『ひねくれ色辞典』を作る

猫野 ジム

水色は存在するのか

 ここはとある出版社。今ここでは次の企画である『ひねくれ色辞典』の出版についての話し合いが行われている。


『ひねくれ色辞典』とは、赤・青・黄色といった普通の色の成り立ち・解説・細かな色のバリエーションといった項目だけではなく、夏色・君色といったような、ぼんやりとした表現ですらも独断と偏見で何色か決めちゃおうという、挑戦的な企画である。


 青系統の担当である先輩社員と後輩社員は、とある色について話し合いをしている。


「先輩、水色の項目は『薄い青』ってことでいいですよね?」


「水色? 『薄い青』は『薄い青』であって、水は透明だから色なんて無いだろ」


「確かに水はそうですけど、水を絵に描く場合って、薄い青を使いませんか?」


「水は何色にでもなると俺は思うぞ。例えば水に絵の具を入れると、その絵の具の色になるよな。水自体は透明だから『水色』なんて色は存在しないんだよ」


「一説によると、空の色が湖などに映るから水色は薄い青とされているらしいです」


「それは昼間で晴れていることが前提であって、曇り空や夜空もあるんだから、『空色』だって灰色や黒でも間違ってはいないんじゃないか」


「それはそうかもしれませんが、なんだか面倒ですね」


「それでいいんだよ。『ひねくれ色辞典』なんだから。普通の辞典との差別化を図るんだ」


「確かにクスッと笑えて、ちゃんと勉強になる図鑑とか辞典が売れていたりしますね」


「そうだろ。動画で宣伝したりする必要はあるだろうけどな」


「こんなの売れるんですかね」


「俺に聞くなよ」


「それで水色の項目はどうしましょうか?」


「もう『そんな色は無い』でいいだろ」


「さすがに酷すぎじゃないですかね。クレームの電話ガンガンかかってきますよ」


「クレームがくるほど売れればいいけどな」


「——空色の項目はどうしましょうか?」


「それは『今あなたが見上げている色』以外には無いと俺は思う」


「でも室内だったらどうするんですか? 屋外で辞典読むことってあります?」


「空色も『そんな色は無い』でいこう」


「空色はあるでしょ……」


 そんな議論を交わしているうちに外はすっかり暗くなっており、時刻は午後十時を少し過ぎていた。

 そこへ一人の中年男性が二人の前に現れてこう告げた。


「お前らまだ居たのか。退勤記録はちゃんと定時で記録してあるんだろうな?」


 定時は午後六時なので、もう四時間も過ぎていることになる。


「部長、大丈夫ですよ。俺もこいつも定時で帰ったことになってます」


 先輩社員がそう言うと、部長と呼ばれた男はさらに口を開いた。


「これはあくまで、お前らがに会社に残ってしてるだけだからな」


 完全にアウトな発言だが、二人とも感覚がマヒしているのか、気にしていない様子だ。

 そして先輩社員が部長に向けて言った。


「水色はあると思いますか?」


「水色はあるだろ。薄い青だ。そんなことより会社に泊まってでも明日中には決めておけよ。俺は明日は有給で社長とゴルフに行くからな」


 ブラック企業の特徴が色濃く出ていた。


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