色々な闇の中で

杉林重工

色々な闇の中で

「お前、そういえばあれってまだ続けてんの? ほら、『仮面ライダースパイラル』だよ」


 おれは飲んでいたビールを思いっきりジョッキに戻し、盛大に咽こんだ。


「やめろよ、急にそういう懐かしい話すんの」


 変なところに入ったビールをげほげほと追い返し、友人に抗議する。


「ごめんごめん。だけどさ、懐かしいよな、お前がオリジナルの仮面ライダーの小説書いてたの」


 懐かしむように彼は言う。


「やめろよ。そういうのは当然、もうやってない」顔が熱いのは、ビールのせいだけではないことを、当然おれは理解している。


「そっか。そうだよな」


 うんうん、と頷く友人に、おれは深くため息をついて返す。今日は成人式だった。そしてそのまま、当時クラスで賑やかだった奴らが音頭をとって始まった飲み会におれはいた。大学は東京を選んだおれにとって、せいぜいが高校までの級友達の顔や様子はとても懐かしい。みんな思ったよりも変わっていない。正直にそう言ったら、お前も東京に行ったくせに大して変わっていないと返されてしまい、おれは何も言えなかった。一応、髪型とかツーブロにしてたりするんだけどな。


「仮面ライダーの小説書いてたなんて、それこそ黒歴史だろ、もう」おれは新しく頼んだビールを思いっきり煽る。


「確かにそうだよな。なんでお前があんなにまじめに書いてたのかわかんねえや」


「お前だってなんか知らんが喜んで読んでたじゃねえか。まあ、あんなの書いてたなんて、今じゃ黒歴史って感じだけど」


「黒歴史かー。あ、そういえばさ、ほら、あれ見ろよ。お前と同じ、元黒歴史がいる」


 友人はこの狭い居酒屋の奥を指した。そこには、嫌でも目立つ一人の男がいた。あそこだけ、空気が違う。


「アンドリューか。見ればわかるけど、見ても全然わかんねえな」


 アンドリューとは、まさにアンドリューな男である。おれの地元は贔屓目に見ても都心とは言えない寂れたド田舎である。小中学校へは片道三十分歩く。そこに、おれと同じような境遇の子供たちが総勢三十人未満。そんな辺鄙な場所にあって、ロシア人と日本人のハーフのアンドリューは完全に『迷子』だった。アヒルの群れに迷い込んだ白鳥である。彼は日本人の負の要素を一切引き継がず、中学生であってすでに身長は百八十センチを超え、色白かつ金髪、高い鼻筋と野球ボールほどの頭のサイズのお陰で、隣の町まで有名な美男子だった。


 後にも先にも、廊下で女の子が一人の男に群がって連絡先を交換しようとしている場面なんぞあいつの周りでしか見たことがない。


 だが、そんな彼に浮いた話だけはついぞ聞かなかった。その理由は明確である。


『オレはダークネスから生まれた光の騎士だ!』


 タラバガニですら裸足で逃げだす滅茶苦茶長くて『シュッ』とした足を大きく開き、時計の針より尖った指先を宙に放ってポーズをとる。それがアンドリューの決め台詞とポーズだった。これを行うと、一瞬だけ女の子たちの表情が凍るのだ。でも、そんなものアンドリューの顔面力の前には大した瑕疵でもなんでもない。一秒後にはみんな持ち直し、再び黄色い声を上げるのだ。とはいえ、そこから先に踏み込めた者をおれは知らない。アンドリューは常に灰色の空を見上げ、無色の竜と戦っていたからだ。


 ――そういえば、唯一そんな彼と対等に渡り合おうとした女子がいたのを思い出した。


『それって、どういう意味?』


 アンドリューのいつもの決め台詞アンドポーズへ、彼女は首を傾げて訊ねたのだ。やめてやれ、当時中学校三年生のおれはそう思った。案の定、アンドリューは目を大きく見開き、言葉を失っている。ああ、そういえばこいつ、瞳だけは真っ黒で、そこだけ逃げられない日本人感があったのだ。


『それは……色々だ。ダークネスにも色々ある』


 設定が浅い! その場面に偶然出くわしていたおれは思わず噴き出した。おれの仮面ライダースパイラルの方がまだ深い設定と世界観があった。まあ、所詮は中学生の若気の至り。すでに当時、『中二』を卒業していたおれからすると、そのままその場を後にしたことは『武士の情け』と言えよう。


 ――懐かしい思い出が脳を駆けた。


 そんなアンドリューも、今や掘りごたつに足を突っ込み、普通に喋っている。あの奇天烈なポーズも取らない。なんとなく聞こえる言葉の端々から、近況を根掘り葉掘りされているらしい。


「あいつ、今何やってんの」


「農大に通ってる。将来は普通に畑、継ぐんだろうな。確か、イチゴとか作ってるはず」


 なんとなく世知辛いと思った。ダークネスから生まれた光の騎士も、今や普通に農大に通って、きっと将来はイチゴ農家である。


「あいつは、なんかもっと自由かと思った」


「そんなわけねえだろ。みんないつかはこうなる」


 友人は真っ黒なスーツの襟を引っ張った。こいつは高校卒業後、地元で公務員になった。言いたいことはわかる。


「お先真っ暗、ってことか」そっちの方がまさに『黒』歴史である。


「そこまでは言ってねえよ。でもさ、お前は、大学卒業したらどうするとか、決めてんの?」


「別に。まあ、あと四年くらい? はあるしな。経済学部だし、サークルは資格試験の勉強のやつでさ、いくつか資格とか取って、無難に就職かな。経理とか」


「頭がいい奴はいいよな。経済とか言われてもわからねえや。もしもうちの役所に面接に来たら可愛がってやるよ」


「お手柔らかに頼むぜ」おれは友人の馬鹿にしたような笑みを鼻息で飛ばす。おれはもう一度、一瞬だけアンドリューを盗み見た。


「色々と大変なんだよ、畑だってさ。この前も試験が近いのに……」遠くの席で、アンドリューは照れ笑いを浮かべながらそんなことを言っている。


 まあ、彼にも色々あったのだろう。黒歴史の真っただ中にいた昔のあいつなら、そんな受けごたえはしないと思う。高校生活三年間で、彼も変わったのだ。


 ――ダークネスにも、色々ある。


 そういうことだろう。


 その日は夜まで、否、次の日までしっかり飲み明かしてから、実家に久しぶりに一泊して東京へ帰った。


 一応、仲の良かった友人全員に一声掛けようとは思っていたのだが、アンドリューには話しかける隙が無かった。昔はやや腫物を触るような扱いをされていた彼も、今では毒気が抜けて只のイケメン農大生、或いはイケメンイチゴ農家なのだ。


 おれはメッセージアプリに届いていた、成人式の集合写真を新幹線の中で見ていた。すると、あることに気付く。昔、アンドリューにあの挑戦的な質問をした元女子生徒がいないのだ。とはいえ、別に大ごとではない。あいつ以外にも見なかった顔はたくさんあった。おれは、買っておいたお茶を飲もうと、ペットボトルの蓋をねじった。


「ねえ、なんで嘘ついたの?」


 背後からの声に驚いて、席のリクライニングを慌てて戻す。そして、振り返ろうとしたら、椅子ごとひっくり返された。あっという間におれの席は四人席になった。


「え、ええっと……」


 振り返らされたそこには、ついさっき脳裏を過った同級生の女がいた。成人式にも、飲み会にも顔を出さなかった、あいつだ。アンドリューに、ダークネスの意味を問うた勇者の女。服装はスーツだった。髪は後ろで縛り、目立たないメイク。まるで就活生のようだった。


「ねえ、なんで嘘ついたの?」


 彼女は、おれに同じ質問をした。おれは答えに窮した。


「何のこと?」


 久しぶりに会ったというのに、挨拶もない。彼女はただ、暗い瞳でおれを見つめる。


「経済学部なんて嘘。文学部の哲学科で、資格試験だって考えてない!」


「おい!」


 急に大声を上げる彼女に、おれの声も大きくなる。そうして、ぱっとあたりを振り見るが、そういえばこの新幹線にはおれと彼女しか乗っていなかった。


「それと、もう一つ嘘、ついてるよね」


「な、なんのことだ」


 知らぬ間に額にも背中も汗でびっしょりになっていた。なんでおれはこんなに緊張しているのか。


「カクヨム、なろう、アルファポリス」


「おいこら!」おれは思わず叫んだ。


「仮面ライダーの二次創作はやめて、今は一次創作なの、なんであいつに言わなかったの? 毎日更新、ずっと頑張ってるよね」


「言えるか、っていうか何で知ってるんですか?」


 糾弾するような言葉と、ねちっこい陰湿な視線に耐えきれず、おれの声は震えている。なぜおれが秘密でやっている趣味を知っているのだ。大学の友人にも、このことは秘密だからだ。


「あなたの友達はみんな、仮面ライダーもなにも、全部過去の話になってる。だけど、あなたは違う。そうでしょう」


「なんだ、人が昔書いていた小説にかこつけて、黒歴史の話か」


「違う。あなたのやってきたこと、していることを、無色扱いにはしない。だって、あなたが自分を無色扱いしていないから。今でもずっと、胸に抱いている」


「無色だって?」


「黒って、何色だと思う?」


「黒は黒だろ。話を逸らすな」


「違う。黒は、色んな色が混ざった色。だから、黒は、全ての色を内に秘めてる、最も鮮やかな色。そして」


 彼女は少し間を置いた。


「光とは、一色じゃない。光もまた、たくさんの色を持っている。光もまた、色に違いない。ほらね、闇と光の本質は一緒なの。『そこ』に矛盾はない」


「――ダークネスから生まれた、光の騎士」


 おれの口は自然とその言葉を紡いでいた。彼女は急に満足げな顔をして、深く頷いた。


「わたし達には仲間が必要。過去にあった色んなことを無色にして『自分』を黒歴史だなんて間違えた呼び方をしない人。闇と光を同じものと定め、ともに胸に抱く、ダークネスから生まれた光の騎士が、必要なの」


 彼女は、鞄から小さな包みを取り出した。ピカピカの就活生のような姿の彼女からは想像もできない、年季の入った布に包まれた、何か。瞬間、彼女は『戦ってきた』と理解した。見紛うこと無き、光の騎士なのだ。


「それって、どういう意味?」


 おれは彼女に問うた。すると、別の声が得意げに答えた。


「それは……色々だ。ダークネスにも色々ある」


「アンドリュー!」


 いつの間にか、おれの後ろに立っていた男の名を口にする。見間違えるわけがない。


 彼は、色白の肌に金髪。新幹線の天井につきそうなほどの高身長。エッフェル塔が顔面から生えているように錯覚するほど高い鼻筋。


 そんな彼の服装は、真っ黒な皮のロングコートに、よくわからないベルトだらけの怪しげなロングブーツ。黒のダメージジーンズが、色んな意味で拍車をかける。おまけにどこで売っているのか皆目見当もつかない指ぬきグローブまでしている。昨日見かけたスーツ姿と色合いは全く同じだが、かけ離れて見えた。二十歳とはいえ、ぎりぎりの恰好だった。だが、おれは次のように感想した。


「……似合ってるじゃん」


 おれの言葉に、彼は深く頷くと、まるでゴーグルの様なサングラスを外した。そこには、昔と変わらぬ深い穴のような黒い瞳。


「僕達は同志だ。色を束ねたダークネスから生まれた光の騎士、僕達にしかできないことがある」


 彼はコートのポケットから、ボロボロの布に包まれた、何かを取り出した。彼女が持っているものと同じで、だけど絶対に違うもののはずだ。そして、それは、おれも持っているのだ。今度はおれが深く頷き返す番だった。すると、彼は、静かに新幹線の窓の外を指す。おれの視線もそれに導かれるまま、流れていく山の風景に吸い込まれる。


 窓の外には虹が架かっていた。


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