【KAC20248】神様の赤い眼鏡

しろみふらい

血みどろ眼鏡

 ※残酷描写注意です!!




 ふちなしの眼鏡をはさんで、一人の女を見つめる。


 夕方に降った雨がいたるところでしたたる、薄暗い路地裏。空には青白く光る月が映え、視界の端には消えかけのネオンがうるさい。


 湿った空気の中、私の吐息も心なしか熱がこもっていたように思う。


「夜分にこんなところに来るなんて、襲われても知りませんよ?」


 出来る限り軽快に、歌うように言う。私に背を向けていた女は肩をびくつかせ、とっさに後ろを振り返る。その様子だけで気分が高揚する。


「……だ、れ」

「誰と言われましても、いつも通り散歩に来ただけの一般人ですが。それよりあなた。見たこと無い顔ですね。なぜここに?」

「何で、って……関係ないです、あなたには」

「そう言わずに。ここ、見るからに治安が悪そうでしょう? 進んで来ようとする場所ではないと思います」


 ひっそりとした路地裏に見知らぬ男と二人きり。女からすれば、今すぐにでも逃げ出したいだろう。暴力を振るわれるかもしれないし、金品を盗まれるかもしれない。もしくは……。これ以上はやめておこう。下品な言葉は使いたくない。


 私の質問に答える気はないようで、女はずるずると後ずさりし始めた。この表情。震える身体。逃がしてはおけない。


「ごめん、なさい、あたしに用事があったのかもしれない、ですけど。失礼しm」

「逃げられるとお思いで?」

「……!!」


 私を振り切ろうとした女に足をかけ、雨に濡れたアスファルトに叩きつける。その痛みと恐怖が合わさり、女は動けない。私に醜い命ごいをしてくるのみ。


「お……お願いします、今度からここには来ません、だから、やめてください……!」

「今度……? あなたに『今度』は訪れるんでしょうかねぇ」


 随分と小さくなった女を見下ろす。この女、先ほど私が言うのをためらった「もしくは」のことを想像しているのかもしれない。だから、「今度」なんていう甘ったるい言葉を使う。


「一応確認しますが、あなた、自分が置かれている状況を理解していますか?」

「え、……おそ、や、やられるんじゃ、」

「そんなくだらないこと、するはずがないでしょう?」


 やはり。この女、これから何をされるか全く理解していない。まあ、それもよし。


「確かに、あなたの身体を欲してはいますがね」


 ずっと下を向いて話すのも首が痛くなるので、すっかり伸びてしまった女に馬乗りになる。


「……っなに、する気ですか」

「そこまで不安にならなくてもいいですよ、すぐ楽になりますから」

「楽……?」


 そう。


 死を恐れる必要など、ない。


「……うぁ、……っ!!」


 女の首筋に、牙を突き立てる。ほぼ同時に不快なうめき声も上がる。全体重を女にかけて、流れてきた血を舐めとる。


「……っ、うまい…………やはり血肉は人間のものでないと……」


 痛みから逃れようと女の身体がうごめく。だが、それも私の身体で押さえこめばいいだけの話。


「い、た……」

「何ですか? いいところなので声を出さないでいただきたいですね」


 興奮する。鮮やかな色の肉が、血が。目の前に広がっていく。息が荒くなる。全体がぞくぞくする。


 もう一度同じところを食する。面白いくらいに赤いものが流れてきて、眼鏡にへばりついていく。


 喰う。


 それしか考えられなくなって、ひたすらに女を喰らいつくした。血は余すことなく舌で味わった。久しぶりの人間なのだから、これくらい貪欲になってもいいだろう。




 次第に抵抗も少なくなり、体温が感じられなくなった。ここまで来ると鮮度は落ちる一方。喰えるものではなくなる。


「……ふぅ、……ふぅ」


 体温が下がるとともに、私の欲求も冷めた。そこでやっと、我を失い獣のようになっていたことに気づいた。


「……。久しぶりだから、でしょうか。少々がっつきすぎましたかねぇ」


 唇を舐めるときつい鉄の味がする。眼鏡も血で汚れてしまったので、コートのポケットにしまっておく。


 まだ興奮の余韻があるような気もするが、ふらりと立ち上がって辺りを見回す。万が一これを見ている人がいるならば早急に殺さないといけない。が、幸い人気はなさそうだった。


「血まみれのままでは家にかえれませんね……。どうしましょうか。私としたことが、計画もないまま人間を喰ってしまいました」


 いつもは人間社会に溶け込むために他の生き物の肉で我慢していたのだが、本能には抗えないらしい。


 人喰いの神の本能には。


「とりあえず死体の処理でもしますか。人間に見つかれば殺せばいいだけです」


 そう、ぽつりとつぶやいたその時。


「何してるんすか」


 路地裏のさらに奥から、無愛想な声が聞こえた。その方向を向くと、人影のようなものが確認できる。しかし、眼鏡をかけていないせいでよく見えない。


「……人間ですね」

「えっとー、もしかして人殺しました?」


 中性的な声で分かりにくいが、おそらく女。だがさっきの女とはわけが違う。余裕がある。


「困るんですよね、影でこっそり殺されるの。迷惑極まれりって感じで」


 もしかすると、私が人外であることを知っている人間かもしれない。そうなると普通の人間よりも厄介だ。


「面倒なことになりましたねぇ……」

「ま、それはこっちのセリフなんですけど」


 いつの間にか、その人間は私の目の前にいた。恐れがない。私の嫌いな顔をしている。眼鏡をかけていればさらに鮮明に見えたのだろう。そうでなくてよかったと心底思う。


「えっと、人殺したっぽいので、私があなたを殺します」


 いいですね? 人喰い神さん。

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【KAC20248】神様の赤い眼鏡 しろみふらい @shiromifurai

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