流氷の天使は温かな赤色に包まれて

双瀬桔梗

1.赤色が似合う貴女と怪物の私

「そこまでっすよ! さん、その人を離してくださいっす!」

 初めて彼女と顔を合わせたのは戦場だった。彼女はヒーローで、私は


 赤色を基調とした、犬のような耳がついた装甲服。その背中には、彼岸花の模様が描かれている。昔テレビで見たヒーローのような台詞を言って、彼女は戦斧せんぷを振り回し、私にぶつかってくる。綺麗な海が見える、季節外れの浜辺で。


 彼女に恨みはない。けれど、復讐の邪魔をするなら、彼女を倒す。


 私はクリオネがモチーフの怪物らしい。左側の胸元にはエキナセアの模様が刻まれていて、流氷や水の刃で戦う。時には、六本の触手で相手のエネルギーを吸い取る。


 戦いは互角のまま決着はつかず、復讐相手も逃してしまった。その後、「先走り過ぎだ」とボスに咎められ、長らく前線から外されてしまう。




「何か探し物っすか?」

 二度目はよく来る河川敷。そこに青色のラインが入った指輪……姉さんの形見を落としてしまい、探している時に彼女に声をかけられた。


 聞き覚えのある声に、私は恐る恐る視線を上げる。赤と黒のスニーカー。黒のスラックス。白いセーターの上に羽織っている、赤いジャケット。最後に、黒髪をポニーテールにしている、可愛らしい女の子の顔を見る。


 やっぱり、赤色のヒーローに変身した女の子だ。ずっと怪物の姿だった私の素顔を、彼女は知らない。だから彼女は一切、警戒する事なく、しゃがみ込んで「よければ一緒に探しますよ」と笑顔で言う。


「大丈夫です」

 正体がバレる前に逃げないと。そう思った私は慌てて一度、その場を離れた。



 夕方になっても、指輪は見つからない。もうすぐ完全に日が沈む。


 ここで落としたのは間違いないのに。見つからない。どうしよう。


 泣きそうになりながら、草をかき分け探し続けていると、また声をかけられる。

「もしかして探しているのって、この指輪っすか?」


 また彼女の声。私は顔を上げ、彼女が手に持っている物を見る。青のラインが入った指輪。間違いなく、姉さんの形見だった。


「……探して、くれてたんですか?」

「余計なお世話かなって思ったんすけど、すごく真剣に探していたから放っておけなくて……」

 私が何を探しているのか知らないのに、彼女は指輪を見つけてくれた。彼女のスニーカーや服が所々、汚れている。見ず知らずの人間のために、どうしてここまで……。


「……ありがとうございます」

 私は彼女から指輪を受け取る。その瞬間、我慢していた涙が頬を伝う。

 彼女は慌てて背負っていたリュックからハンカチを取り出し、私の涙を拭いてくれた。人前で泣いたのは久しぶりだった。




「弱い者いじめはやめるっす!」

 三度目は人目につかない路地裏。次の作戦の下準備が終わり、アジトに帰ろうとした時、彼女の声が聞こえてきた。


 こっそり様子を見てみると、気弱そうな男の子を守るように、大男二人の前に立つ彼女の姿があった。

「てめぇ確かヒーローだろ? ヒーローが一般人を殴っていいのか?」

 男の一人にそんな事を言われ、彼女はハッとした。男達はそれを見てニヤニヤしている。


 なんて薄汚い人間達なのだろう。姉さんを死に追いやった奴らと同じだ。やっぱりボスの言う通り、人間なんて皆、滅ぼしてしまえばいいんだ。


 そんな思いがこみ上げた後に、じゃあ彼女は? と疑問が浮かぶ。彼女は見ず知らずの私のために、大切な指輪を探してくれた。今だってきっと、見知らぬ男の子を助けている。彼女まで本当に死ぬべきなのだろうか……。


 そう思うのと同時に、自然と体は動いていた。私は彼女に伸びる男の手を掴み、軽く持ち上げ、地面に叩きつける。殴りかかってきたもう一人の方には、鳩尾に蹴りを食らわせ、膝をつく男達を見下ろす。


「先程、警察に通報しました。捕まりたくなければ、早く逃げる事をおすすめします」

 私がそう言うと、男達は捨て台詞を吐いて、のろのろと立ち去る。勿論、本当は警察に通報していない。



「改めて、先程はありがとうございました!」

 男の子を見送った後、彼女は私に二度目のお礼を言った。


「私は……恩返しをしただけです」

「え……? あ、あの指輪のお姉さんっすよね? めちゃくちゃ強いんすね~カッコよかったっす!」

「いえ、あれは……そんな大した事じゃないです」

 怪物の姿でない時もある程度、力を使えるだけで、自分が強い訳でない。けれど、そんな事は言えるハズもなく、私は口ごもる。


「いやいや、めちゃツヨっすよ! お姉さんなら、ヒーローになれるんじゃないっすか?」

 彼女の無邪気なその言葉に、私は思わず固まる。怪物の私がヒーローになんてなれる訳ないのに、彼女は何を言っているのだろう。


「あの……ジブン、何か気に障る事――」

「いえ、ただ、そんな事を言われたのは初めてて……驚いただけです」

「そうっすか……」

「はい……えっと、それじゃあ、私はこれで――」

「あ、ちょっと待ってくださいっす!」


 あまり長い時間、彼女と一緒にいるべきではない。そう思い、私はこの場から立ち去ろうとした。だが、彼女の声に思わず足を止め、次の言葉を待ってしまう。


「もし、良かったら今度、うちに遊びに来ないっすか?」

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