【KAC20247】さそり座のあなた

いととふゆ

さそり座のあなた

「今日の運勢、最下位は〜ご、め、ん、な、さ〜い!! さそり座のあなた! 何をやっても空回りな一日。深呼吸して落ち着いて! そんなあなたのラッキーカラーはコバルトブルー!」


 …………。


 テレビからテンションの高い女性アナウンサーの声。朝のニュースの占いだ。

 

 ……朝の占いなんて、久しぶりに見た。

 新卒で入った会社を四年で辞めてから三ヶ月。ほぼ毎日、目が覚めるのは昼近くだ。

 なかなか就職先が決まらず、今日は二十社目の面接の日。今度こそは決めたいと、気合いを入れて早起きをしたのだ。


 なのに、最下位とは。

 空回りって、面接上手くいかないってこと? コバルトブルーって。青じゃダメなの? っていうか、星座占いなんて当たらないし。さそり座みんな空回り? そんなことあるわけない。くっだらない!

 ……と思いながらも、スマホで「コバルトブルー」と検索し、部屋をキョロキョロと見渡す。

 ……ない。そんな色のもの持ってない!!

 結局、家を早く出て、駅ビルでコバルトブルーのハンカチを探して買った。

 思わぬ出費だ。馬鹿馬鹿しいと思いつつ、だけどホッとしている自分がいた。


 そして、面接。面接官は人事部の三十代と思われる男性だった。

「自己紹介と志望動機をお願いします」と言われ、何度も家で練習した答えをしゃべり出すが、緊張して言葉に詰まってしまう。なんとかつないだけれど、声が小さくなっていく。こんなんじゃ、またダメだ。


「ありがとうございます。少し緊張されてるようですね。実は私も緊張しています。一回、深呼吸しましょうか」

 面接官はそう言って微笑み、自ら深呼吸をしてみせた。

 深呼吸。朝の占いで言ってたな。そういえば、この人のネクタイ、コバルトブルーだ。緊張して占いどころではなかったので、気づかなかった。

「はい! ありがとうございます」と言って私も深呼吸をする。

 面接官の優しさを感じ、それからの質問には安心して笑顔で答えられた。


「ありがとうございました。以上になります。結果は一週間以内に電話かメールでご連絡いたします」

 

 そして三日後、不採用を告げるお祈りメールが届いた。

 はぁ〜、やっぱり最下位だったからなぁ。でも、途中からだけど落ち着いて面接ができて自信がついた気がする。コバルトブルーの……ラッキーカラーのおかげかな。

 

 次に応募した会社の最終面接日の朝。

「今日の運勢、一位は〜おめでとうございま〜す!! さそり座のあなた! 今までの努力が報われる日。会話は笑顔でハキハキと! そんなあなたのラッキーカラーはサーモンピンク!」

 よしっ! 絶対採用だ。サーモンピンクのハンカチを持ち、面接に臨んだ。

 ……すると、その日のうちに採用の連絡が来た。


 占いってすごい。毎日、ラッキーカラーを身に着けていたら、前の会社を辞めることはなかったのかもしれない。

 

 新しい就職先の初出勤日。もちろん朝の占いはチェック済みだ。さそり座は三位。悪くない。ラッキーカラーのレモンイエローはメモ帳の表紙の色だ。きっと、うまくいくはず!


 通勤電車を降りて駅の改札を抜けると、目の前を歩く男性がハンカチを落とした。

 ……レモンイエローだ。慌てて拾い、駆け足で近づく。

「あの、落としましたよ」

 声をかけて、振り返った男性は……。

 不採用だった会社の、コバルトブルーのネクタイの面接官だ。そっか、同じ最寄り駅だから。名前は……忘れてしまった。

「あっ、ありがとうございます」

 男性は私に気づいているのかわからないけれど、微笑んでハンカチを受け取り、先を歩いて行った。

 差し出された左手に、指輪はなかった。

 優しい人だったな……。あの会社に受かっていたら、あの人と仲良くなれたかもしれないのに。

 毎日、この時間の電車かな。また会えるかもしれない。そう思うと嬉しくなった。

 

 しかし、あの人は電車の時間も乗る車両もバラバラなようで、見かける日があれば見かけない日もあった。

 会えるのは占いの順位が高い日だ。

 そして気になるのが……あの人のネクタイの色が毎回、その日の私のラッキーカラーなのだ。面接の日もそうだった。


 あ。

 突然、腑に落ちた。


 あの人も、さそり座なんだ。


 

 ある日の朝の占い。

「今日の運勢、最下位は〜ご、め、ん、な、さ〜い!! さそり座のあなた! 気になる人と距離ができてしまうかも。焦りは禁物。そんなあなたのラッキーカラーはヴァーミリオン!」

 なになになに? ヴァー……? 忘れないうちにスマホで検索する。

 ああ、朱色のことね。もうっ、「朱色」でいいじゃん。

 

 今日はあの人に会えないだろうし、会えても近づいたらダメだ。悪いことは起きないようにと、朱色のアイテムを探す。

 だけど見つからない。口紅もピンク系ばかりだ。どうしよう、悪いこと起きなければいいけど……。


 結局、何も見つからず、時間に遅れそうになって慌てて家を出た。なんとかいつもの電車に乗ると、すぐにあの人を見つけた。

 わっ、最下位だったのに。私はあの人が見える少し離れた位置に立って、観察した。ネクタイは……朱色ではない。車内が暑いのか、ハンカチを取り出して汗を拭いていたが、ハンカチも違う。

 あの人も朱色のアイテムが見つからなかったのだろうか。


 次の駅を告げるアナウンスが響き、扉が開いて客が乗り降りする。扉が閉まり出発すると、あの人が強張った顔でこちらに近づいてくる。

 えっ、なんで? ドキドキしてきた。これはチャンス? でも今日は……。


「おはよう」

 声をかけられた……のは私ではなく、私の隣に立っている女性だ。同じ会社の人だろうか。

 女性が挨拶を返すと、強張った表情がみるみる溶けて笑顔で話をしている。私に向けた笑顔とは比べものにならないくらい嬉しそうに。

 

 その日の仕事帰り、ドラッグストアに寄った。化粧品売り場に立つ。

 今日は最悪だ。仕事中ボーっとしていたら、ミスをしてきつめに注意を受けてしまったし。せめてラッキーカラーを身に着けていれば……。

 朱色の口紅を手に取る。いろんな色のアイテムを揃えておかなければ!


 だけど……あの人もさそり座なのに。最下位のはずなのに、とても幸せそうだった。運命共同体だと勝手に思っていたけど……。

 

 口紅を棚に戻した。

 ――やっぱり、必要ない!!


 その日以来、通勤時にあの人を見かける時は隣にあの女性がいる。ネクタイはラッキーカラーではなく、いつも落ち着いた色だ。そのほうが似合っている。


 そして年明けにあの人……たちを見た時、左手の薬指に指輪をしていた。


 ***


「今日の運勢、……は……座のあなた!…………ラッキーカラーは……」

 テレビを消す。今日は早く家を出て、一駅分歩いてみよう。

 

 もう占いを信じすぎることはないし、ラッキーカラーにとらわれることもない。


 占いよりも勇気が幸せへの第一歩だと、さそり座のあなたが証明してくれたから。

(完)

 

 

 

 

 

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