不運な作家
連野純也
1
「こんな話を聞いたんだ」
と
「二人の作家がいた。二人は友人だったが、AがBの奥さんと不倫をしてしまったんだな。それで二人の仲は決定的に悪くなってしまった。Aはとにかく女癖の悪い男で、しょっちゅうトラブルを起こしていたらしい。しかし自分の幸運には自信を持っていた」
「自信がある男はモテるらしいからな」
「そうなのか? ──じゃあ」
「根拠のない自信はバレたらアホ扱いされるぞ」
「……話を戻すが、真夏のよく晴れた、ある昼下がりのことだ。BはAを喫茶店に呼び出した。Aは店に着いたもののBの姿はない。少し遅れてやってきたBは、熱いコーヒーを二杯頼んでから、カプセルを二つ取り出した。一つには毒、一つには砂糖が入っているという。外見からは全く区別はつかなかった。Bは、決着をつけよう、そんなに幸運に自信があるならAが好きな方を選べという。ロシアンルーレットだな」
「えらく時代がかってるな」
「作家ってのは変なやつばかりらしいから」
「偏見だぞ」
「まあいい──店員はコーヒーを二杯運んでくるとテーブルに置いた。Bから二つのカプセルを受け取ったAは手の中でシェイクして、一つずつコーヒーの中に落とした。コーヒーカップも何回か回して判らないようにしてから、A自身が一つを選んで飲んだ。結果からいうと、Aはテーブルに突っ伏し、毒で死んだ。はたしてAは不運にも毒を引き当てたのか? それともBが何らかの方法で毒をAに飲ませたのか?」
「カプセルに相手に分からないような目印がついていたとしても、カップを選んだのがAなんだから、なにも変わらないわけだ」
「確率は50%だよな」
「熱いコーヒーなら、氷は入れられない」
「また古典的なトリックを」
「テーブルに置いてある砂糖やミルクは入れてないんだよな?」
「手も触れていない。忘れるなよ、BはAより遅れて店に来てるんだ。悠長に毒を仕込んでいる暇なんてなかった」
「ひとつだけAが好む豆を使って
「同じブレンドだよ。AもBもコーヒー通というわけではないし、違いが分かったとしてもそのカップに入れるのが毒かそうでないかは見分けられないんだ」
「ふーむ……」
相楽は眼鏡の位置を直し、しばらく宙を見ていた。
「なるほど」
「なにがだ」
「Aは毒で殺されたが、それはBの用意した毒ではなかった──ということか」
「は?」
「毒殺の犯人は喫茶店の店員だ。AとBの話に関係なく、最初からAに殺意を抱いていたんだ。毒は遅効性だった。そのあとの二人のやり取りでややこしくなったんだ。Bと店員は共犯だったかもな。Bが事故だったと主張すれば、店員は疑われにくい」
「よくわからないな、店員なら確かに毒を入れるのは可能だろう。ただ、置かれたカップから選んだのはA自身だ。どうやって毒が入った方を飲ませたんだ? まさか両方に入っていたのか?」
松任谷は首をひねる。
「そうじゃない」
相楽は答えた。
「Bは少し遅れてきて、待っている間Aは特にすることもなかった。夏の暑い日なら出されたお冷は飲むだろう? 毒はBが来る前に飲まされていたのさ」
不運な作家 連野純也 @renno
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