第22話:浸透戦術

 浸透戦術とは隣国のさらに向こう、東の帝国が始めた戦術で多くは塹壕の複数カ所同時破壊を目指して突撃する。王立陸軍と騎士団は早くからこれに注目して研究を続けてきた。

 王国式の浸透戦術は独特だ。多くの場合は隠密行動をとって攻撃地点に待機、隠蔽されていた部隊は決められた時間に攻撃を開始する。複数の場所が同時に攻撃されるためやられた方はたまらない。攻撃する側は手榴弾のほか、状況が許せばガトリング砲やアームストロング砲なども投入する。

 今回、わたしは馬に手伝ってもらって王室特製のガトリング砲を十門積んで来ていた。新大陸の技術を供与してもらって作られたこの王国式のガトリング砲は紙に包んだ鉛玉と鉄製の薬莢に収めた専用弾薬を自重で給弾する箱型弾倉式だ。駆動は手動、連射速度は最大二百発/分。この鬼のような弾幕で敵陣営を圧倒する。

 隣国が二十五銃身、毎分百発/分のミトラィユーズ砲を多用しているのに対し、倍の連射速度を誇るこのガトリング砲はいわばゲーム・チェンジャーだ。毎分二百発もの弾幕に敵う敵はほぼいない。

 ガトリング砲はかさばるし目立つので何門運用できるかどうかはいささか心許ないのだが──特に坑道内での運用は難しそうだ──、坑道内に持ち込めなかったガトリング砲の照準を敵拠点の出口付近に合わせておいて、逃げてきた敵兵を迎撃すれば少なくとも無駄にはなるまい。


 かつてわたしは敵兵とは言え人の命を奪うことに関しては懐疑的だった。だが、今は違う。彼らはわたしの左目を奪った敵だ。殺すことになんの躊躇いもない。

(そういえばグレン大隊長もわたしの目を見て『殺気を帯びてきたな』と褒めてくださったが、それって大切な事なんだろうか?)

 地図を眺めながらぼんやりと考える。

(……全長約一マイルと言ったところね)

 曲線計キルビメーターを使いながら作戦を考える。

 この一マイルの距離に小部屋が六個。奥には大きな部屋があり、そこから隣国への通路が続いているらしい。

 わたしはテントの中にいた小間使いの少年兵にガトリング砲の組み立てを始めるようにと指示すると、引き続き地図を検討した。

「なんだ、まだ悩んでいるのか?」

 用事が済んだのか、クリス隊長が再びテントに訪れた。

「はい……奥までどれくらいの時間がかかるのかで悩んでいます」

 わたしは正直に答える。

「ふむ、見せてみろ」

 クリス隊長は横から地図を覗き込んだ。

「なるほど……思ったよりも曲がりくねっているんだな」

「はい。なので、隊が浸透するのにどれだけかかるのか予測しにくいんです」

 わたしは肩越しにクリス隊長の顔を見上げた。

「ま、仮にだ」

 クリス隊長は顎に手をやるとわたしに言った。

「人の通常の移動速度は概ね時速四千ヤードといったところだと想定しよう。だが、暗闇の坑道内での移動には時間がかかる。従ってこの半分の時速二千ヤードを見込めばおそらく時間的には十分だ。リリス、移動中の交戦は想定していないんだろう?」

「はい」

「では、隊の移動速度は時速二千ヤードと考えるといい。目標地点に速く到達したら待たせておけばいいんだ。時間が足りないのが一番ヤバい。隊には十分な時間を与えろ」

「了解しました」


 クリス隊長の助言で考えはずっと楽になった。

 時速二千ヤード。これはゆっくり歩くよりもさらに遅い。だが、これで良いとクリス隊長はおっしゃっている。確かに時間に追われるよりも、早着して時間が来るのを待った方がずっと楽だ。

 わたしは入り口からの出発時間を朝の四時三十分と仮定し、それぞれの小部屋の入り口までの時間を計算した。それぞれの小部屋への入り口にペンで想定到着時間を小さく書き足す。

「できた」

 思わず喜びが口を伝う。

 坑道は広く、天井も高い。これならガトリング砲やアームストロング砲もなんとか持ち込めるだろう。

「馬は……ダメだろうな」

 馬は臆病な生き物だ。修羅場はともかく、そんな閉鎖空間に連れて行ったらパニックを起こしてしまうかも知れない。

 わたしは入り口からの距離を逆算して出発時間を計算した。表を作り、各グループの出発時間を書き足していく。

 最初、わたしは小間使いの少年兵たちに砲を運ばせることを検討していた。だが、すぐにこれは廃案にした。それぞれの入り口は激戦地帯になることが予想される。そんな生きるか死ぬかの状況に少年兵たちを送り出すのはあまりに酷だ。

 アームストロング砲に四人、ガトリング砲に六人。それぞれに騎士団のメンバーを割り当てアサインして砲の輸送を助けてもらう。

「リディア、これをクリス隊長に渡して。作戦司令書よ。十枚コピーを作って」

 隣に控えていたリディアに時刻を書き込んだ地図を渡す。

「わかりました」

 リディアはすぐに地図を丸めて握ると、テントの外へと飛び出して行った。

 懐から懐中時計を取り出して時刻を確認。

 そろそろ深夜の三時になる。電撃作戦なので時間管理は極めてタイトだ。

 狙撃開始は午前四時。半時間のあいだに見張り兵を全員狙撃するという想定。

 テントを飛び出して行ったリディアの代わりに今はマリアが隣に控えている。

「マリア、作戦開始時間は午前四時とします。あなたたちは予定していた場所に展開して四時から狙撃を始めて。遅くとも四時三十分までには見張り兵を全員掃討すること。クラリスを補助につけます。クラリスにはスポッター・スコープを渡して。撃ち漏らしがないようにクラリスに確認してもらいなさい」

「了解です、隊長」

 マリアは真面目な面持ちで敬礼すると、銃器を納めていた木箱からスポッター・スコープを一基取り出し、クラリスを探しに外へと歩いて出て行った。


+ + +


 朝の四時ちょうどに狙撃が始まった。


 パンッ


 小さな音と共に銃弾が弾き出され、明後日の方向を向いていた敵兵がその場にくずおれる。

 どうやら二人は木の上にいるようだ。木の枝を使って器用に拠点を移動させながら狙撃を続けている。

 マリアが背負っているのはイングリッドと同じ、パターン一八五三のエンフィールド銃だ。全長百五十ヤードのこの銃は身長が五フィート程度のマリアにはかなり大きい。だが彼女はストラップを工夫してこれをうまく身につけていた。

 暗くしたテントの入り口から坑道の入り口を見つめる。

 二人とも銃撃の訓練を受けただけあって狙撃が上手だ。どこから撃たれているのかわからない敵兵を次々に屠っていく。

 ふと、わたしはそこに死体が累々としていることが問題だと気がついた。

 撃たれた側はそのまま天国のお茶会に行ってしまったかも知れないが、残された兵たちは倒れた自軍の兵を見て警戒するだろう。

「アリシア」

 わたしはダベンポート様が連れてきた戦場看護婦の隊長を呼んだ。

「はい、准尉」

 アリシアは赤毛で長身の大きな看護婦だ。目つきは鋭く、頬には深い傷がある。

「フィールドに死体が転がっていると怪しいわ。少年兵を使って森の奥に深い穴を掘って、死んでいる敵兵を捨ててくれる? 騎士団がまだ六十人残っているから、そのうちの十人にお手伝いをお願いして。命令書は今書きます」

 わたしは羊皮紙を一枚取り出すと、簡潔に今の命令を書き記した。

 最後に赤い封蝋で畳んだ羊皮紙を封緘ふうかんする。

「これをクリス隊長に渡して。そうしたらすぐに騎士団が動くはずだから」

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