第19話:戦場のワルキューレ

 全く、夜の魔女とはよく言ったものだ。

 ワルキューレとは北の方の神話で戦場で生きるべき者と死すべき者を定める女性、およびその軍団のことを言う。そんな連中が日中に活動しているとは考えにくい。夜の魔女とはつまり、夜間に死すべきものと生きるべきものを選別する者の事を指すのだろう。

 確かにわたしは魔眼のおかげで夜目が効く。だが、部下たちは肉眼だ。夜目もクソも、暗闇ではほとんど何も見えないに違いない。

 だが、訓練を始めてすぐにわたしの想定が間違いだったことに気がついた。

 半年ほどかけて彼女たちもそれなりに夜目の使い方を覚えたようだ。

 真っ暗闇の中、視界の中心はよく見えない。だが、外周部はそれなりに見えるので、外周だけを見てその画像を繋げれば周囲の状況がわかる。

 どうやらグレン大隊長はこうした技術を駆使してわたしたちにワルキューレのような存在になることをお望みらしい。


 ならば、やってやろうではないか。


 ところで会談ののち、ダベンポート様は不意にわたしにこう訊ねた。

「ああリリス君、ところで君には家族がいるのかい?」

 わたしに家族はいない。物心ついた時には孤児院にいた。両親がどうしていなくなったのかはわからない。親族もいない。気がついた時には教会の孤児院で育てられていた。

「いえ、いません。わたしは孤児なので」

 素直にそう答える。

「どこの孤児院なんだね?」

「メリルボーンです。物心ついた時にはそこで育てられていました」

「へえ、メリルボーンか。僕と一緒だ」

 ダベンポート様は驚いたように眉を上げるとわたしに言った。

「実は僕も孤児でね、まだ乳離れしていない時に捨てられていたらしい。それをメリルボーンの教会が引き取ってくれたんだ。そうか、ならば君とは家族なんだな」

 孤児院の子供達は自分たちを家族だと思う習慣がある。

 ではわたしはダベンポート様の妹なんだ。

「そう、ですね」

 わたしはそう答えた。

 なんだか胸が暖かくなる。

「ひょっとすると君とは食事の席を同じくしていたのかもな。もっとも、聖メリルボーン教会孤児院は大きいからそんなことはなかったかも知れないが。それに、僕の無神主義はあそこの教育が原因だった可能性もある」

「そうなんですか?」

「メリルボーン教会孤児院は厳しかったからね、宗教の時間は単なる拷問だったよ。そんなこんなで僕は神なぞいないという考えに至ったのかも知れない」

 ダベンポート様は珍しく大きな笑顔を見せた。

「ま、ともあれ同郷だ、妹よ。これからもよろしく頼むよ」


 その後わたしは仲間たちと共に日中は剣技訓練、夜間は光がない場所での訓練を繰り返した。皆若いだけあって上達が早い。それにこの五人との練習は励みにもなる。

「そこ、脇が空いている」

「足元から気を離さないで。股の間に滑り込まれたらあっという間に背後を取られるわよ」

「打ち込んだ直後が危ないの。外したとしても決して気を許さないで」

 打ち合う仲間を少し離れたところから監督しながらアドバイスを飛ばす。

 無論、それぞれの仲間と打ち合うことも忘れない。

 だが、バチバチ打ち合っても結果はこちらの楽勝だった。まだ一本たりとも取られてはいない。

「マリア、おいで」

「はい」

 マリアがフル装備で剣を構える。二本、三本。だがいずれの斬撃もわたしには届かない。全ての剣戟をいなして逸らす。

「リリス隊長、銃剣を使ってもいいですか?」

 マリアは腰の銃剣をかざしてみせた。

「どうぞ」

 銃剣も長い剣と変わらない。わたしは余裕を持って頷いてみせた。

「チャージ・バヨネット」

 マリアがそう宣言し、背負っていたマスケットに長い銃剣を取り付ける。

「いざ」

 銃剣を構えた瞬間、マリアの目つきと動きが変わる。横からの攻撃を全て捨て、縦の攻撃へと切り替えている。

 わたしは連続した刺突を盾で躱わしながらマリアの隙を狙った。

 銃剣である以上、マスケットを一発は撃てる。

 マリアもそれがわかっているのか、銃剣での刺突を繰り返しながらマスケットの発射タイミングを測っているようだ。

 マスケットを撃たれたら危ない。一応込めれている弾は木製の軽いものだが、当たると痛い。最悪、その隙を突かれる恐れすらある。

(さすがマリア……)

 わたしは舌を巻いた。

 マリアはわたしのチームでは一番の『できる子』だった。だからこそわたしは彼女を副官に選び、常に彼女を帯同してきた。

 つと、彼女が構えていた盾を背中に背負う。

 ほとんど同時にマリアは鞘から剣を抜くと、剣を横なぎに振り払った。


 危ない!


 油断していたら食らうところだった。

 咄嗟に盾を構えて剣戟を躱わす。

 すぐにマリアは剣を落とすとマスケットを構えた。


 ガチャン。


 マリアの捨てた剣が地面で重い音を立てる。

 マリアはマスケットをすかさず発砲した。狙いはわたしの脇の下、アイギスの盾が庇ってくれない部分。

 パン、と軽い音が響く。

 わたしは半ば反射的にカルド・ボルグを短くして幅広にすると、辛くもその銃撃を避けた。

 即座に反撃。

 今度はカルド・ボルグを長く伸ばしてマリアを襲う。

 わたしが振り下ろしたカルド・ボルグはマリアの装甲手袋をしたたかに叩くと彼女の手からマスケットを払い落とした。

「……降参です、隊長」

 落ちたマスケットを見ながらマリアが呟く。

「いい作戦だと思ったんだけどな……」

「ええ。いい策だったわ、マリア」

 わたしはマリアのマスケットと剣を拾いながらマリアに言った。

「カラド・ボルグじゃなかったら危なかったかも」

「もう! 隊長のその剣、反則ですよ! 長さも幅も変わるって躱しようがないじゃないですか!」

 マリアは腰に両手をやると膨れっ面をしてみせた。

 なんか、可愛い。

「そうは言われても……カラド・ボルグはダベンポート様に頂いた大切な剣だから」

 わたしは口ごもった。

「だから、わたしはこの剣と生きるって決めたの」

「そうなの?」

「うん」

 わたしは暗闇の中で頷いた。

「ダベンポート様とわたしはどうやら兄妹みたいなの」


+ + +


 わたしにボーイフレンドはいない。そんなものはとっくの昔に振り捨てた。結婚相手もいないし、わたしが生きる糧はもっぱら戦場看護婦だ。その戦場看護婦を今度はグレン大隊長が戦闘看護婦コンバット・ナースにするという。その先陣に選ばれたのは光栄なことだし、ならばそれを全うしたい。

 でも、部下たちは別だ。彼女たちには彼女たちなりの人生があるだろう。何もこんな血生臭い戦場で命を散らすことはない。

「ねえ、マリア?」

 宿舎への帰り道、隣を歩くマリアにわたしは話しかけてみた。

「マリアもいつかは結婚して、普通の人生を歩みたいと思ってるの?」

 あまりに素っ頓狂なわたしの質問にマリアは驚いたようだった。

 目を丸くしてわたしの顔を見つめている。

「……リリス、どうしたの?」

 見つめるマリアの視線が眩しくて、わたしはつい顔を伏せた。

「どうしたってことはないんだけど……何もこんな血生臭い戦場にずっといるのもなんだよなーって思っただけ」

「そうですよねえ」

 マリアが顎に人差し指をやる。

「そりゃ、いつかは結婚して、子供も三人くらいは産んで楽しく暮らしたいとは思う、かな」

 でも、とマリアは言葉を添えた。

「でも今はこの戦争で手一杯。とっととこの戦争を終わらせて平和な世の中に戻すほうが優先。戦争が終わらなくちゃ結婚も何もないもの」

 ふふふ、とマリアが笑う。

「でも、そんなことを聞くって……ひょっとしてリリス、ダベンポート様を好きになっちゃった?」

「ないない、それはない!」

 慌ててマリアの視線から目を逸す。

「どうかな〜?」

「もう!」

 疑るマリアの肩を後ろから叩くと、わたしは宿舎への道を急いだ。


 その後も六人で訓練を繰り返す。

 そんなある日のこと。

「大隊長から緊急の招集です!」

 来たのは大隊長の補佐官の一人だった。走ってきたのか汗を流している。

「急ぎ大隊長の執務室においで下さい。大隊長はすでにお待ちです」

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