エピソード3──王国の戦闘看護婦──

第20話:リリスの帰還

 大隊長の部屋に六人で赴くと、すでに大隊長は書類をまとめていた。

 それにダベンポート様も一緒だ。

「おう、来たなリリス。とりあえずかけたまえ、今お茶を用意しよう。トンプソン君、頼めるかね?」

「はい、ただいま」

 トンプソンと呼ばれた女性の補佐官がすぐに席を立ち、キッチンへと向かう。

 お茶が届くのを待つ間、六人でソファにかける。

「話は単純だ。これから我が方は攻撃を仕掛ける」

 グレン大隊長は組んだ両手に顎を乗せるとわたしたちに言った。

「実は国境線の西側に大きな隣国の駐屯地が見つかったのだ。ここ二年ほど多数の斥候を飛ばして探してはいたんだがね……これがおそらくは敵軍の侵出拠点だ。これを叩く。ただ、場所がな……」

「場所は西側の山の坑道なんだ。しかも中はトンネル状になっていて、反対側は隣国へと伸びている」

 ダベンポート様が言葉を継いだ。

「大軍で攻めたところでこの拠点を叩くことは難しい。なので浸透戦術が必要だ。君たちは先陣を切ってこの拠点に忍び込み、中にいる首脳部をなぶり殺しにして欲しい。殺し方は残忍な方が好ましい。それが結局敵軍の士気低下に繋がるからな」


 残忍になぶり殺しにしろ? ひどい命令もあったものだ。


 だがご命令とあらば従わなければならない。

「わかりました」

 わたしは首を縦に振った。

 満足したのか、グレン大隊長が頷いてみせる。

「よろしい。隊は明朝〇九〇〇時に出撃する。リリス、準備を急げ。君の隊には百六十人の騎士をつける。電撃作戦だ。君の三十人の部下と百六十人の騎士を使ってこの電撃作戦を完遂して欲しい」


 お茶を頂いて辞去したのち、わたしは部下の五人を騎士団の会議室に集めた。

残虐ざんぎゃくに殺せってひどい作戦ですね」

 マリアが感想を述べる。

「まあ、『残虐に』ってところは無視していいわ」

 わたしはマリアに言った。

「とは言え、暗殺するわけにはいかなそうね。首でもねて殺しましょう」

「でも、ダベンポート様の魔法もひどいですよ」

 クラリスが横から口を挟んだ。

「落盤を誘発させるって、こっちも危ないです」

「そうね」

 わたしは頷いた。

「でもダベンポート様は時間に正確だから、時間を守ればたぶん大丈夫な、はず」

「『はず』じゃあ困るんですよう」

 クラリスが膨れてみせる。

「そうは言っても軍事作戦だからね。自分の身は自分で守らないと」

 ダベンポート様が準備している魔法は落盤の誘発呪文。坑道で最も怖いのが落盤だ。中にいる時にこれが発動したらこっちも危ない。最悪、死んでしまう可能性もあるし、閉じ込められたら窒息する。

「一応ダベンポート様の説明では奥から順番に入口めがけて落盤させるってことだったじゃない? たぶん、大丈夫。……たぶん」

「ところで」

 とマリアが話題を変えた。

「グレン大隊長、いつの間にリリスのことをファースト・ネームで呼ぶようになったんです? わたし、驚いちゃった」

 言われるまで気づいていなかった。

 確かにグレン大隊長はわたしに対して『リリス』と呼びかけていた気がする。

「さあ……」

 わたしはマリアに惚けてみせた。

「なんか気でも変わったんじゃない?」


+ + +


 翌朝充分な朝食を頂いたのち、〇九〇〇時ジャストに隊は出発した。今回は隠密作戦なので馬車はなし。全員で騎士団の馬と共に隊列を組む。

 騎馬が百九十一、これがゾロゾロ走っている姿は壮観だ。どの馬も一様に騎士団の全面装甲フル・チャンフロンを身に纏っている。鞍に書かれたナンバーは27。わたしたち三十一人を除けば全員が第二十七王立騎士師団のメンバーだ。

 王立騎士団の中でもこの第二十七王立騎士師団は精鋭揃いで有名だ。その最精鋭で編成されているということは、いかにグレン大隊長がこの作戦に賭けているかが判る。

 むろん、グラムさんの小隊もその中に含まれる。グラムさんのチームは腕利きで有名だ。彼らがいてくれることはとてもありがたい。

 そしてそれを率いるのがわたしたち、王立魔法軍第411衛生兵大隊特務小隊という訳だ。

(これは気を引き締めないと……)

 またがったジークリンデの上でわたしは身震いした。


 思えば、王国と隣国とはまるで正反対なんだな、周りの馬たちを見ながらふとわたしは考えた。

 王国はどちらかというとかなり保守的だ。いまだに騎士団が主力だし、新しい技術も使おうとすらしやしない。

 翻って隣国は非常に革新的だ。ガソリン駆動の自動車オートモーティブを導入しようとしているという話も聞くし、騎士団もかなり儀礼的な存在となっている。

 隣国の騎士団は制服が豪華だ。立ち襟と袖口には細かな模様が金糸で刺繍され、肩章から胸飾りにかけて飾緒(軍服につける飾り紐)が伸びている。

 一方の王国は効率優先、騎士団の制服も動きやすさだけを考えて作られている。

 これじゃあ衝突しても仕方がない。

 そんなことを考えているとき、ふと隣からマリアが話しかけてきた。

「ね、でも隊服はこれで本当に良かったのかな? 白って、きっと暗闇でも目立つよね」

 まったくこの子は。

「それについてはダベンポート様とも相談したんだけどね」

 そうわたしはマリアに打ち明けた。

「ダベンポート様のお考えではわたしたちはあくまで看護婦、黒い服なんて着ちゃダメなんだって」

「そうなの?」

「白い看護服を着ていれば多少なりとも相手の攻撃を牽制できるってことらしいわ。真偽の程はわからないけど」

 隣国はアンリ・デュナン氏の国際条約を守っていない。従ってこの言説もはなはだ信憑性に欠ける。

 とは言え……

 新しく黒い隊服をあつらえてもらうわけにもいかないし、作ったところで黒い隊服を着用したら盗賊のようになってしまう。

「まあ、もう出発しちゃったし、なるようになるでしょ」


 夜明け前の暗がりの中、この前の戦いがあった原野脇の街道を約二百騎の馬がゾロゾロと行進していく。だがその歩みは緩慢だ。目立たないように細心の注意を払って馬が歩いていく。

「到着予定は?」

 わたしはマリアに訊ねた。

「今の速度だと、目標地点への到着は二一〇〇時になりそう。そこでキャンプを設営して、攻撃開始は明日の朝〇五〇〇時ね」

 夜の九時にキャンプを設営して、間を置かずに攻撃するという流れ。

「では、着いても休みはほとんどないのね。移動で体力を消耗しないように」

 わたしはマリアに伝えた。

 今回、鳩の手持ちはない。一応信号銃と弾は持ってきたものの、頼れるのは自分たちだけだ。

「了解。後続に伝えてくるね」

 マリアは馬を下げると、部隊のみんなに状況を伝達した。どうやら騎士団にも話をしているらしい。そのあたりのソツのなさはさすがだ。

(とりあえず、ダベンポート様が用意してくれたアダマンティンの鎖かたびらがどれだけ効くか……)

 アダマンティンはダイヤモンドに匹敵する硬度を持った金属だ。南の言葉では「征服されないもの」、ダベンポート様の説明ではこれを断ち切れる金属は存在しない、らしい。

 おかげでわたしたちの身の保全はほぼ完璧だ。さすがに上から落盤があったら危ないが、ダベンポート様がおっしゃる通り、普通の剣戟でアダマンティンの鎖かたびらを切り裂ける刃物があるとは到底思えない。

 それに首を守るためにダベンポート様が両肩につける白銀の肩鎧を六人分作ってくださった。重さも大したことはないし、これがあるとだいぶん心強い。

 マリアが下がってしまったので、イングリッドを呼ぶ。

「イングリッド?」

「はい、隊長」

 すぐにイングリッドが黒い馬に乗って最前列に並ぶ。

「イングリッド、あなたとマリアには入り口の警戒をお願いしたいの。万が一誰かが近づいてきたらすぐに撃って。坑道の右側と左側にマリアと陣を張ってくれるかしら。二人とも弾切れになったらまずいわ。撃つのは交互に」

「はい、わかりました」

 マリアとイングリッドはパターン一八五三のエンフィールド銃を背負っている。全長五五フィート(約一四〇センチ)、口径五六八口径(約一.四センチ)。重量五二〇グレイン(約三十三.七グラム)のエンフィールド弾を使うこの小銃は銃器を嫌う王国においても徐々に成果を上げ始めていた。

 それに二人が携行している小銃は王立兵器廠ロイヤル・アーセナルが総力をあげて精度を高めた極高精度小銃だ。弾も武器職人が作ってくれた超高精度のプリチェット特製弾が支給されている。王立兵器廠が総力を結集したこの最新鋭の銃身と特製の弾薬包を使用する特製兵器となればおそらく死角はないだろう。

銃剣バヨネットの使用は?」

「非常時を除き、それは許可しません。あくまでもあなたたちは遠距離からの支援に徹して」

「了解です」

「スポッターの使用はできる限り避けるように。スポッターの視界は狭いわ」

「はい」

 イングリッドは敬礼すると再び後ろの隊列へと戻っていった。

 わたしは懐から先の戦闘でゲットした懐中時計を取り出した。

 まだ時間は十時半。王国の時計と違って十二時間計のためちょっと見判りにくいが、慣れると逆に使いやすい。

「まあ、のんびり移動しましょう。今疲れても無駄なだけだし」

 わたしは誰にともなく呟くと、ジークリンデの手綱を握り直した。

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