第23話:トンネル・ラット
マリアとイングリッドが黙々と敵の歩哨兵を潰していく。
死体が転がるとすぐに黒装束の少年兵が二人駆け寄って、重い大人の身体を森の奥に作った大きな穴に投げ捨てる。ほとんど工場のようなルーチンワーク。
ひどい光景だが、これが戦争だ。
(今、どれくらい片付けたのかしら?)
〇四五五時頃、ようやくマリアの放った伝令の少年兵がテントに駆け込んできた。
「准尉、掃討完了です。周囲に敵影なし」
「了解。先遣隊を先に送ります。残りは待機」
「わかりました」
再び少年兵がテントから飛び出していく。
わたしもテントから出ると、徒歩で坑道の入り口へと向かった。
わたしの背後には八十人の騎士団が連れ添っている。坑道の中は薄暗い。だがこれは歩哨の兵が落としたランプか、あるいは要所要所に設られた
「先遣隊は
「しかし、そうしたらこっちの視界も……」
先発隊の若手の騎士が反駁する。だがそれはクリス隊長にねじ伏せられた。
「いようジェイソン、偉くなったもんだな」
クリス隊長に肩を抱かれ、呼びかけられたジェイソンが震え上がる。
「いえ、わたしが言っているのは一般論ですから」
「お前、夜間戦闘はもう十分に訓練したんだよ、な?」
クリス隊長がぐっとジェイソンの顔を引き寄せる。
「それは、もちろん」
「ならば暗闇を恐れるんじゃねえ。暗闇に溶け込め。イリングワース准尉は間違っちゃいねえ。坑道内部の照明器具を全部潰してこい。こっちは暗闇に慣れているから月明かりで充分だが先方さんは違う。先方の暗順応が始まる十分以内に坑道に配置されている照明を全部潰してこい」
暗順応とはロドプシンという化学物質が脳内で生成され、視神経が暗いところに適応することを指す。正常な人であれば暗順応が始まってから完了するまでのタイムラグは十分から三十分。訓練されている兵士であれば十分以内に暗順応が完了する。
従って、こちらとしてはこの十分間の時間制限の中でいかにして敵兵を掃討できるかどうかが勝負の分かれ目となる。
「マリア、イングリッド、それにクラリスも降りてきて。三人は先発隊に帯同して周囲の敵を掃討して欲しいの。まだ弾は十分にあるんでしょう?」
『はい、まだ百発以上残しています』
どこにいるのかわからないマリアが返事を寄越す。
周囲の敵兵を掃討した上に埋めてしまったため、会話は楽だ。
「結構。それだけあれば拠点内を掃討することもできるんじゃない?」
わたしは軽い冗談を口にした。
『いえ、それは無理です。小部屋の中のお掃除は騎士団の皆さんにお願いしたい、です』
「冗談よマリア、掃討はクリス隊長にお願いしておくわ。先遣隊にはわたしも入ります」
+ + +
隊列を組み、静かに坑道の中に忍び込んでいく。
順番は盾を構えた騎士団の後ろに狙撃手のマリアとイングリッド、スポッターのクラリス、さらに照明の破壊を命じられたジェイソンをはじめとする十人の騎士の先遣隊。
少し離れて後ろから残りの騎士達四十名とわたし達先遣隊。
わたしは直前に計画を変更していた。
ガトリング砲を坑道内に持っていく意味はあまりない。なにしろ目立った敵は掃討してしまったのだ。
ならばガトリング砲は入り口付近に待機させておいた方がずっと身軽だ。
ガトリング砲八門を運ぶ騎士二十名。
ここは坑道だ。密閉空間なので毒薬を流したいところなのだが、あいにく王立魔法院にもそのようなガス状の毒薬はないという。つまるところ、チマチマと潰して歩く以外に手段はないとダベンポート様に言われてしまった。
ジェイソンたちが先発して坑道内の照明器具一切を破壊して回っているため、中はとても暗い。わたしたちは足音を立てないように細心の注意を払いながらゆっくりと先へと進んだ。
途中、眼帯を左から右へと移す。
突然、視界が明るくなった。
目の前に白い人影が広がる。これは先行しているマリアとイングリッド、それにクラリスだろう。
周囲は雑然としていて、そこここに雑多なものが積まれている。
まだ残党がいる恐れがある。
わたしは無言でクリス隊長に手招きをすると地図を広げた。
(ガトリング砲はとりあえず待機、まずはこの人数で忍び込みましょう。
(ああ、ここの地面の色に合わせたものを百枚持ってきた。三枚も使えばガトリング砲も迷彩できるだろう)
+ + +
人影のないトンネルをゆっくりと進む。
(モグラの群れみたい)
モグラが群れるのかどうかは知らないが、やっていることはモグラと一緒だ。真っ暗な中を夜目を使いながら少しずつ潜っていく。
わたしは魔眼のおかげで周囲が見えるが、通常の人たちにとってこれは恐怖そのものだろう。周囲がよく見えない上、どこから襲われるかもわからない。このトンネルは隣国の陣地なのだ。
(リリス、何か見えるか?)
隣で姿勢を低くしながら前進しているクリス隊長がわたしに訊ねる。
(ネガティブ。現時点で敵軍に動きはありません)
やがて、最初の小部屋への入り口が見えてきた。
全員で突撃するのはおそらく悪手だ。
ここは手榴弾を使おう。
(手榴弾を投げ込みます。三発お願いします)
(了解)
騎士団のメンバーが三方向から手榴弾を投げ込む。
転がっていった手榴弾はすぐに爆音と共に破裂した。
(殺ったか?)
クリス隊長は持っていた鏡で中を覗き込んだ。
(どうやら壊滅できたようだ。先を急ごう)
暗い中での戦闘だ。これならおそらく見つかるまい。
(よし、次行くぞ)
クリス隊長が騎士団に囁きかける。
隊はすぐに二つ目の小部屋へと到達した。ここは少し通路が長いので侵入しないと手榴弾が使えない。
(うむ、ここはうちから要員を出そう)
クリス隊長はそういうと、四人の騎士を指差した。
(お前ら、ちょっと手榴弾を投げ込んでこい。一人一発、四発も投げ込めば十分だろう)
(了解)
四人の騎士が腰を屈めて細い通路の中に入っていく。当然盾は構えている。素手で手榴弾を投げ込んでしまうとこっちにまでバックファイヤーしてしまう。
ドン、ドン、ドン……
すぐに手榴弾の爆発音が聞こえてきた。坑道なので音が大きく反響する。
(クリア)
(クリア)
中から騎士たちの声が聞こえる。
(よし、先を急ごう)
クリス隊長が部下を鼓舞する。
と、通路はここで大きく左へと向かった。なんでそんな設計になっているのかは知らないが、とりあえず通路の安全を確認してから奥へと向かう。
と……
背後からキシギシという機械音が聞こえてきた。
(??)
クリス隊長が困惑の表情を浮かべる。
今まできた通路にそんな音がする場所はなかった。
だが、その音が止まった瞬間……
背後から隣国兵の大群が襲いかかってきた!
ワルキューレの名を継ぐ者 蒲生 竜哉 @tatsuya_gamo
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