第21話:現場到着

 十二時頃になったとき、唐突に隊列の前にダベンポート様が現れた。

「諸君、停まれ。ちょっと停まってくれ」

 いつもながらどこから現れたのか判らない。

 とは言え、魔法院の主席魔導士の命令には従わない訳にはいかない。

「全軍、停止!」

 わたしはダベンポート様の命令を通達した。

 すぐに馬が歩みを止める。そもそも並足で歩いていた馬、止めることは簡単だ。

「ありがとう、リリス」

 ダベンポート様は軍の進行が止まったことを確認すると、懐から書類を取り出した。

「敵軍の配置が判ったんだ。連中は三方向に展開している」

 ダベンポート様が手にしていた地図を広げる。

「この西坑道の前には広場がある。連中はこの広場を中心として三方向に展開しているらしい。なのでこちらは九方向、最悪は六方向から攻める必要がある。何にしても坑道に侵入した後に後ろから攻撃されるのはよろしくない」

 ダベンポート様の地図によれば一番大きなグループは坑道の入り口付近、その他に二個の部隊が西と東に展開しているようだ。

「では、キャンプ設置は?」

 わたしはダベンポート様に訊ねた。

「不要だ。とりあえず六グループに分割し、それぞれが拠点を設置してくれ。拠点は負傷兵の回復に充てることにする。急ぎ医務官六人と戦場看護婦をひと組連れてきた」

 見れば、隊列の最後列には魔法院の馬車が到着していた。医務官専用、鋼鉄製の硬い馬車。四頭の装甲に覆われた馬に引かれた医務官の馬車は見るからに頑強だ。

「問題はだ、この掃討戦は静かに行わなければならないということなんだ。大掛かりな衝突は避けて欲しい。後ろから忍び寄って、一人ずつ始末してはくれまいか。ともあれ、広場に展開している部隊は到着次第始末しなければならん」

「そうはおっしゃられましても」

 わたしはダベンポート様に反駁した。

「それぞれのグループは何人くらいいるんです? いくら静かに殺しても、人数が多ければいずれバレます」

「それについては事前に高台から確かめた。一つのグループが二十人程度、合計で六十から七十人程度だと想定してもらいたい」

「……ならば、スナイパーの出番ですね」

 慎重に考えた末にわたしはダベンポート様にそう進言した。

「ああ。僕もそれがいいと思う。リリスがそう言うと思って、ウーリッジの王立兵器廠が開発中のサウンド・モデレーターサイレンサーを二つ持ってきた。これを使って発射音を軽減するんだ。これがあれば気取られずに後ろから敵を狙撃できるだろう」

「サウンド・モデレーター……」

 噂には聞いていたが、もう実用化寸前まで来ているんだ。

「サウンド・モデレーターを使っても発射音と弾が音速を超える時の音を完全には解消できない。魔法を使っても銃弾が音速突破する音ソニック・ブームは消せないんだ。なので、撃ったらすぐに移動しろ。移動しながら撃てば敵は混乱する」

「マリア、イングリッド?」

 わたしは二人を呼んだ。

「はい」

 すぐに二人が馬に乗ってわたしの隣に並ぶ。

「ダベンポート様からサウンド・モデレーターを頂いて。今、この場で装着してちゃんと動くかどうかを確かめます」

「了解です」

 二人はダベンポート様から大きな筒状の装置を受け取ると、見様見真似で持っていた全長二百ヤード近いエンフィールド銃の銃口部分に装着した。

 受け取ったサウンド・モデレーターには銃口部分から折りたためるようにジョイントが作られている。エンフィールド銃は銃口装填なので、このジョイント部分でサウンド・モデレーターを下に畳めるのはありがたい。

「目標は……そうね、そこの原野に生えているあの木にしましょう」

 わたしは二マイルほど先にポツンと生えている木を指差した。

「はい」

 二人は馬から降りると地面にうつ伏せになった。

「撃てッ」

 わたしの号令と共に二人がトリガーを絞る。

 思ったよりもはるかに静かだ。だが、パンッという火薬の破裂音はする。それに銃弾が音速を超える時の銃口音。

 だが、これでも裸でエンフィールド銃を撃つよりはずっとマシだろう。

 二人の放った銃弾は狙いたがわず原野の木の幹へと吸い込まれていった。

 双眼鏡で着弾の様子を眺めていたダベンポート様が満足げに頷く。

「君たちに渡した弾薬包は王立兵器廠特製の高性能火薬を込めたものだ。これであればファウリング(発射時の銃口部の汚れ)もさほど問題にはならない。五百発程度なら普通に発射できると王立兵器廠の技官たちも言っている。入り口付近の敵兵を掃討したら侵攻開始だ」


+ + +


 わたしは五人を連れて目標地点へと急いだ。

 後ろからは騎士団もついてくる。それに医務官も。

 わたしは敵の拠点から半マイル(約八百メートル)以上離れた地点で停車を命令した。

「停止!」

 後ろからゾロゾロついてきていた騎士団がすぐに立ち止まる。

「ここから六方向に展開します。それぞれのグループはキャロル、リディア、クラリスについて拠点を設営。マリアとイングリッドは狙撃地点を探して。残った隊はわたしと一緒に本部拠点を作ります」

 あくびをしながら受けた座学だったが、これがちゃんと役に立つことに驚いた。最新鋭の軍事作戦をベースに部隊の展開方法を教わったのだが、言われた通りにするとちゃんと部隊が静かに展開される。

 すぐにテントの設営が始まった。

 今回は隠密作戦のため、厳重にカモフラージュする。小間使いの少年兵たちがテントを設営し、中にわたしたちがベッドを広げる。

「でも、ベッドが必要な状況になりますかね?」

 自分のテントを設置したのち、わたしの隣で本部テントの設置作業の手伝いをしていたリディアが訊ねてきた。

「そうね。でも絶対に怪我人は出るでしょ? ちゃんと準備しておいた方がいいわ」

 わたしは医務官の机をセットしながらリディアに答えた。

「ともあれ、騎士団にはわたしの方で話しておくわ。今回はキャンプのキャパシティが少ないから、怪我人だらけになっちゃうとまずいかも」

 それにもう一つ。ダベンポート様の魔法が気にかかる。

 前回の竜巻はとんでもなかった。あの調子で落盤を起こされたら、恐らく死人が出る。怪我で済めば行幸ぎょうこうだ。

「あと、魔法の発動時間には注意して。発動したらこっちも危ないわ」

「わかりました。時刻管理、お願いします」

「時計を合わせましょう。今は〇一二三時。あと一〇秒。九、八、七……」

 わたしは時計の秒針を見ながら時計合わせをした。

「一、今」

「はい」

 リディアが時計のクラウンを押す。

 わたしたちに支給された時計はクロノメーターだ。わたしの時計は隣国兵から頂いたぬすんだ十二時間計だが、これでも用は足りる。クロノメーターは思った時間に秒針を合わせることができるので軍事作戦では必須の装備だ。

「リディア、その時計を他の仲間とも共有して。みんなクロノメーターを持っているから秒針をリディアの時計に合わせて」

「了解です」

 リディアは時計の秒針を確認するとそれをポケットに戻した。


 時計は合わせた。キャンプもちゃんと準備されている。今回は隠密作戦のため瓦斯ガス灯が使えないが、それでも戻るべき場所があることはありがたい。

 わたしは医務官のデスクをセットしながらぼんやりと考えていた。

(さて、どう展開するべきか……)

 入り口付近は掃除するとして、侵入後の動きをちゃんと決めないといけない。

 ダベンポート様の持ってきてくれた情報によれば坑道の中は複数に枝分かれしていて、それぞれに小部屋があるようだ。地下にも坑道が伸びていて、その先がどうなっているかはよくわからないという。

 わたしは設置したテーブルにダベンポート様が手書きしてくれた羊皮紙の地図を広げてみた。

 思ったよりもシンプルな拠点だ。

 坑道がグネグネと伸び、途中にところどころ枝分かれした小部屋がある。合計六拠点。さして大きな駐屯地ではない。せいぜい収容人数は三百人と言ったところだろう。

(隊を率いてどんどん奥へと進んで、途中の小部屋は騎士団を待機させて一気に片付けようか……。でもタイミング合わせが必要ね。時間設定はどうしよう……)

 つとわたしは後ろに気配を感じて振り返った。

「あ、クリス隊長」

「何を悩んでいるんだ、リリス」

 クリス隊長はわたしが眺めている地図を覗き込んだ。

「……ふん、シンプルな拠点だな」

「はい」

 わたしはクリス隊長に答えて言った。

「でも、どう部隊を配置するかで悩んでいます」

「ばーか、そんなの簡単だろう?」

 クリス隊長は肩を竦めてみせた。

「とりあえず八十人で侵襲だ。その上でそれぞれの分岐点で十人ずつ待機させろ。俺たちだったら十人もいれば皆殺しにできるはずだ。全隊が配置についたら同時に攻撃、だ。な? 簡単だろう?」

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