エピローグ

「ゼッラー!!」

「お姉様ぁ!!」


「むぎゅぅ……あたしまだ眠いんだけど」


 ルシスとの戦闘を終えて約一週間。相も変わらずあたしの朝は二人に起こされるところから始まる。

 変わったのは抱きついてくる奴が増えた事だろうか。


「あの、ゼラ姉大丈夫?」

「大丈夫。でも出来たらヘボい方剥がしてくれない?」


 弟の一人であるアルがあたしを心配して声をかけてくれるが、彼はまだあまり近づいてこない。最初は部屋に入る事すら躊躇っていた事を思えば距離感は縮みつつあるが。


「だってよマリー。ヘボい方は離れろってよ」

「マリーはお姉様に一回勝ってるよ? よわよわなお兄様が邪魔なんだよ?」


「うん、メリア離れて」

「えっ、俺かよ! ってうわぁ!」


 もはや見慣れた光景だが、マリーがメリアを風魔法で吹き飛ばした。おかげでまたあたしの部屋に穴が空く。


「平和ですね」

「ね、ほんと平和」


 みっともないメリアを流し目で見ながらやってくるベルもいつも通りだ。

 秘宝によりメリアが蘇ったフィアナスタ家は、これまで通りの騒がしくも平和な環境に戻っていた。


 以前のあたしならこの価値に気づいていなかったが、今なら分かる。この平和の価値に。

 だからかあたしは部屋を出る時にメリアに声をかけていた。


「今日もよろしくね、メリア。後で集まることだし」

「……いや、いいから抜いてくんね?」

「あたし今両腕塞がってるから」


 マリーに抱きつかれている状態でそんな事出来るわけもない。何故正面から四肢全てを使って抱きついて来るのかは分からないが、おかげで腕の自由はおなくなりだ。


「ゼラお嬢様、お着替えは……」

「この状態じゃ無理でしょ。ママとパパに剥がしてもらう」

「ですね」


 こうしてまた新しい一日が始まった。

 豪華な家の朝食を大切な人と過ごしながら食べて、後は好きなように過ごす。悪くないどころか贅沢な日常だ。


 勇者として生きた過去があるから今こんな日常を送れると考えれば、後悔だらけで汚れた記憶のあの頃を肯定する事も…………いや、無理だな。


 今がどんなによくても消えて欲しい汚れは簡単に消えやしない。でもいずれ皆が消してくれるだろう。

 そんな気がした。


「えへへぇ、お姉様大好きっ!」

「マリー卑怯過ぎ……ゼラ姉の胸にあんな近く……」

「おいマリー! ゼラから離れろっ! いい加減分からせてやるこのクソガキっ!」


 あたしが過去に思いを馳せていると、今隣にいる人達に呼び戻される。

 あぁ、時間を無駄にしたな。そう感じてあたしは口を開いた。


「ありがとマリー。あたしもマリーが好きだよ。アルだって別に好きに抱きついてきていいんだからね。メリアは……うん、もっと強くなって」

「っ…………」


「えっ、なんか俺だけ雑……」

「えーお姉様は僕のこと大好きじゃないのー?」

「いや、それはなんか……恥ずかしいっていうか……ふふっ」


 日に日に成長を感じるマリーに困惑するが、隣でしょんぼりとした表情を見せるメリアでつい笑ってしまった。反対側を見るとアルは顔を真っ赤にしてるし、それぞれの反応があたしに温もりを与える。


 ああ、懐かしい日常で、新鮮な日常だな。

 これからはちゃんとこの日々を守れるようにしないと。そう胸に誓いながらあたしは前へと進んだ。


 

 --------



 あの日秘宝で蘇ったメリアは泣きながらあたしを起こしては抱きつき、何度もお礼を口にしながら泣いていた。

 おかげで賭けはミラの勝ちだ。血液奴隷かよあたしは。


 まぁ、メリアが蘇ったのが嬉しくて不満はなかった。

 それからメリアが落ち着いてからはどうして進んでしまったのかを聞いた……のだが、結論としては流されやすいメリアの無駄な優しさが原因だった。


 メリアの仲間達は目立った何かの成果が欲しくて、他人に知られる前に未開のダンジョンを調べたかったようだ。一応メリアは進む事の危険性を感じていたらしい。

 だから止めようとしたが、結局周りを制御出来ずに流され結果は死。


 これを聞いた時のあたしはその馬鹿な行動に少しイラつきを覚えた。というか、少し説教をしてしまった気がする。

 仲間は選べ、なんてあたしに言う資格はないのに。


 まぁ無能と行動するな。というのは正しいだろう。

 これからのメリアにはあたしやミラ、フィアナスタ家が雇っている強い人の許可や同行がないと冒険者としての仕事をさせないと父に叱られていた。


 パパもママも最初は泣いて帰還を喜んでいたのに、落ち着けば説教を始めるあたり自分と同じで少し安心した。

 そうそう、帰還と言えばメリアは行方不明からの帰還という筋書きだ。


 あのダンジョンでメリアが行方不明となってからは、あたしとイヴにミラ、それにフィアナスタ家の捜索隊でその身を探した、という事になっている。

 無理があるように見えるが、それはあくまで真実を知っている者の視点のみだ。隠し扉の奥での出来事をパラヴィアの人間は知らないのだからいくらでも偽装出来る。


 おかげでイヴの世間的評価を一気に向上させられた。

 あたしとイヴが満身創痍な見た目で意識のないメリアを連れて帰るだけだったから、別にイヴは何もしてないけどね。


 でも世間にはパラヴィア最高戦力らしいフィアナスタ家の次男を救ったように見えるのだから、評価が上がるのは当たり前だ。あたしの計算に狂いはない。

 そこであたしの評価も向上したのは予想外だったけど。いや、世間に知られてないでしょゼラは……と思っていたが真逆だった。


 なんでも社交界では大半の人があたしの事をボロクソに言っていたらしく、女中の娘とか貧民街での拾い物と呼ばれていたらしい。やはり出処不明の養子は叩かれるようだ。


 しかしそんな貧民街の拾い物が凶暴な魔物の死体を持ち帰り義兄を救ったとなれば話は別らしく、真実を知らないフィアナスタ家と交流の多い貴族にとても感謝された。


 ちなみにその時ドレスの下でハイヒールを折ったのは浮遊魔法で誤魔化した。二度と貴族の集まりには顔を出したくない。

 あと感謝と言えば、勿論フィアナスタ家の騎士や使用人にも。


 でも……真実を知るパパにだけは褒められなかったな。というか怒られた。ミラもあたしも。

 理由は簡単。リスクが大き過ぎるから。


 確かにそうだけど、あたしは戦う事でしか価値を示せない。だから同じ事が起きたらもう一度やるよ。そう伝えるとパパは忘れられそうにない表情を見せ、自らの腹部に剣を刺した。


 一瞬何が起きたのか分からなかったあたしだが、流れる血を見て急いで治そうとした。勿論ミラも。

 けどあたし達は言葉と手で止められてしまう。


「これはお前達が家族や部下にやった事だ。何故自らを大切に扱わない、何故捨て身の行動を選ぶ」


 そう口にするパパの言葉は難しくて、分かるようで分からなかった。

 ただ、あたしは悲しかった。やり遂げたはずなのに、褒めてくれなかった事が。自分の行いがパパを傷つけた事はそれよりもっと悲しかった。


 皆が悲しんでいたからやったのに、成功したのに、なんでパパはそんな悲しそうな顔を見せるんだろうって分からなかった。


 その時のあたしは気がつくとママに手を引かれ別の部屋へと連れて行かれた。後方ではミラとパパの言い合いが聞こえたが、ママは無視して足を進めていた。


 あの日ママには褒めて貰えたっけな。なんとも言えない表情で「エリちゃんは偉いわ。でも……次は背負わなくていいからね」と。

 それ以降は何事もなく、むしろ以前より二人が笑顔で接してくれるようになったためもう気にしていない。しかしミラは大丈夫だったのだろうか。


 まぁ聞けば分かるか。そう思いながらあたしはミラの屋敷へと向かう。

 今日は事情を知っている面子で少し話がしたい、という事でミラの屋敷に呼ばれていたのだ。


 だから隣にはベルとメリアがいる。おそらくイヴも呼ばれているはずだ。

 色々と落ち着いてから話すのは今日が初めてなので、あたしの心は少し踊っている。あとミラが質のいいビュッフェを用意してるとの事でそれも楽しみだったりする。


「ゼラ、よだれ」

「うるさい気のせいよ」


 自分で口元を拭く前にベルに拭かれてあたしは感じてしまう。

 なんていうか……この子に甘え過ぎてあたし鈍臭くなってきてないかな……と。

 


 --------



 案内された部屋で好き放題食べていると、ミラとイヴが同時に入ってきた。ちょうど頬に溜め込んでいた時にミラと目が合ったあたしは、嫌な予感がしてドキッとしてしまう。

 そして予感は当たりミラに弄られてしまう。


「……おいベル、この下品な女に少しは食べ方を教えてやったらどうだ」

「庶民レベルでしたら問題はないかと」

「ここは酒場か? 違うだろ。おいエリカ、口の周りを汚しすぎた」


 そう言ったミラはあたしに近づき口元を拭き始める。なんか、子供扱いされてるんですけど。


「んんっ」

「飲み込んでからしゃべ――」

「――エリに気安くそういう事をすべきではないですよね、吸血鬼」


 ミラが何かを言い切る前に彼の腕を掴んで言葉でも止めてくれる存在がいた。イヴだ。

 ありがたい。


 この歳にもなって異性に口を拭かれるのは恥ずかしかった。なにより、顔近いし……。


「俺とこいつは言ってしまえば主従関係でもある。他人にどうこう言われる筋合いはない」

「なっ……そういう問題ではありません。こういうのは同い年がした方が健全です。貴方は年齢差がありすぎなんですよ」


 何故かイヴはミラを睨んだ後にあたしの口元を拭き始める。えっ、イヴも?


「魔族と人間が共存する国で年齢を気にするのか。若い割には考え方が老害だな貴様は」

「なんとでも言ってください。違法な魅了魔法を使える貴方は危険です。そんな男の好きにはさせませんので」


「その危険な存在に頼ったのは誰だ。身の程をわきまえろよ、雑魚魔導師」

「いずれ貴方を超えこの国を出ていってやりますよ。それまではそのみっともない優越感に浸っていればいいんじゃないですか」


 あたしが咀嚼している間に二人の論争はどんどん熱を帯びていく。その二人を止めるためにあたしは急いで口の中の物を飲み込んだ。


「ゴクンっ、ちょっと二人共どうしたのよ。来てすぐに喧嘩なんてしないでよ」

「エリに危機感がないのが問題です。この吸血鬼はエリが思っている百倍は危険です」


「貴様が拾ってきた女が面倒で重い奴だった、というだけだ。誰彼構わずに堕とすのは控えろ」

「もーうっ、わけわかんない事言って誤魔化すな二人とも!」


「ハハハっ……ベルっちはいかなくていいの?」

「えっ、毎日全裸を見てる私があんな些細な争いに加わる理由あります?」

「……なるほどね、俺にもかなり刺さったわそれ」


 この出来事から落ち着いて話せるようになったのはしばらくしてからだった。あたしは理由もよく分からないまミラとイヴの論争に巻き込まれ、二人を落ち着かせるのに大変な思いをした。

 というか、弄ぶ側のミラが思っていたより大人げなかったのと、イヴが普段より幼く感情的だったのが意外で新鮮ではあった。ほんっと疲れたけど。


「ったく……ではとりあえず近況報告といこうか」

「あたしは別に変化なし」

「……とても変わりましたよ、私は」


 そう口にしたのはイヴだ。そもそも一時的に不登校だったわけだし、彼女の現状は気になる。というか心配だ。


「学校大丈夫だった?」

「以前のように直接嫌がらせをしてくる人はいなくなりました。そこのバカがずっと近くにいて鬱陶しいですが」


「いいじゃんか、イヴのそばにいるとあいつら来ないし」

「あいつら?」

「……俺と一緒にあのダンジョンに行った奴らだよ。あいつらが入りたいって言い出したのに、逃げ道に壁作られてたって聞くとなんかな」


 あたしが尋ねるとメリアは少し答えにくそうにそう言った。彼らがした事は仕方ないとはいえ信用を失ってしまう行動なのだから、メリアとしては複雑だろう。

 そもそもメリアは進まない方がいいと感じていたようだし。


「まぁ……そりゃそうよね」

「あんな奴らフィアナスタの権力で殺してやればいいんですよ。両親に頼んでみては?」


 相変わらずイヴの思考は危険だ。まぁあたしも割と同意見なんだけど。


「流石にそこまでは話せねーよ。それに嫌いになったわけでもないしなんかなぁ……今は時間が欲しいんだよ」


 ごめんねメリア、この件は全部パパに話してるんだ。ミラと二人で隠してはいけないって判断しちゃってるんだ。


「あんたでもやっぱり悩むのね」

「エリカほど酷い目にはあってないけどな。てか死んでるうちにイヴ変わったよな。前より感情見せててなんかいいよ」


「キモイ」

「……そう、こんな感じでストレートなの。これは嫌だ」


 少し泣きそうになりながらこちらを見つめてくるメリアは申し訳ないが見ていて安心する。本当に生きてるんだなっていう、何度目か分からないしつこいくらいの感想で。


「ったく、再会した時は泣いてくれたのに、なんですぐこんな……ひっ!?」

「言いたい事があるなら最後まで話したらどうですか」


 イヴに長杖を首に押し当てられるメリアは本当に情けない顔を晒している。こいつ本当に男かな。

 そうだ、この際だし追い打ちしてあげよう。


「そういえばイヴの笑顔ってめっちゃ可愛いのよ。あんた見たことある?」

「へ?」


「あたしがメリアを生き返らせる約束をした時、すっごく魅力的な姿で可愛く笑ってくれたの。あんたじゃ見せてもらえないだろうけど、あたしあれまた見たいなぁ」


 長杖にビビるメリアにこんな経験した事ないでしょ、という意味を込めてあたしは自慢したのだが、何故かイヴの方がおかしな反応を見せる。


「なっ……!? ちがっ……あれは!!」

「え、なにそれ。もしかしてそんなに俺が必要だったのか、イヴ」

「違いますっ! エリも誤解を招く言い方はやめてください! いくらエリでも容赦しませんよ!!」


 顔を真っ赤にしたイヴはあたしに長杖を向けて魔導陣を展開する。

 あっ、これ本気かも。でもそこも可愛いなぁ。


 あたしに怒る理由は分からないが、感情をいい意味で表に出すようになったイヴは本当に魅力的だ。


「あはは、ごめんってば。今度好きな物奢るから許してよ」

「むぅ……それなら……いや、それでも……」


「うわぁ、お嬢様人が悪すぎます」

「……イヴ、とりあえずうちで暴れるのは控えてくれ」


 可愛く膨れるイヴを制そうとするミラを見て、あたしは思い出すように口を開いた。


「あっ、あんたは大丈夫なの? パパと言い合ってなかった?」


 これは言い合っていた日以降ミラと会ってなかったので確認したかった事だ。

 あの日パパがどうしてあんな行動をしたのかも気になる。あたしには理由が分からなかったから。


「ああ、まぁ男にはよくあることだ。方針の違いはどうしようもない」

「ふぅん……なんでパパがあんな事したのか分かる?」

「……あれで気づかないのか貴様は」


 そう言いミラはあたしを細い瞳で見つめてくる。

 いつも通りの呆れた視線を送るミラもあたしにとっては日常だが、これには懐かしさや安心感よりムカつきが芽生える。


「ったく、あのバカは最悪を想定して怯えていただけだ。俺や貴様のようなバカがいなくなった時をな。その時残された者の悲しみはこういうものだと、身を持って教えようとしたのさ。流石にあの傷は治したがな」

「あー……あれか、父さんが意地張ったやつ」


「なんだ、知っていたのか」

「いや、屋敷中で噂になるからあんなの。俺としては助けて貰えて嬉しかったけど、また死んだら流石にあんな無理するのは控えて欲しいかも。めちゃくちゃ強かったんだろ、相手」


 メリアは少し引きつった表情でそう口にした。あたしは彼にルシスの強さを語った事ないんだけどな。

 そう思ったあたしの口からは簡単に嘘が出た。


「んーううん、次もよゆー」

「嘘をつくなバカ勇者」


 流石にミラは肯定してくれなかった。まぁ、簡単に蘇られると思われても困るか。そう思いあたしは真実を語る。


「流石に冗談。あいつはなんていうかね、強いしかなり厄介だったわ。聖力っていう特別な力でよく分からない技やってくるし、魔導砲直撃しても耐えるし、もうめちゃくちゃ」

「恐ろしいのはあの遺跡に怠慢を強要される点もだな。格上には数で押す、という分かりやすい選択肢を選べないのも討伐を難しくしている」


 ミラが語るようにパーティで挑めないのも秘宝の価値を上げている。まぁ人間が四人、八人で挑んだところであのビットに殺されるだけだが。


「つまりそこの吸血鬼は置物だったと」

「いや、事前に色々と武器用意してくれてたし、そもそもミラから魔力受け取ってなかったら勝てなかったから、実質2対1だったかな」

「あれだけ準備して互いの魔力を持っていて、それで紙一重だったんだ。もう挑む事はないと思いたいな」


 ミラのその言葉にあたしの中の本音が刺激される。


 ヤバい、この本音はバレちゃダメだ。知られたら怒られたりバカにされる。俺に一度も勝ってないくせに、とか言われる。

 本能でそう感じとったあたしは彼から目を逸らす。


「……エリカ?」

「な、ななな、なに?」

「…………」


 怪しく見えたのかミラはあたしをその細い目で見つめ続ける。本音を隠したいあたしとして疑われているのか、もう気づかれているのか分からず恐ろしい。


「……エリ、隠し事下手なんですから正直になった方がいいですよ」

「うぐっ!」


「私もイヴ様と同じ意見です」

「ごめんエリカ俺も」


 普段はあたしに甘いイヴが促すと、次から次へと彼女を援護する声があたしの耳に届く。

 ヤバい、これじゃミラも……そう思い彼を見ると……。


「……俺に隠し事すればどうなるか、分かるな?」


 彼は分かりやすく怪しく光るピンク色の魔法陣を展開していた。それは精神を支配し相手の感情を揺さぶる最悪な魔法の掛け合わせ。洗脳と魅了の魔法陣だ。


「だ、ダメじゃないミラ、そんな危険な魔法使っちゃ。ママに怒られるしそもそも国に怒られたりしない?」


「安心しろ。これは貴様の大好きなパパからの命令でな。もしあの子が危険な事に一人で首を突っ込もうとしていたら、その時は精神魔法で脳を覗いて何をする気か把握しておけ……とのお達しだ。どうする? 素直になるか?」


 ヤバっ、流石にそれだと逃げ場がない。国の法が現在どうなっているのかは分からないが、パパから許可を得ているのならあたしは一人で抗う事になる。


 しかもここで抗うという事は、フィアナスタ家に抗うも同然。

 もしかしてあたし、思ってる以上にパパからじゃじゃ馬扱いされてる?


「ちなみにミラ様はお嬢様を危険な目に合わせたのが原因で公爵様に逆らえない状況です」

「ベル、余計な事を言うな」


 ベルからの情報であたしは、ミラの立場が思っているより悪い事を理解した。

 そしてあたし達は、未だに公爵家当主であるアリエル・フィアナスタの許しを得ていないという事を察してしまった。


 …………ダメだ、詰み。


「……あたしは別に、あれよ」

「あれとはなんだ」

「その、また星域の守護者と戦いたいなぁって、思ってるだけよ。正直あれくらい本気でやりあえるの楽しいっていうか……」


 ああ、言ってしまった。きっとあの時のパパのように怒ってくるに違いない。そう思い身構えていたあたしだが、ミラからの言葉は予想外なものだった。


「……まあだろうな。戦うのが好きな貴様らしい。アリエルには黙っておこう」

「え? いいの?」

「薄々察してはいた。そもそもルシスにまたやろうと言っていただろう」


 ミラに指摘されたあたしは確かに、と過去を思い出す。そういえばミラはあたしのほぼ全てを隣で見ていたんだった。


「それに俺達は結局他の星域も巡る事になる。非常事態以外で秘宝を求めはしないが、何かあった時のために力はつけておいた方がいい。だから期待しているぞ、エリカ」

「っ……勿論よ! あたしに任せなさい」


 何故だかミラの期待がとても嬉しく、あたしは柄にもなく胸を張って大きな声で応えた。


「……ほんっと変わってますね。危険なダンジョン巡りが趣味なんて」

「イヴには分かんねーだろうなぁ。やっぱダンジョンには男のロマンがあるんだよ」

「いやエリは女ですけど」


 イヴのボヤキとメリアの得意気な語りが、あたしに新しい幸福な日常を感じさせる。

 フィアナスタ家での日常も、同年代三人での日常も、ミラやベル、吸血鬼達との日常も、今のあたしには勿体ない大切なもの。


 色々と回り道はしたが、ここから新しい人生が始まると思うとこの胸は満たされていく。もうあの頃の、温もりを忘れ拒んでいた頃の自分ではないのだと確信させられる。

 そう感じながらこの五人で話すくだらない時間はとても楽しかった。


 

 --------


 

 メリアが蘇ってから約二週間。今日この後あたしはミラが経営する武具専門店へと向かい、複数の武器を触る予定だ。

 戦力増強を図るミラはあたしを連れて星域の素材を拾い、着々と武器の改良、開発をしている。


 そしてその店にメリアとイヴも連れて行くためこうして学校前で待っているわけだが……雑音があまりにもうるさい。


「おい、あれフィアナスタの女剣士じゃ」

「Aランクの魔物を束で持ち帰ったっていうあの?」

「貧民街育ちのくせに生意気だよな」

「えっ、でもクールな横顔素敵じゃない?」

「やめとけよ、イヴレイドに殺されるぞ」


 離れたところで噂話をしたい気持ちはまぁ理解出来る。


 理解出来るんだけど、もう少し離れてくれないかなぁ。吸血鬼慣れしてるなら聴覚いい存在にも慣れてくれないかなぁ。

 そう思っていると後方から声をかけられる。


「すみませんゼラ、遅れました。何もなかったですか? 別に現地集合でよかったものを」

「大丈夫よ。それに一度は学校からの帰りってのを経験したかったし」


「本当ですか? 本当にゴミ共に何もされませんでしたか?」

「大丈夫だってば。でもありがとね」


 自分がそういう目にあっていたからか、イヴはとてもあたしを心配していた。あたしの場合力で黙らせられるから何も問題ないと思うんだけどな。


「心配性だなぁイヴは。お待たせゼラ」

「お疲れ様」


 イヴを落ち着かせていると、今度は隣にいたメリアから声をかけられる。

 こんなありきたりなやり取りですら、今は特別幸せなものに感じられる。愚かな事にあたしは一度失わないとものの価値を理解出来ないようだ。


「メリアには理解出来ないかと思いますが、この学校はクズばかりなんです。ああ、汚らわしい男の視線が本当に気になります」

「気にしすぎだって。それより早く行きましょ」


 腕を組んで身体を震わせるイヴは、潔癖症にでもなったんじゃないかと思わせるほどだ。何故こんな急に変わったのかは気になるが、今はそんな些細な事よりも三人で歩ける時間を大切にしたかった。


 あたしにとって初めての学校帰りというやつなのだから。

 ただ制服の二人と並んで歩いているだけなのに、心はどこか特別に感じている。


「そういやゼラ、外でもそれずっとつけてんの? もう捨ててよくない?」


 そう言いメリアが指さしたのは、あたしのルビーが欠けたネックレスだ。あたしはこれを未だに手放さないでいる。


「あーなんていうか……戒めよ、自分への」

「それならむしろ俺に返してくれよ。俺がつけるから」

「んーそれはそうかもなんだけど、なんか身の回りに分かりやすいこういうのつけておきたくて」


 互いに戒めを欲しがるあたし達は宝石としての価値を失ったルビーを求め合っていた。

 そんな時イヴが口を開き名案をあたし達に伝える。


「……なら新しくルビーを買って二つに壊せばいいじゃないですか。それでお揃いの戒めネックレスの完成です」

「へぇ、それいいじゃん」


「いやないから、このバカ妹。流石にそれは勿体ないから」

「でしょうね」

「えー残念」


 名案に思えたイヴの提案を肯定すると、あたしは二人から呆れた視線を送られる。

 流石に高価な宝石を壊すのはなしか。メリアの財力なら肯定してくれるかと思ったのだが。


「でもお揃いのアクセサリーはあってもいいかもな」

「……まぁ、そうですね。欲しいです」

「あたしはこれでいいんだけどな」


 自分への戒めとなるこのルビー以外にあたしは興味を持てない。メリアから貰った指輪も汚すのが嫌で大切に保管してるし。

 そんなあたしだからそう呟いたのだが、メリアのちょっとした言葉一つで価値観がガラリと変わる。


「何言ってんだよ。あのイヴがお揃いのアクセ欲しいって言ってんだぜ? 俺達と同じ物を身につけたいって。そんなの可愛すぎるだろ」


「確かに!」


「……なんだか凄く嫌な言い方しますね、メリア」


 不機嫌そうな態度を見せながらもどこか照れくさそうにしているイヴは可愛すぎた。

 なるほど、確かにこれは同じ物を持ちたい。イヴが贈り物を大切に扱うのはもう知っているし。


「それにこの際だから三人の名前のイニシャル並べたりとかさ、俺達三人が特別な関係ってのを見せつけるような物を用意したいわけよ」

「メリアってもしかして天才? あたしそれ欲しい」

「目立ちたがりなのもありますよ。まぁ……私も欲しいです」


 天才メリアの発想に感動したあたしは素直にそのアクセサリーが欲しくなった。

 斜に構えているイヴもなんだかんだ言って欲しくなるあたり、彼の案は魅力的だ。


「後はこれを母さんに相談して俺達に合う宝石の準備とどんなアクセにするかの相談……先は長くなるけど楽しみが増えたな」

「いや、親に相談って……そこまではしなくてもいいのでは……?」


「それがさ、ゼラは分かると思うけど、こういう特別な物を用意する時には頼らないとあの人拗ねるんだよ。子離れ出来てないから。だからイヴ、ここは付き合ってくれ」

「あぁ……なるほど」


 分かりやすい解説に納得したイヴは、あたし達に少し同情しているような視線を送る。そういえばあたしの部屋に来襲したママに襲われてるところを、彼女には何度か見られていたっけ。


 確かあの日は、イヴもフリフリのドレス試着会に強制参加させられてたな……勿論フィアナスタに逆らえる立場でないイヴは恥ずかしながらも受け入れていた。


 にしても完成まで時間がかかるとなると少し寂しい。そう感じたあたしは袖の中に手を入れる。


「そうだ、完成するまでの代わりってわけじゃないけど、これ」


 そう言いあたしは二人にリーテン・デューダを渡した。


「えっ、いいのこれ」

「アクセサリーではないけど、三人でお揃いの物持っていたいじゃない。とりあえず自衛に使えるしこれかなって。あたしの魔力付きだから少しは身の危険から勝手に守ってくれるわよ」


「お、おおおぉぉっ! 見慣れてるけど自分で触るとなんかテンション上がるなこれ!」


 本来ならミラの許可がない相手に渡してはいけないけど、この二人なら事後報告でも問題ないだろう。メリアとか受け取ってからかなりはしゃいでるし。


「これがリーテン・デューダと、貴女の魔力……」


 対するイヴの方は、はしゃいではいないが目を奪われている。それがまた嬉しい。


「まっ、あまり人前では見せられないけどね。それよりあそこで飲み物買わない? あたし学校帰りの立ち食いに憧れてるんだけど」

「どこで憧れてきたんですか、そんなの」

「まぁいいじゃんか。俺喉乾いたしおっ先〜」


 そう言いメリアは誰よりも早く飛び抜けた。その様子にイヴはやれやれといった仕草を見せるが、顔は少しも嫌悪していない。

 結局イヴもあたし達と一緒にその店に寄り、仲良く話しながら帰り道、もとい武具店への道を楽しんだ。


 うん、やっぱり学校まで二人を迎えに行ってよかった。

 そしてこんなに好きになれた二人だからこそ、いい加減あたしがカッコよく勝つ姿を見せたい。そう考えながらあたしは歩幅を合わせて武具店へと向かう。



 --------



 修練場の結界の中、あたしはウキウキを隠せずにミラを見つめる。


「さぁてミラ。あたしだけの剣をこんなに強化してよかったのかしら。もう絶対に勝てなくなるんじゃない?」

「強化したのがヴィクトリアスだけだと本気で思っているのか? 悪いが今回も貴様は俺に勝てん」


 互いに得意気なあたし達は魔力を見せつけあうように武器へと注いだ。

 新しく改良されたヴィクトリアスは更にあたしの好みな性能になり心を踊らせる。


「言ってくれるわね。なら賭けましょうよ。あたしが勝ったら下僕として一ヶ月過ごしてもらうわ」

「いいだろう。なら俺が勝った場合は一ヶ月間、毎日貴様の血を直接寄越せ。それだけで許してやる」


「はっ、どんなのだっていいわよ。どうせ勝つのはあたしなんだから」

「なら貴様が嫌いなドレス姿で血を渡してもらおうか。日に日に強くなっているのはエリカだけではないと証明してやろう」

「上等。今日こそ跪かせるから!」


 そう言いあたしは全力でミラへと斬りかかる。

 負けた時の条件なんてどうだっていい。そう思えるほどの自信が今のあたしにはあった。


 ルシスと戦いオールレンジ攻撃の経験を得たあたしには多少の小細工なんて通用しないはず。先に探知出来るように成長してるはず。

 つまりミラに勝てるってわけ。精々今だけの優越感を味わっておきなさい、クソ吸血鬼。


 そう思いながらヴィクトリアスを振り回すのは何よりも楽しかった。


 今なら思える。まだ勇者になった過去を肯定は出来なくとも、あの日あの湖に逃げてよかったと。


 ミラに教えてもらったあの綺麗な湖。あそこに本能で逃げたのは正解だった。

 あそこからあたしの今は始まったのだから。


「なーんだろ、どっちが勝つのか察してしまう俺がいるんだよなぁ。実力近いはずなのに」

「奇遇ですね。認めたくありませんが私もです」

「何故でしょうね、エリカ様もとても強いはずなんですが」


 きっと結界の外で話している三人もあたしの勝利を確信しているに違いない。


 そう感じられるのと同時に、この男とならこの先どんな困難が待っていようと大丈夫。そう信じられるだけの拮抗した勝負が、とても楽しくて有意義だった。


 本当にありがとね、ミラ。貴方に拾ってもらえたおかげで、あたしは今幸せだよ。

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元勇者と死人の遺跡 辛味噌メンマ @menma_menma

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