぼそうとしている組織に身を置き、それを実行に移そうと決意した。


 そんな私には、ここにいる資格自体ない。頭の隅ではそれが分かっているのに……結局、日が暮れるまで私はこの優しい空間に甘えてしまった。




 あれから月日が流れ、例の作戦を決行する日がやってきてしまう。けれども、私は戌埼さんの家族を巻き込む気になれず、一人だけ作戦を放棄してしまった。


 それなのに、なぜか戌埼さんの家が燃えているのが見えて、血の気が引く。


 つい先日、私達『怪物軍団イレーズ』は、戌埼さんが所属するヒーロー組織『ヘルト』の上層部や、一部の開発者の悪事を明かした。その上で、私達怪物が元は人間だった事と、真の目的も全世界に告げた。


 その後、ヒーロー達の心を折るために、彼らの悪評デマと家族や恋人、友人などの情報を流す。加えて、ヒーロー達と何かしらの因縁がある人間を唆した。そうして自分達は直接、手を下さず、一般人を使ってヒーローの大切な人達を襲わせて、戦意を喪失させる。


 復讐のためとは言え、姉さんを奪った人間達と同じ……こんな醜い作戦に同意した自分自身を今更、嫌悪し、放棄したのに……。どうして戌埼さんの家が燃えてるの……?


 ……いや、人間の悪意と、歪んだ正義の恐ろしさはよく知っているではないか。


 他のヒーロー経由で、戌埼家の情報が知られ、歪んだ正義感を持った一般人に燃やされた。大体、そんな感じだろう。


 何より今は原因を考えるより、戌埼さんの家族を助ける方が先だ。迷っていたら……手遅れになってしまう。


 私はクリオネの怪物に姿を変えると、迷わず炎に包まれた家の中に飛び込んだ。それから意識を失っている妹さん達とご両親を素早く見つけ、触手でしっかり掴んで家から飛び出した。


 だけど、妹さん達の容態が芳しくない。だから私は奥の手を使った。

 私達怪物は人間のエネルギーを一定数、集めると新たな力に目覚めるらしい。それは大抵、本人が強く願った事に関する能力だと。だから私は近くにいた……戌埼さんの家を燃やしたであろう人間を襲い、今まで集めたエネルギーと合わせて能力を覚醒させる。


 その瞬間、左の胸元で咲き誇っていたエキナセアの模様が枯れる。そして、公園のベンチに横たわらせている妹さん達の体を回復した。


 その直後、装甲服姿の戌埼さんが現れる。息を切らし、周囲を見渡す戌埼さんを私は一瞥してから、人間の姿に戻った。すると、戌埼さんの息を呑む音が聞こえた。

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